【映画】「時代革命」感想・レビュー・解説

2021年、カンヌ国際映画祭でサプライズ上映されたという情報を知ってから、ずっと公開を待ち望んでいた作品。公開初日、台風で荒天の中観に行く。映画館は盛況。恐らく、上映回は満員だったのではないかと思う。2時間半近くあった映画では、絶えず観客席からすすり泣きの音が聞こえる。僕の隣に座っていた女性は、映画が始まってすぐ泣き始め、映画の間中ずっと泣いていたと思う。気持ちは分かる。僕も、映画のラスト付近、11歳の少年が若者たちに混じってバンダナのようなもので顔を隠し、デモの最前線に立っている姿を目にした時は、泣きそうになった。

ロシアによるウクライナ侵攻に対しても感じたが、まさかこんなことが自分が生きている同時代に起こるとは信じられないという思いをずっと抱きながら観ていた。2019年に起こった香港での民主化デモ。その最前線を撮り続けたドキュメンタリー映画だ。

最初から最後まで、「衝撃映像」の連続だ。衝撃映像しかない。もちろんそれらは、断片的にニュース映像で目にしていたものだ。18歳の青年が警察に実弾で撃たれた映像も、確かニュースで目にした記憶がある。しかし、その撃たれた青年が、「暴動罪」で逮捕されたという事実は知らなかった。撃たれた側が逮捕されるという異常さ。そんな「狂気」に満ちている。

重要なことは、これは「対岸の火事」ではないということだ。

映画の後、香港にいるキウィ・チョウ監督とオンラインで繋ぎトークイベントが行われた。監督は既に、逮捕される覚悟をしていると語っていた。実際に、映画に出演した者の中にも逮捕者が出ている。7月1日の立法会占拠でデモ隊の様子をライブ配信し一躍その名が知られるようになった何桂藍記者も、その後逮捕されたそうだ。監督は、自身が未だ逮捕されないのは、「逮捕することで、『時代革命』という映画の宣伝に貢献する形になってしまうことを恐れているのではないか」と推測していた。香港では既に、「時代革命」という言葉を発するだけでも、逮捕される可能性があるほどの状況になっているそうだ。

そんな監督が、観客に向けた最後のメッセージで、こんなことを言っていた。

【日本の皆さんには、この映画で映し出される光景が現実のものには思えないでしょう。
しかし、香港でずっと生きてきた私も、まさかこのような事態が香港で引き起こされるなどとは夢にも思っていませんでした。
だから皆さんには想像してほしいのです。自由な統治がいつ奪われてもおかしくないのだと】

日本なら安心だ、ということには決してならない。今の日本で、2019年の香港のようなことが起こる気はまったくしない。しかしそれは、少し前に監督が感じていたこととまったく同じなのだ。ウクライナ侵攻が起こる前、専門家たちは「さすがにロシアも戦争はしないだろう」と予測していたように思う。報道の論調もそんな雰囲気だったと思う。しかし戦争は始まってしまった。日本でも、いつどうなるか分からない。

また、この映画には、デモに参加した多くの若者たちが出演している。映画の冒頭で、「モザイク処理した者の声は加工している」「映画撮影後、音信不通になった者には、役者の顔をはめ込んでいる」という字幕が表示された。デモ参加者で、素顔を晒していたのは、救護班として活動していたモーニングぐらいだろう。救護活動はデモとは受け取られないから、さすがに大丈夫という判断だと思う。映画が終わった後流れるエンドロールの直前にも、「国家安全維持法によって出演者が不利益を被らないよう、クレジットは不完全かつ仮名も存在する」と表記された。エンドロールで印象的だったのは、「製作 香港人」と表記されたことだ。監督の名前も、クレジットされていたかどうか分からないほど、エンドロールは短かった。

さて、そんなデモ参加者の1人がこんなことを言っていた。

【香港は、「中国ナチス」に対抗する世界の最前線だ】

現在、中国の脅威が、たまたま香港や台湾に向いているだけというわけだ。「中国ナチス」が、世界のどの国に牙を向くか分からない。日本など、地理的な関係を考えても相当影響を受けやすい場所にある。今も中国の影響は多々あるだろうが、「中国ナチス」が本領を発揮し、日本が香港のような状況に置かれる可能性だってゼロではないだろう。

