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映画『マルタのやさしい刺繍』

スイスの小さな村を舞台にした心温まる映画『マルタのやさしい刺繍』は、大好きな映画であり、そして初めて父と2人で観に行った映画です。

父はふだん映画など観ない人で、母とも映画館など行ったことのない人ですが、今から14年前、わたしと2人で初めて映画館に行ってくれました。
そのときのわたしが、抜け殻のように半年間実家に引きこもっていたからです。
おそらく父は、いい年をして人生の危機を迎えた娘が少しでも元気になるようにと、普段なら足を踏み入れない映画館に同行してくれたのだと思います。

映画の主人公は、マルタという80歳の老婆。夫に先立たれて気力を失っていたある時、若き頃に抱いていた夢を思い出します。自分の刺繍を施した手作りの下着を売る店を作るという夢。
「破廉恥だ」と保守的な村人達に非難されながらも、マルタは友人達に支えられながら、亡き夫と営業していた雑貨屋を下着店へ変身させます。

いろんな村人が登場しますが、どの村人もそれぞれに抱えているものがあり、心が揺れて、とても人間くさい。
夢の実現に向けて困難に立ち向かう80歳のマルタは、とても可愛らしくてひたむきでした。
さらに、マルタを囲む友人関係が、それはもう素晴らしく魅力的です。

この映画は、大事なのは損得を計算したり人目を気にすることではなくて、「自分の心に正直に生きること」ということを教えてくれます。
そして「自分の心」というのは、自分だけの夢を何が何でも叶えようというエゴではなく、ましてや偉業を成し遂げようという大それた思いでもなくて、ただ「人を喜ばせたい」というささやかなものだったりします。

この映画を父と2人で観た14年前、わたしは自分の営む店を閉める決心をしていました。
辛くて苦しくてしんどいことから、逃げ出すつもりでした。
そして実際映画を見た直後に、閉店の張り紙をしました。
でもすぐ後に、「どうせ閉めるなら、今の自分にできることを、やれるだけやってからにしよう」と思い直したのです。

人生は、きっと短いです。
迷ったり、悩んだり、誰でもいろいろ大変です。
自分で頑張って解決できることもあれば、自分の力ではどうにもならないことも、やっぱりあります。
それでも、「自分の心」に従って、今の自分にできる努力をする。
そして限られた時間を、できることなら嘆いたり恨んだりせずに、感謝して楽しむ。
そうすれば、たとえどんな結果になろうとも、「やれるだけやったわー!」と悔いなく終われる人生になる……気がします。
たぶん。

いろんな問題にぶち当たるたびに、『マルタのやさしい刺繍』を思い出し、あの時の決心と、父との貴重な時間を思い出します。
父、今はもうマルタの年を超えてしまいました。
もし父が下着店を始めたい、と言ったら応援しようと思います。

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