見出し画像

『インフレ時代の「積極」財政論』ウィリアム・ミッチェル&藤井聡【試し読み】

コロナ不況から世界を救ったMMT。
その提唱者ウィリアム・ミッチェル教授と藤井聡教授が、日本経済の活性化策を徹底討論!

この記事では2023年11月16日発売のウィリアム・ミッチェル&藤井聡著『インフレ時代の「積極」財政論』の「はじめに」を全文公開いたします。

はじめに


本書は、ウィリアム(ビル)・ミッチェル教授と京都大学で進めてきた最初の共同研究成果、となるものです。共同研究を始めて4年目にして、こうした成果をとりまとめることができたことについてまず、ミッチェル教授はじめ、関係各位に心からの深謝の意を表したいと思います。

ミッチェル教授に初めてお目にかかったのは、2019年の11月、京都大学で第2回目のMMT(現代貨幣理論)のシンポジウムを開催した時のことでした。
当時は、政府が予定していた消費増税の延期・凍結を目指し、内閣官房参与を2018年年末に辞職し、消費増税に異を唱える言論活動を精力的に展開していた時期でした。

その当時、当方が大きく注目していた経済理論がMMT=現代貨幣理論でした。
消費増税の凍結を含めた積極財政論を合理的、理性的に展開するうえで、現代貨幣理論は強力な理論的枠組みを提示するものだったからです。

それは伝統的なケインズ経済学をベースとした至ってオーソドックスなものであると同時に、(ブレトン・ウッズ体制の崩壊後の世界における)現代の中央銀行の役割を「明示的」、かつ、「正確」に取り入れた、他に類例を見ぬ程に高い実用性を持つ理論的フレームワークでもありました。

一定の知性と誠実性を兼ね備えた者ならば誰もがその重要性、有効性を理解するに違いないと確信し、2019年6月に、著名現代貨幣理論論者の一人として、(米国における現代貨幣理論の大きなムーブメントの立役者でもあった)ステファニー・ケルトン教授を招聘しました。

そして、その第2弾として、そのケルトン教授に対して決定的な学術的影響を与えた現代貨幣理論の泰斗中の泰斗である、ウィリアム・ミッチェル教授を招聘することを企画したのでした。

ミッチェル教授は、ランダル・レイ教授、ウォーレン・モズラー教授と共に現代貨幣理論の成立において最も重要な役割を担った経済学者の一人であり、事実上の現代貨幣理論の創始者と呼ぶべき学者。そんな著名な方に、是非京都に起こしいただきたいとお声かけしたところ二つ返事でご快諾いただくことができたことに、今でも当方は招聘者として大変に光栄に感じています。

お陰様で2019年には、日本でも現代貨幣理論が大きく注目され、その賛否を巡る論争が大きく巻き起こりました。いまだに世間には現代貨幣理論の主要なメッセージを誤解している方々はおられるようですが、現下の日本における積極財政の有効性、重要性を理解することに成功した人々の割合は、こうした議論を通して確実に拡大したものと感じています。

さて、2019年のミッチェル教授招聘時には、シンポの機会含めて、様々な機会を通して実に多くの議論を重ねましたが、その甲斐あって、ミッチェル教授には当方の京都大学の藤井研究室関係の学生や様々な学者の先生方との議論、そして京都での滞在そのものにご満足いただけたのか、今度は是非、短期的な滞在ではなく、数か月間じっくり、京都に滞在したい、との提案を、今度はミッチェル教授からいただくこととなりました。

現代貨幣理論を踏まえた研究をさらに深化し、さらに高度化する研究を企図していた当方としてはこのお申し出は、大変に有り難いものであり、二つ返事でお受けした次第です。その直後に世界中に蔓延した新型コロナの影響で複数回、招聘が延期されはしましたが、2022年にはようやく招聘が実現することとなりました。

その間、世界経済は激変しました。コロナの蔓延による世界的経済停滞と、各国における経済対策としての超大型の財政拡大。この財政拡大の各国判断において、現代貨幣理論が直接間接に大きな影響を及ぼしたことは間違いありません。そして、コロナの影響が落ち着きを見せ始めた2022年には、ロシア・ウクライナ戦争が勃発し、世界中の資源・食料の供給が低迷し、それまでの世界的なデフレ基調が一気にインフレへと大転換することになります。