そういう映画として、この作品は受け取られるべきだ。

映画の構成は、とにかくひたすらに「2019年に何が起こったのか」という映像で統一されている。映画の冒頭で少しだけ、「1997年に返還され、2017年に中国が約束を反故にして香港の統治に乗り出した」みたいな説明がなされるが、それ以降は、逃亡犯条例が議題に上げられたことをきっかけとした6月9日のデモを皮切りに、香港人がいかにして「中国」という強大な権力に立ち向かっていったのかが、概ね時系列に沿って描かれていく。

まずは時系列に沿って、客観的な事実の部分を追っていこう。

香港でデモが始まり、同時に自殺者が増えた。6月16日のデモでは、主催者が「200万人+1人」という参加人数を発表した。「+1人」は、香港デモにおける「最初の血債」と呼ばれた自殺者・梁凌杰のことを指している。人口700万人の香港で、7分の2もの人々がデモ行進に参加したのである。

最初に状況が大きく動いたのが、7月1日の立法会の占拠だ。当時香港では、「和理非」(平和的、理性的、非暴力的)を掲げる「穏健派」と、暴力も辞さない「勇武派」の2つのグループが存在していた。両者は、現状の香港に対するアプローチの仕方に対して考え方が異なっていた。そして、立法会の占拠に乗り出したのは当然「勇武派」の方である。彼らは無理やり立法会へと侵入、占拠を行った。歴史上初のことだという。

この立法会の占拠は、その後のデモ活動に大きなプラスの影響を与えた。「穏健派」と「勇武派」の対立が解消されたのだ。しかしそれは、「立法会を占拠した」という事実が与えたものではない。

「勇武派」の中にも様々な考え方があり、占拠からしばらくして、ほとんどのメンバーが立法会から退去した後も、まだ中に残っている者が4名いた。「勇武派」のメンバーは、この4人を説得して連れ出すために再び立法会へと入っていく。警察が突入してくる危険性もあり、非常に危うい状況下での決断だったが、メンバーの1人である女性は、先に紹介した何桂藍記者のライブ配信の中で、

【怖いけど、明日4人と会えなくなる方がもっと怖い】

と、立法会に入る決断をした心境を語っていた。

この救出劇が、市民を感動させた。またデモ隊は、厨房から食料を持ち出す際にお金を置いていくなど、「我々は盗賊ではない」というメッセージもはっきり打ち出していた。このようなスタンスが、香港に「連帯感」を生み出していったのである。そして香港では、デモ隊による運動が常態化していく。

7月21日。驚くべき事件が起こる。元朗と呼ばれる地区で、警察とマフィアの癒着が明らかになったのだ。

その日、駅に白い服を着た者たちが集まってきた。デモ隊は黒い服で統一しているので、違いは一目瞭然だ。そして白い服の者たちは、棒などでデモ隊を襲撃し始めたのだ。何桂藍記者(女性である)も白い服の者たちに殴られ、その際の様子はライブ配信の映像として残っている。また、現場にいた妊婦も、殴られている人を助けようとして自身も暴行の被害にあってしまう。

凄まじいのは、市民がどれだけ警察に通報しても、警察に電話が繋がらなかったことだ。映画では、「警察は回線を切っていた」と説明されていたが、後々現場にやってきた警察は、「通報があったからここにきた」と言っていた。警察は、「白い服を着ているからと言って逮捕はできない」と語る。まあ、それは当然の意見としても、さらに警察は、「我々は武器を持っている者を目撃していない。これは断言する」と発表していた。明らかに武器を持つ者が多数いたにも拘わらず、である。

白い服を着た者たちはマフィアだそうで、警察は最初からすべてを把握した上で見て見ぬふりをしたのだと映画では語られていた。

この事件では、白い服を着た者が8名起訴されたそうだが、暴行を受けた側も7名が暴動罪で起訴されたという。「体制に楯突く者は暴力にさらされても助けない」というメッセージだろうと、何桂藍記者は話していた。

