【映画】「SHE SAID その名を暴け」感想・レビュー・解説

これは観るよなぁ。予告を初めて観た段階から、絶対に観ようと思っていた。そして、ここ最近観た映画の中で、一番良かった。

そもそも「実話を基にした物語」が好きだし、「これが実話である」という事実に驚かされる。また、世界的な広がりを見せた「#MeToo運動」のきっかけとなった記事でもあり、その最初の炎がどのように生まれたのかにももちろん関心はあった。あとは、「ハリウッドの絶対権力者」と呼ばれたハーヴェイ・ワインスタインについてハリウッドが(だと思ってるんだけど、違うかも)描いているという点にも関心を持っていた。

しかし実際に映画を観て、この映画が持つより重大な意味を理解したように思う。

映画は決して、「ハーヴェイ・ワインスタインというロクでなしが何を行ったのかを暴く」みたいな物語ではない。確かに、物語の軸はそこにあるのだけど、映画で描かれていることの核は違う。それは何かと言えば、「性加害者を守る法システム」についてだ。映画の中でもはっきりと、「問題の核心は、ワインスタイン以上に、法システムにある」と語られている。

映画が始まってしばらく、主人公である女性記者(出産を経て後から合流する記者と、途中から2人体制での取材になるのだけど、最初は1人だった)がワインスタインの件を追っていた。しかし彼女は、様々な人物にあたるが、誰もが「彼の話はできません」という反応になる。「誰も話したがらないと思う」「弁護士に関わるなと言われている」「協力はできない。でも幸運を祈っている」みたいな反応ばかりになってしまう。

もちろん中には、「おたくの新聞(NYタイムズ)には酷い扱いを受けている」というという理由で話したがらなかった人もいたし、「声を上げても誰も聞いてくれなかった」という反応をした人もいる。全員が全員というわけではないが、ほとんどの人が「話せない」という反応だったのだ。

問題は、この「話せない」が、「話したいけど勇気が出ない」という意味ではないことだ。「話したいと思っていても、話せない事情がある」という意味なのである。そしてその理由が「示談」である。

ただの「示談」ではない。「秘密保持契約」を結んでいるのだ。そしてその条項に従うと、「話せない」ということになってしまう。

示談など応じなければいいじゃないか、と思うが、そうもいかない。そもそも、弁護士に相談すると「示談」を勧められてしまうのだ。法廷で争いたいと考えていても、弁護士は示談を提案する。何故なら弁護士は、示談金の40%を報酬として手に入れられるからだ。法廷で争うより、弁護士にとっては示談の方が「コスパがいい」のだろう。

ワインスタインが狙うのは、若い女性ばかりだ。社会に出たばかりであり、自分の身に起こった出来事に対してどう対処すべきか分からない。弁護士に相談しても「示談」がいいと言われる。中には、「『示談』にすることで、『相手に罪を認めさせた』」と考える被害女性もいたそうだが、結局「秘密保持契約」を結ばされ、沈黙を強制させられることになる。

そしてもちろん、ワインスタインがハリウッドの「絶対権力者」であることも問題だ。映画関連の仕事をしたいとなれば、ワインスタインに嫌われるわけにはいかない。そのような状況を、ワインスタインが作り上げていたのだ。法廷で争うとなれば、映画業界にはいられない。しかし「示談」にすれば、まだハリウッドに残れる。女優の中には恐らく、そのように考える人もいたのだろう。

そんな理由から、被害女性たちは「示談」を選ばされ、何も口にすることができず、そのため、ワインスタインはその後も悪行を続けるということになった。

この仕組みそのものに問題があるのだと、NYタイムズはこの問題を取り上げることに決めたのだ。

元々取材を行っていたのがジョディ・カンター。そして彼女は、同僚のミーガン・トゥーイーに相談をしていた。ミーガンはトランプ元大統領の性的虐待を記事にした記者であり、被害女性たちから話を聞き、その声を紙面に載せることに成功していた。ジョディは、被害女性たちが話をしてくれない状況に困り果て、ミーガンに相談に乗ってもらっており、ミーガンは出産後、ジョディと一緒にワインスタインを追うことになる。

ミーガンがジョディと一緒にワインスタインを追うと決める前に、ジョディにした質問がある。それは「何故女優を取り上げるのか?」ということだ。女優は発言する場がある。しかし、世の中にはそんな機会を得られない人がたくさんいる。そういう「名もなき人々」を記事に取り上げるべきではないか? と彼女は質問するのだ。

それに対してジョディは、「ハリウッドの女性ですら沈黙させられている。だったら一般の女性は?」と返すのだ。実際ワインスタインは、女優だけではなく自分の会社であるミラマックスのスタッフにも酷い扱いをしている。そして最終的には、そんなスタッフの話を最大の裏付けとして、記事が成立することになるのである。