ミッチェル教授が京都に3か月滞在していたのは、まさにそんな世界経済の大転換が生じ始めた時期でした。ついてはミッチェル教授とは、こうした世界経済の動向とそれに対する政策的対応について様々な議論を重ねることになったのでした。本書は、そうしたミッチェル教授との様々な対話をベースにまとめられたものです。

第1章は、当方とミッチェル教授が日本、そして世界経済についての現状分析とそれを踏まえた『インフレ時代における財政論』についての対談です。この対談は我々2名の基本的な認識をまとめたもので、本書の中心となるものです。この対談内容は、未翻訳のまま今、YouTubeにアップロードされていますが、今回初めて、その翻訳版を公表することとなった次第です。

それを踏まえたうえで、第2章ではミッチェル教授に、日豪両国を比較しながら、現状の世界経済についての分析と今求められる財政論をさらに詳しく論じていただきました。
これは、2022年のミッチェル教授の京大でのセミナーをベースにまとめたものです。

一方で今度は当方から、2023年10月時点の最新データを交えながら、『現下の岸田政権がなすべき経済対策』を、より具体的、かつ包括的に論じたものが第3章となっています。

そして、最後の第4章には、これらのすべての議論のベースにある「現代貨幣理論」の概要を、一般の方でもご理解いただける格好で、ミッチェル教授にまとめていただきました
なお、翻訳版作成では、一般の方には少々分かりづらいと思われた用語については当方からの脚注を付与しており、現代貨幣理論について一切の予備知識がない方でも、十分にその概要をご理解いただける「入門」としてお読みいただける内容となっています。

筆者は今、改めてできあがった本書を読み返し、本書を読めばどなたでも、今の世界、そして今の日本の経済政策が、如何に歪んだものとなっているのかをしっかりとご理解いただけるものとなったと確信しています。

それと同時に、このインフレの時代においてもやはり、政府による「積極財政」が強烈に求められている合理的な根拠をご理解いただくこともできると感じています。そして何より、多くの読者が本書を通して、現実の中央銀行
と政府の働きに関するより正確な理解に基づく効果的な経済政策のあり方
——すなわち、現代貨幣理論の本質——をより深く、かつ、より的確に理解いただけるものと思います。

こうした他に類例を見ない充実した書籍を、日本、そして世界の経済が曲がり角を迎えているまさにこのタイミングで出版できる機会に恵まれたことを、心から感謝いたしたいと思います。そんな機会に恵まれたのも、ミッチェル教授の招聘をサポートいただいた京都大学藤井研究室各位、京都大学レジリエンス実践ユニット、京都大学経営管理大学院、日本学術振興会等の協力があってこそのもの。

そして本書企画をまとめていただいたビジネス社の中澤直樹氏、そして何より、ミッチェル教授や当方の英語を翻訳いただいた田中孝太郎氏のご尽力の賜です。特に京都大学柴山桂太研究室の出身者でもある田中氏には、優秀な語学力のみならず、社会科学についての的確な知識に基づいて、秀逸な翻訳をいただいたものと心から感謝しています。

ミッチェル教授は、本書出版となる2023年の秋に再び、京都に3か月滞在されています。そして、本書での議論を踏まえて、さらなる議論を再び重ねているところです。まさに今、本書の「続編」、ならびにそれらをすべて含めた英語での共著出版を準備しているところです(そして今年もまた、昨年と同じ京都の老舗ライブハウスで共演することを予定しています。彼は70年代にメルボルンで大きなヒットを飛ばしたレゲエバンドのプロギタリストでもあるのです!)。

日本経済、そして世界経済の混迷は年々深まっています。こうした状況を打開するためにも、これからさらにミッチェル教授を含めた多くの心ある学者の皆さんと共に深く考え、より幅広い世界中の人々に私たちが確信した言葉を届けて参りたいと思っています。

そのためにもまずは、本書をじっくりとお読みいただけますと、大変有り難く存じます。
どうぞ、よろしくお願い致します。

2023年10月9日   京都にて


目次


第1章
MMTのレンズを通して見る日本経済と世界経済
ウィリアム・ミッチェルvs藤井聡

・失われた20年でも失業率は低い
・一人当たりのGDPの伸び率は日豪似ている
・消費増税の負の影響
・消費減税こそがGDPの成長に寄与する
・1995年頃には安定を取り戻し始めたが……
・ポール・クルーグマンの圧力
・同じ間違いを3回犯した
・経済停滞はコロナ禍のせいではなかった
・主流派経済学の思考はイデオロギー
・現在の日本経済は「スタグフレーション」
・法人税の増税も必要
・企業の行動を変容させるために
・高金利政策の効果はない
・日銀の低金利政策は正しい
・政府は巨大な金融危機の発生を阻止できる
・コロナ禍での不十分な所得補償
・政府に対して積極的に要求しなかった日本人
・赤字でも「空は落ちてこない」
・低賃金でも雇用が安定しているから日本人は幸せ
・若者の能力や才能を伸ばすための投資を
・緊縮財政は人々に恐怖を与える
・福利増進のための財政政策を
・自給について真剣に考えよ