この事件については、

【香港の法治社会は死んだ。野放図に権力を行使したからだ】

【政府の思惑通りになった。警察と市民の対立を煽ったのだ】

など様々な意見が出されたが、個人的に一番グッときたのは、デモ参加者の1人で、(恐らく)2019年のデモ当時14歳だったのだろう少年の言葉だ。

【良心の無い人にはなりたくない】

まさにその通りだ。

こんな風に香港では、警察がその権力をあからさまに行使し、力によってデモを抑え込もうとする動きが目立ってくる。

8月31日。それまでも救護班としてデモ最前線で応急処置を担当していたモーニングを絶望させた出来事が起こる。

その日、地下鉄内で市民同士のいざこざが発生したため、警察が駅を閉鎖した。モーニングの元に、「負傷者がいる」という連絡が届き、彼は迷わず駅へと向かった。彼は、閉鎖されて中に入れなくなった駅の外から、中にいる警察に対して「救護のために入れてくれ」と訴える。国際人道法上、「救護の妨害」は違法であり、そのことを明確に記した大きな看板を掲げての訴えだった。モーニングは、

【中に入れてくれ! 救護をしたいだけだ! その後、僕を殴ってもいい! 逮捕してもいい! 救護させて下さい!】

と声を張り上げるが、警察は結局彼の訴えを無視して、中に入れなかった。警察はその後「怪我人はゼロ」と発表したが、その地下鉄での様子はネットでライブ配信されていたので、警察発表が虚偽であることは明らかだった。

その後デモ隊は11月11日に、それまでやらずにいた交通障害のストに踏み切る。市民の社会生活に悪影響を及ぼしてでも訴えるべきだという意志である。映画では、デモ隊の行動によって電車が止まったり、通勤できなかったりする状況に苛立ちを見せる市民の姿も映し出される。

そしてこれが契機になったのだろう。デモ隊の若者には香港中文大学の学生が多かったこともあり、香港中文大学に至る3経路をすべて封鎖し、大学に籠城することにした。大学で火炎瓶などを作りながら警察に徹底抗戦をする若者たちの姿が映し出される。

さらにこの動きは、香港理工大学での籠城という動きに繋がっていく。そしてこの理工大での籠城が、様々な意味で苛烈を極めることとなった。国際的なルールでは、市民運動に対して警察は逃げ道を用意するものだが、香港警察は理工大を完全に封鎖、籠城している者たちは外部と完全に切り離されてしまったのだ。

そしてそのことが、香港市民にさらなる連帯をもたらすことになる。大学から出られなくなった学生たちを救い出そうと、多くの市民が協力したのだ。

理工大で籠城する若者たちは、「ここで死を待つ」か「逮捕されて10年刑務所に入れられる」か「脱出経路を見つけ出してどうにか脱出する」かの選択を強いられる。脱出する道を選び、下水道からの脱出を試みた者の中には、恐らく脱出途中で命を落としただろう者もいたそうだ。映画に出演していたデモ参加者の1人は、「首まで汚水に浸かり、ゴキブリが押し寄せる中、下水道の中で方向感覚を失った時が、最も精神的に追い詰められた」と語っていた。

結局、籠城から16日後に警察が突入。1300人以上が逮捕され幕引きとなった。

その後、デモ参加者の中には台湾に逃れる者もいた。2020年にはコロナの感染拡大を理由にデモが禁じられる。現在までに1万144名が逮捕、2285名が起訴されている。また、80名の警官が告発を受けたが、刑事訴追の対象となった者は1人もいないそうだ。

時系列的には、このような事態が起こっていた。

僕が凄いと思ったのは、デモ隊の役割分担だ。デモ隊のバックに大きな組織があるわけではなく、どうもリーダー的な存在もいないようだ。しかし、誰もが自分に合った役割を担っている。デモの際には、最前線に立って機動隊と関わる者がやはり注目されるだろうが、彼らは組織的に偵察部隊を送り出し、集まった情報をデータ入力、戦闘地の状況を地図アプリに反映させ情報共有している。また、「車両班」が用意されていることにも驚かされた。役割は、デモ参加者を車で自宅まで送り届けることだ。ある時など、200名以上が帰宅できなくなっていると連絡を受け、その全員が帰れるように車の手配を行ったそうだ。車両班の1人が言っていた、「1人も取り残さないという使命感を持っている」という感覚は、恐らくデモ隊全体に共有されているのだと感じた。