具体的な話を知っているわけではないが、恐らく日本でも、何か「示談」が行われる際には「秘密保持契約」が結ばれるだろう。そして、性的虐待の被害について、そのような「示談」をせざるを得なかった人たちはたくさんいるのではないかと思う。秘密保持契約を破るとどうなるのか僕にはよく分からないが、かなり強力な契約なのだろう。とにかく「大金を積んで被害者を黙らせ、反省することなく同じことをし続ける」なんてことが可能な仕組みはやはりおかしいし、NYタイムズの女性記者2人は、まさにその点を告発するためにワインスタインを追及したというわけだ。

映画のタイトルになっている「SHE SAID」はもちろん、彼女たちの記事が出て以降世界中で巻き起こった「#MeToo運動」で被害を告発した女性たちのことを指しているのだと思う。しかし映画の中にも、まさに「She said ○○」というセリフが出てくる場面がある。この場面は、映画の中で最も感動的だったと言っていいだろう。この場面では、さすがに号泣してしまった。

さて、問題は「法システム」だけではない。もちろん問題山積みの話なのだが、例えば、「ワインスタインの示談金は会社が支払っていた」という話。結局のところ、「そんなことをしていたから、当時の財務担当の証言が得られた」ということにもなったわけで、ワインスタインの悪事を暴くという点では良かった。しかしやはり、「社長の性犯罪の示談金を会社が払う」というのはなかなか異常だろう。示談金は7桁(100万ドル以上)になったこともあるそうだ。

さて、これはつまり、「ワインスタインの性犯罪は『公然の秘密』だった」ということを意味する。

とここで、僕が最近体験した話について触れたいと思う。

朝、出勤するのに電車に乗ったところ、床に女性が倒れていた。倒れ方はなかなか凄まじく、片足の膝を曲げた状態で仰向けになっている、みたいな感じ。ギリギリ「酔いつぶれている」みたいに見えなくもないが、明らかに「何か問題があったのだろう」と感じさせるような格好だった。

もちろん、車内に乗り込んですぐ、その女性の異様さに気づいた。しかし、僕は何もしなかった。というのも、「僕が電車に乗る前からその車両にいた人たちが、『その女性が倒れた場面』を目撃したはずだ」と考えたからだ。都内に向かうのとは逆方向の電車なので、朝の通勤時でもあまり混んでいないのだが、それでもそれなりの数の乗客がいた。その全員が、その女性が倒れた瞬間を見ていないはずがない。その女性が倒れたのを見ているだろう人たちが何もしていないのだから、きっと大きな問題はないのだろう。僕はそんな風に考えた。(もう1つ、男である僕が関わることでセクハラなどの問題に巻き込まれるかもしれない、という思考も過った。「女性に対してAEDの措置を行った男性が、後からセクハラで訴えられた」という話を聞いたこともあったので。今調べたら、その話の元になったツイートはデマだったようですが)

たぶん、僕と同じ駅から乗った人だったと思うが、1人の女性が倒れた女性を心配する素振りを見せていた。しかし恐らく彼女も、僕と同じような葛藤を持っていたのだろう。倒れた女性に声を掛けていたが、それ以上何かをすることはなかった。

その後、僕が乗ってから2つ先の駅で乗った女性が勇敢にも行動を起こし、車内から救急車を呼んだ。その後、どういう経緯だったか忘れたが鉄道会社にも連絡がいったのだろう、電車が止まり、倒れていた女性は運ばれていった。僕はすぐに、心理学の世界で有名な「キティ・ジェノヴィーズ事件」のことを思い出した。「傍観者効果」の説明の際に必ず出てくる事件だ。ニューヨークで夜、女性が大声で助けを求めていたのだが、誰も警察に通報せず、結局その女性は亡くなってしまったというものだ。女性の叫び声を聞いていた人は38人もいたという。「傍観者効果」とは、「自分以外の誰かが何か行動を起こすだろう」と考えて、自発的な行動を起こさなくなる人間の性質につけられた名前である。

どうしてこんな話を書いたのか。それは、「僕も『傍観者』になってしまうのだ」と衝撃を受けたからだ。ここ何年かで自分の身に起こった出来事の中で、忘れがたい衝撃をもたらした出来事だった。

僕は、ドキュメンタリー映画やノンフィクションが好きだし、不正や不正義に対して抗いたいとも思っている。自分で言うのもなんだが、「正義感は強い方」だと思っている。ただ、電車での出来事があってから、僕は「目の前で何か不正義が起こった時、それに抗うような行動が取れるだろうか?」と考えるようになってしまった。明らかにマズい状況にありそうな女性を救護することさえ出来なかったのだ。より重大な問題が目の前で起こった時、ちゃんと立ち上がれるだろうか、と。

