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凡人のカフェ開業 ~天才のカフェ経営を真似てはいけない~ プロローグ

プロローグ 前編

2018年10月22日 14:38

『2回お店を潰したみたい』

コンクリートがむき出しの店舗『だった』空間の前で女性が呟いた

名前は香山紗季
今でこそ殺風景なこの場所にあった『SAKIcafe』の店主兼オーナーだった



高円寺駅北口をでるとゴイステの『佳代』歌詞にもでてくることで有名な『純情商店街』が見える。
その純情商店街のアーチをくぐり賑やかな通りを抜けて
路地をいくつか入ると急に喧噪が消えて住宅街になる。
その住宅街の中にある高円寺北公園の目の前に
2016年1月7日『SAKIcafe』はオープンした。

もともと紗季はコーヒーが好きで
朝ごはん専用WEBサービス『ASAmeshi』で働いていた時から
豆を挽いて家で淹れいたり、
コミュニティマネージャーを務めていた
オンラインサロン『てらみやサロン』のイベントの時に
サロンメンバーに振舞ったりしていた。
出店を決めてからは、休みの日に『cafe064(カフェオロシ)』で働き経験を積んだ。
もう1つ働こうか悩んだカフェがあったのだが、文京区で遠いのと
コーヒーの腕を上げたかったのでこちらにしたのだ。


『香山さんは』
cafe064の店主、樺山城平は五分刈りの頭を撫でながら
『僕にはできない穏やかで丸い珈琲を淹れますね。いいですよ、それ』
と低い声で紗季に言った。
この一言は紗季の中で大きな支えになっている。

cafe064は自家焙煎珈琲専門店だ。
樺山は年に1~2回、不定期に店主代理の『西山あかね』に長期間お店を任せて、世界各国のコーヒー農園に豆の収穫を手伝いに行く。
コーヒー豆収穫時期は豆の種類や場所によって大きく変わるのだが、
その時その時樺山が面白そうと思った農園に手伝いに行くらしい、
と簡単にいうがコーヒー豆の収穫は繊細さを伴う肉体労働だ。
未経験者行っても現場の足手まといになりそうだが
樺山は家庭の事情でインドネシアの農園で働いていたことがある上に
身長は165cmだが体重68キロで体脂肪率10%という格闘家のような体躯をしているのでそこは問題ないらしい。
そこで培った独自のルートで仕入れたコーヒーの生豆をお店で焙煎している。

昔は手焙煎、次に手回し式焙煎機で焙煎していたが
コーヒー豆のオーダーが追いつかなくなり4年前から
3キロタイプの焙煎機を購入して焙煎している。
手焙煎から機械焙煎で最初はだいぶ戸惑っていたらしい。
今ではあかねとファンの具合どーだあーだいいながら
いろんな焙煎を試している。

そんな樺山が淹れる珈琲を一言で表すと
『太い』
に尽きる。

苦味とか
酸味とか
甘味とか
コーヒーを表す表現はいろいろあるけど
樺山が淹れる珈琲はとにかく『太い』のだ

その『太さ』に憧れて紗季はcafe064で働いた。
太いコーヒーが淹れたくて樺山やあかねにコーヒーの淹れ方を教えてもらった。

でも紗季の淹れたコーヒーは『太く』ならなかった。
同じ豆
同じ水
同じ温度
同じ器具を使っているのに
紗季のコーヒーは『太く』ならない。

悩んだ。
心から悩んだ。

試しながら
頭を振り絞りながら
豆に向き合いながら悩み続けた。

紗季がcafe064働きだしたのが2010年11月
そこから4年と7か月たったある日
064の常連さんがグアテマラをオーダーした時に樺山から声がかかった。

『香山さん 淹れてください』

紗季の淹れたコーヒーをテイスティングした樺山はそれを常連さんにだし、
そのコーヒーを飲みながら、常連さんと樺山はしばらく盛り上がっていた。

その後に言われたのがさっきの

『僕にはできない穏やかで丸い珈琲を淹れますね。いいですよ、それ』

だった。



そのやりとりの半年後開いたカフェはいまや跡形もない。

ここにいても何も変わらない。
哀愁の気持ちもろとも置き去りにして立ち去ろうとした紗季に

『あれ・・・・SAKIcafeの・・・』

後ろから声がかかる

振り向くと

『Wi-Fiさん』

が立っていた。 

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