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多様性と居場所の哲学①

朝井リョウ『正欲』の脱構築と再構築を通して

はじめに(梗概)

 『正欲』は、多様性の外側にいる人々の物語だ。性的対象の多様性の外側にいる人々の性的対象は人間ではなくものや事柄である。そのような人々は、多様性の範囲すら逸脱したものとして扱われている。実際、私たちの多くは、現代においてなお、人間性は一定の範囲内に収まっていると考える。その際、その外側のものは、人間として扱わず、排除する。

 一方、世界の外側から見た世界は、果たして多様性が認められると言えるだろうか。むしろ、異性愛と同性愛をはじめとしたLGBTQなどの多様性を認める世界は、人間性愛に限定されているという意味で、性的対象がものや事柄である側(本稿では異常性癖者と呼ぶことにする)から見ると、人間を対象にした性愛に画一化されているとみることができるのではないだろうか。本来、多様性と画一性は対立した概念であるが、この物語では、必ずしも対立していない。世界の多様性が認められているか、画一的かは、世界の境界線の内側からの視点か、外側からの視点かによって変わる。

 このように、現代思想は、対立する二つの概念を必ずしも対立していないものとして見る。このことを、「二項対立を脱構築する」と言う。『正欲』は、脱構築をめぐる物語である。多様性と画一性という対立する二つの概念の意味を再確認し、いかにして脱構築していくことで、『正欲』という物語に現れる、多様性の正体に迫る。

 一方、多様性と画一性が脱構築された世界では、多様性と画一性の意味や様態が必ずしも固定的ではなくなる。これまでのように、この二つを対立したものとしてみることはできない。よって、世界を捉え直しが必要となる。その際、「つながり」と「居場所」というキーワードに注目し、世界の再構築を試みる。

つながり
・ つながること。また、つながったもの。「文のつながり」「意味上のつながり」
・ 結びつき。関係があること。「仲間とのつながりを大事にする」

居場所
・ 人などが住んでいる所。居どころ。
・ 人が、世間、社会の中で落ち着くべき場所。安心していられる場所。

コトバンク

『正欲』では、多様性の外側の人々のためのつながりと居場所の無さが問題となっている。居場所=「存在する場」、つながり=「存在する者同士の関係」、が改めて問われてくる。よって、居場所とつながりの意味と役割について再検討し、『正欲』の登場人物たち=世界の中に居場所がない者たちは、いかにして存在しうるのかを考えていく。


【②へつづく】

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