ワインスタインの悪行は、知る人ぞ知るという状態だった。それでも、何十年も誰も声を上げなかった。確かにその状況は異常だし、おかしいと思う。しかし一方で、「じゃあ、その場に自分がいたら、何か出来ただろうか?」とも考えてしまう。これは簡単ではない問題だ。

ワインスタインの悪行を知っていた「被害者ではない人たち」のことを悪く言うことはあまりに簡単だ。しかし、「たまたま自分がそこにいなかっただけ」に過ぎないかもしれない。もし自分がその場にいたら、同じように「沈黙」してしまったかもしれない。「自分はそんなことにはならない」とは、今の僕は断言できない。そのことが残念だし、ただ、少なくともそういう自覚を持てただけマシだと考えるようにしようとも思う。

そんなわけで、とにかく誰も語ろうとしないと、語っても「オフレコ(記事には使わない)」でしか話を聞けない。

映画はひたすらに、NYタイムズの女性記者2人の側から描かれる。話を聞いては絶望し、しかしそれを記事には使えないことに悩み、新たな名前を知っては取材に出かけるが、皆口は重い。女性記者たちも、「秘密保持契約」に問題があることは理解しているから、無理強いできない。そんな中で取材を続けなければならない。

以前僕は、NYタイムズの顧問弁護士だった人が書いた本を読んだことがある。権力者に楯突くメディア故に、新聞社は法的な対応を迫られることが多い。多くの新聞社やメディアが、「法的に危ないから止めよう」と報じることそのものを止めてしまうことが多いが、NYタイムズは法的な問題を全部クリアにして闘う姿勢を示しているそうだ。

だからこそ彼女たちは、「書類と検証」が求められる。要するに、「確実な証拠」である。それがなければ、報じることはできない。

ただでさえ性的虐待は証拠が残りづらい。映画では、恐らく実際の音声なのではないかと思われる、ホテルに女性(スタッフだったか女優だったか忘れてしまった)を呼んだワインスタインの、女性をどうにか手籠にしようとするやり取りが流れた。その音声は、「警察が仕掛けた囮捜査」によって録音されたもので、警察は「事件性がある」と判断したようなのだが、検察は「この音声テープでは、犯罪の証拠にならない」と、起訴が取り下げられたみたいな話が映画の中で描かれていた。確かにそのテープには「性的虐待そのもの」が記録されているわけではない。しかし、これが証拠にならないとしたらなかなか厳しい。

別の女性は香港で働いている時にワインスタインから性的虐待を受けた。そしてイギリスに戻って(彼女はアジア人で、元々移民の家系でイギリスにいたのかな?その後香港で働いたけどイギリスに戻ってきた、みたいな感じだったはず)ワインスタインの行為を訴えようとしたけど、イギリスの警察から、「香港で通報してないんだから、性的虐待の証拠がない」と、訴えることそのものが出来なかった、みたいなことも言っていた。

こんな風に、被害女性でさえ「物的証拠」を得るのが難しいのだから、それを調査する記者たちにはさらに困難であることは容易に想像がつくだろう。

また、映画を観ながら印象的だったのが、女性記者2人の昼夜問わずの電話対応だ。取材は取材でしているのだが、それとは別に、夫と子どもと公園で遊んでいる時、寝ている時などなど、あらゆる時間に電話がかかってくる。プライベートなんてほとんどないような状態なのだ。特にミーガンの方は出産直後である。まあ、上司との面談では、「仕事に復帰することで、気が紛れる」と、産後鬱みたいな状態が辛いみたいな発言も出てくるのだけど。それにしても忙しすぎると思う。

その忙しさをユーモア的に描く場面が印象的だった。ジョディがキッチンでパソコンを眺めていて、夫は食事をしている。夫が彼女に色々と話しかけるのだが、彼女はそれをうわの空で聞きながら調べ物に熱中している。そんな彼女に、「座って飯を食いなよ」みたいな気持ちからだろう、夫が「実は浮気してるんだ」と口にする場面がある。ある意味で夫の気遣いが全面に描かれる場面だし、そんなことを言わなきゃいけないぐらい忙しい状態にあるということが伝わる場面だった。

観て良かった。胸糞悪い現実が描かれる作品だが、彼女たちの凄まじい奮闘によって、社会はちょっとぐらいは変わったはずだ。まだちょっとだろうけど。しかし、1つの調査報道が、これほど世界的なムーブメントを生むことはそうそうないだろうし、そんな調査報道を成し遂げた彼女たちと、全力でサポートしたNYタイムズの面々を称賛したい。

あと、ミーガン役を演じた女優、なんとなく見覚えがあるよなぁ、と思ってたんだけど、『プロミシング・ヤング・ウーマン』の人だそうだ。なるほど!と思ったけど、全然印象が違うんだよなぁ。凄いもんだ。

この記事が参加している募集

映画感想文

サポートいただけると励みになります!