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「インフレ懸念はまだ完全には払拭されておらず、景気の減速が明確に確認できなければ利下げの判断は難しいはず」周南公立大学・内田善彦氏 3/3

周南公立大学の内田善彦氏に、今後の利下げ可能性や現在の株式のマーケットなどについて伺いました。

内田善彦氏 プロフィール

周南公立大学教授。1994~2023年日本銀行。金融研究所・企画役、金融機構局・企画役等。この間、2005~07年大阪大学大学院経済学研究科・助教授、2014~17年金融庁監督局・監督企画官、2017~19年東京大学公共政策大学院・教授、2019〜23年東京大学総合文化研究科・教授、特任教授。金融機関のリスク管理・経営管理に関して様々な角度から考察を加える。2023年株式会社クエストリー取締役。2023年6月から現職。東京大学工学部卒、同大学院修了(工学修士)、コロンビア大学大学院修了(ファイナンス数学修士)、京都大学大学院修了(博士(経済学))。社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。

取材実施日

2023年12月28日

小幅な利下げの可能性はあるものの、機動的かつ大幅な利下げは難しい状況が続いており、金融政策はやや後手に回る可能性がある

ーー現在の株式市場をどのように見ていますか。

現在の株式市場ではAIの活用による労働生産性の上昇を織り込んでいますが、さらなるAIの展開には、ニューヨーク・タイムズの訴訟事件などに倣って、参加者間で合意形成の過程を模索していくことが必要な段階だと考えています。

参考:NYタイムズ、オープンAIとマイクロソフト提訴 著作権侵害で | ロイター

また、エレクトリックビークル産業も米国内では一服感が見られるため、減速する可能性があります。

これらの要因を踏まえると、株式市場の大きなイベントやプラスの材料は出尽くし感があるのではないでしょうか。今後は冷え込んでいく一方で、利下げを積極的に行うことが難しい状況になる可能性があります。

私は2024年上半期の株式市場はあまり良い状況にはならないと予想していますが、この予想は悲観的に見ているため、実際の状況がこの予想を上回れば御の字ですね。

ーー大幅な利下げができない理由にはインフレ懸念が関係しているのでしょうか。

私が米国が大幅な利下げができないだろうと考えるのは二つの側面があります。

一つは、インフレ懸念がまだ完全には払拭されていない点、もう一つは、景気の減速が明確に確認できない限り、利下げの判断は難しいという点です。

現在の経済状況では、株式市場が多少冷え込んだとしても、利下げに踏み切るほどの状況ではないと考えられます。

小幅な利下げは可能性があるものの、機動的かつ大幅な利下げは難しい状況が続いており、金融政策はやや後手に回る可能性があると私は思います。

良質な情報で高いパフォーマンスを持つAIほど差別を助長する可能性があるという問題を抱えている

ーーまだ市場に織り込まれていないリスクにはどのようなものがありますか。

先ほど述べたニューヨーク・タイムズの訴訟をはじめ、AIは社会の様々なステークホルダーの注目を集めていますが、すでに市場に織り込まれているAIの価値が剥落し、予想されているほどには拡大しないリスクがあります。

AIは、良質な情報で高いパフォーマンスをもつAIほど差別を助長する表現を生む可能性があるという問題を抱えています。すでにEUなどで議論されていますが、AI関連の評価については、慎重に考慮する必要があります。

そのほか、現在は認識されていないプレイヤーによる経済バランスの崩壊も潜在的なリスクです。国際紛争の拡大、貿易の縮小、中規模国の政治的シフトなどが投資および経済環境に影響を及ぼす可能性があります。

現在と1970年代の類似点について

ーー1970年代のインフレと現在の利上げの状況は酷似していると言われています。今後、同様の流れを踏襲する可能性はあるのでしょうか。

1970年代と現代には共通点が見られますが、同じ流れを踏襲するかは不透明です。

特に、当時FRB議長を務めたポール・ボルカーの政策と現在の政策が比較されることが多いですが、前者は社会的なコストが大きく、その後の評価は分かれています。

1970年代は金の兌換停止など大きな枠組みの変化が複数同時に進んでいましたが、現在はそのような大規模な変化はありません。そのため、今後ハードランディングを避けられるかはまだ不透明です。

また、米国はウクライナへの支援などで金融面の問題があり、プライマリーバランスがよくない状況です。一方で中国は政治や人口減少の問題があり、経済の不透明感が増しています。

現在の地政学リスクを過去の事例と比較する際には、各年代の背景や問題も考慮する必要があるでしょう。

日本の課題は時代遅れになった教育システムと労働市場の改革

ーー米国と中国の状況について伺いましたが、現在の日本で特に注目すべき課題についてはどのように見ていますか。

私は教育に大きな課題があると考えています。現在も続いているマスプロ教育は、高度成長期には適していたかもしれませんが、現代の教育ニーズには必ずしも適合していないため、教育方法の見直しが必要です。

労働市場にも、より自由な秩序が求められています。

現在、厚生労働省を中心としてメンバーシップ型の労働市場から米国的なジョブ型への移行が議論されていますが、まだ十分な変化は起こっていません。

日本の労働市場における柔軟性と効率性を高めるためには、労働市場の変化が重要なステップになるでしょう。

ーー現在の日本の労働市場や教育の課題や展望についてどのように見ていますか。

今の日本の労働市場では、組織に所属することが依然として有利とされ、組織防衛的な姿勢や既存のルールを守るインセンティブが強い状況です。

そのため、個人の能力が低下しているわけではなく、労働市場や教育システムが現代のニーズに合わせて更新されていないことが問題だと考えています。

まずは個々の努力に応じて富を拡大できる機会を増やすことが重要で、自由で競争しやすい経済環境を構築することが優先されるべきです。現在の日本の労働市場は柔軟性に欠け、窮屈です。

顕著な例では、終身雇用の概念や解雇規制の見直しです。日本の労働市場は未だにメンバーシップ型の雇用が多く、若者の中にも終身雇用の概念が根強い印象です。

しかしそれと同時に、そのような変化は格差の拡大をもたらすリスクも伴うと考えられます。

柄谷行人氏の「力と交換様式」では「交換」をキーワードに世界の秩序について深く考察されている

ーー現在の不確実性の高い状況を踏まえ、興味深い研究分野やおすすめの書籍はありますか。

哲学的、思想学的な視点からのアプローチが有益だと考えています。特に、中長期の投資スタンスを考える際には、このような抽象度の高い視点が役立つのではないでしょうか。

2022年に出版された、柄谷行人氏の「力と交換様式」という書籍では、「交換」をキーワードに世界の秩序について深く考察されています。

参考:力と交換様式

柄谷氏は以前から自国中心主義の加速について議論しています。世界的に有名な思想家の多くが彼と同様の結論に達しているため、興味深い内容ではないでしょうか。

「自国中心主義の加速」や「第二次世界大戦後の均衡の崩壊」などのキーワードに関連する書籍や論文を読むことで、現在の世界情勢をさらに深く理解することができるのではないかと思っています。

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内田善彦氏の全3回のインタビュー、前のインタビューはこちら

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