デモ隊の中心となるのは若い世代だが、年配世代も立ち上がっている。当初「絶食」という手段で政権に対する抗議を示していた「陳おじさん」(年齢的には「おじいさん」だと思う)は、その後「子どもたちの安全を守る」という役割を徹することに決める。彼とその仲間は、デモそのものには参加しないが、警察の動向を見張ってデモ隊を安全に逃したり、デモ隊のメンバーを不当に逮捕する警察に対して抗議したりする。その姿に「一緒に立ち向かってくれる」と感動する若者は多かったそうで、陳おじさんと抱き合う若者の姿が何度も映し出された。

デモに参加する若者たちは、家族との軋轢を抱えることになってしまうことも多いそうだ。中には、デモに参加していることを伝えていないと語る高校生もいた。「バスケに行く」と嘘をついているそうだ。家族との関係に亀裂が生じた者たちには、同じ境遇を持つ者の避難所として隠れ家が用意されている。濃密な関係性であり、次第に愛情が生まれてくると語っていた。

また、こんな興味深いことを言う人物もいた。

【装備があると誰なのか分かる。でも、素顔だと分からない。
デモで始まった関係だから、デモが終わったら関係が途絶えてしまう。】

デモ隊の面々は、警察などに顔を知られないようにバンダナやマスクなどで顔を覆い、さらに催涙弾に備えるためにガスマスクをつけている。デモの最前線で会う者たちは、装備品で個を認識しているからこそ、むしろ素顔では誰なのかわからない、という話だ。

催涙ガスは、目に見えない不調をもたらすという。特に女性の場合は、生理不順となり、経血は暗褐色か黒色になるそうだ。相当に過酷な状況の中で戦っていることが分かる。

しかしそのこと以上に凄まじいのは、不審死や性暴力の増加だ。香港では、デモが始まって以降、水死や行方不明などが増えているという。15歳の水泳選手が全裸で発見されたこともあるそうだ。しかし警察はそれらに対し、「不審な点はない」として、証拠隠滅でもするかのようにすぐ火葬されるという。恐ろしい状況だ。

また、逮捕されたデモ参加者が警察署でレイプされる事件も起こっている。18歳の少女が集団レイプされ、妊娠したというニュースが報じられた。何桂藍記者は14歳の学生と話す中で、「友人がレイプされそうになった」という話を聞いたという。デモ参加者の1人は、

【命を懸けないと声を上げられない】

と言っていた。そんな状況が、許容されていいはずがない。本当に、凄まじい世界だと感じた。

あるデモ参加者が、

【多くのことをやっても、それを誰にも言うことができない。それが辛い。だから、記録してくれているのは嬉しい】

と語っていた。監督も、

【この映画が外国で上映されることは、今も香港に残っている人や、刑務所にいる人にとっても、「自分たちがしたことを誰かが見てくれる、覚えてくれる」と感じられるし、無駄じゃなかったんだと思えるから大事だ】

みたいに語っていた。

ウクライナ侵攻が起こる以前から、既に日本では、香港の状況について報じられる機会が少なくなっていたと思う。デモが継続している最中は「画になる映像」が手に入るからニュースバリューがあるかもしれないが、今は国家安全維持法の成立によって、反体制的な言動によって終身刑が下される可能性があり、表立って活動することが難しい。そうなってしまえば、メディアで報じられる機会も少なくなってしまうというわけだ。

しかしそれは同時に、中国の思惑通りとも言えるだろう。僕らが無関心であればあるほど、中国としては都合がいい。何ができるわけでなくても「知る」ことぐらいはできる。多くの人がこの映画を見て、改めて「香港」について考えるべきだと思う。

監督のトークイベントの中で明かされた、息子とのやり取りが印象的だった。息子の年齢は分からないが、監督が「映画を撮り続けるべきか?」と聞けば「続けよう。真実を伝えよう」と返し、「香港から離れるべきかな?」と聞けば「離れるのは止めよう。残って美しい香港を作っていこうよ」と答えたそうだ。

映画終了後も、トークイベント終了後も、観客から拍手が湧き上がった。確かに、拍手をしたくなる作品だ。この映画が公開されたという事実だけでも、凄まじいことであるように感じられる。もっと公開館が増え、日本だけでなく、世界中で広まると良いと思う。

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