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ギョウザの平等

本日の夕食はギョウザである。
我が家はみんなギョウザが大好きだ。

水ギョウザは中国に譲るとして、焼きギョウザは日本のソウルフードに認定してもいいのではないかと思っているくらいだ。

食卓の中央にある大皿には、24個のギョウザが無造作に盛られている。
昔から我が家には、おかずをキレイに盛り付けるという概念が存在しない。

さっそく食べ始めると、いつものギョウザより野菜が多いのかヘルシーな感じがする。
こりゃ何個でもいけるなとパクついていると、それを見た娘が「お父さん、それ何個目?」と聞いてきた。

「いや、知らん。数えてへんし」
「一人6個やで。私まだ食べてへんねんから」

我が家は4人家族で24個のギョウザを平等に分けると、一人6個になる。

算数は嫌いなくせに鋭いヤツだ。

「確かに君のいうように平等の考えは大切だ。しかし、考えて欲しい。お父さんと君とでは体重差がおよそ2倍だ。ということは、必要なカロリーも2倍違うと思うんだ。」

「・・・・。」

いい機会だ。平等だけでは解決しない問題があるということを伝えよう。

「本来なら4人の体重を合計し、(自分の体重÷総体重)×24が適当な割当になると思うんだ。この考えは「平等」に対して「公平」な考えだと・・」
 
「それ何回も聞いた!6個な!」
 
「はい。・・・お母さん、他におかずはありますか?」


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