第2章
日本経済とオーストラリア経済の比較分析入門
ウィリアム・ミッチェル

・オーストラリアの歴史から学ぶことはあるか
・日本の「失われた20年」の本当の姿
・公共投資比率を大幅に減らした日本
・税負担増・日豪家計の反応の差
・高水準の失業率を許容するオーストラリア
・日本の政府は常に赤字を計上せねばならない
・オーストラリアの安定にも継続的な財政赤字が不可欠
・日豪両国民の異なる幸福度感覚

第3章
インフレ時代の財政論
——今求められるコストプッシュ・インフレ対策
藤井聡

・2023年現在の日本経済の現状
・賃金がさして上がらないのにインフレが進み、国民が貧困化する
・日本のインフレ率は世界的に見れば著しく低い
・コロナショックによる経済被害は、概ね回復した
・「消費増税ショック」が今、濃密に残存している
・現在の日本経済低迷の諸悪の根源は「消費増税」である
・「インフレ」にはコストプッシュ・インフレとデマンド・プル・インフレの2種類がある
・コストプッシュ・インフレであっても「デフレ」よりはずっと良い(理由1:賃上げ)
・コストプッシュ・インフレであっても「デフレ」よりはずっと良い(理由2:投資拡大)
・コストプッシュ・インフレであっても「デフレ」よりはずっと良い(理由3:名目成長)
・コストプッシュ・インフレであっても「デフレ」よりはずっと良い(理由4:購買力拡大)
・コストプッシュ・インフレであっても「デフレ」よりはずっと良い(理由5:外交力&国際競争力の拡大)
・現下のインフレを、コストプッシュ型からデマンド・プル型へと移行させるべし
・今、「利上げ」金融政策を行うことは最低の愚策である
・インフレをコストプッシュ型からデマンド・プル型へと移行する「財政政策」
・デマンド・プル・インフレを惹起する内需拡大策
・消費減税こそ、最も効果的なデマンド・プル・インフレ実現策
・インフレ対策は「デマンド・プル型」か「コストプッシュ型」かで正反対となる

第4章
現代貨幣理論入門
ウィリアム・ミッチェル

・現代貨幣理論(MMT)の登場の経緯
・通貨制度の進化
・MMTとは何か?
・政府支出の制約を理解する
・日本の経験はMMTの考えにどう作用するか
・MMTは現実の経済を理解するうえでどのように役立つのか?
・現在のインフレ圧力についてはどうか?



ここまでお読みいただきありがとうございました。本書は全国の書店・ネット書店にて発売中です!ぜひお手に取っていただけたら幸いです、よろしくお願いいたします。

\ 2023年11月16日発売 /
インフレ時代の「積極」財政論

ウィリアム・ミッチェル
1952年生まれ。通称“ビル”・ミッチェル。ニューカッスル大学(オーストラリア)経済学教授。MMT (Modern Monetary Theory:現代貨幣理論) の命名者にして提唱者。同じくMMT提唱者であるRandall Wray、Martin Wattsと共著でMMTの教科書 “Modern Monetary Theory and Practice: An Introductory Text” を出版している。ニューカッスル大学よりPh. D. (経済学) 取得。

藤井 聡(ふじい・さとし)
1968年奈良県生まれ。京都大学大学院工学科教授。同大学レジリエンス実践ユニット長。『表現者クライテリオン』編集長。京都大学工学部卒、同大学大学院修了後、同大学助教授、イエテボリ大学心理学科研究員、東京工業大学教授を経て、2009年より現職。2018年よりカールスタッド大学客員教授。主な著書に『神なき時代の日本蘇生プラン』『「豊かな日本」は、こう作れ!』(共著・ビジネス社)、『社会的ジレンマの処方箋』(ナカニシヤ出版)、『大衆社会の処方箋』(共著・北樹出版)など。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?