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11月の詩

秋は夕暮れ。夕日のさして山の端いと近うなりたるに、烏の寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。まいて、雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。


清少納言
枕草子
言わずと知れたこの名文を、今まで一度も見聞きしたことがないという人はいないでしょう。

私もこの季節の茜空を目にする度に「秋は夕暮れ…」を口ずさみたくなりますが、実は清少納言はひたすらに風流の人という訳ではなく、当時としては異端とも言えるほど、進んだ感覚を持った人でもありました。

漢語漢文が基本の貴族社会で、一介の女房の身で非公式の女文字たるかな・・文字を用い、心のうち、ときめくもの、憎いものなどを奔放に語ってセンセーションを巻き起こしたのです。

その表現法を更に詳しく見れば、体言止め、単語の羅列、象徴的な抽象概念による文脈構成など、様々な“新しさ”が駆使されています。

そうなると現代語訳も「秋は夕暮れが良い。夕日が赤々と射して、今にも山の稜線に沈もうというころ、カラスがねぐらへ帰ろうと…」といった具合に順当で綺麗なものより、橋本治の正確無比かつポップな訳の方が、らしさがあって良い気がします。


『桃尻語訳 枕草子』
橋本治


秋は夕暮れね。

夕日がさして山の端にすごーく近くなったとこにさ、鳥が寝るとこに帰るんで、三つ四つ、二つ三つなんか、飛び急いでくのさえいいのよ。ま・し・て・よね。雁なんかのつながったのがすっごく小さく見えるのは、すっごく素敵!日が沈みきっちゃって、風の音や虫の音なんか、もう・・・たまんないわねッ!


◇◇◇◇◇


私とって、秋の暮れ時に唱えたくなるもうひとつの詩が、フランシス・ジャムの『哀歌エレジー第14番』です。

19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したこの詩人には、若き日に熱愛した女性がいました。
彼女と幸福な日々を送り、共に過ごす未来を夢見たものの、その希望は周囲の強い反対によって打ち砕かれます。

人種と宗教の違いのために彼女と別れ、ジャムはその心痛を『哀歌』に昇華させました。

作中の「広漠とした秋の…」のフレーズを、私はこのシンプルかつ切ない詩と共によく思い出します。


『Élégie quatorzième』
Francis Jammes


―Mon amour, disais-tu.
―Mon amour, répondais-je.

―Il neige, disais-tu.
Je répondais: Il neige.

―Encore, disais-tu.
―Encore, répondais-je.

―Comme ça, disais-tu.
―Comme ça, te disais-je.

Plus tard, tu dis: Je t’aime.
Et moi: Moi, plus encore…

―Le bel Été finit, me dis-tu.
―C’est l’Automne,répondis-je.

Et nos mots n’étaient plus si pareils.
Un jour enfin tu dis: O ami, que je t’aime…

(C’était par un déclin pompeux du vaste Automne.)
Et je te répondis: Répète-moi… encore…


『哀歌14番』
フランシス・ジャム


「好き」と君は言った
「好きだよ」と僕は答えた

「雪ね」と君は言った
僕は答えた「雪だね」

「もっと」と君は言った
「もっと」と僕は答えた

「こんなふうに」と君は言った
「こんなふうに」と僕は言った

それから君は言った「愛してる」
そして僕も言った「もっと愛してる…」

「美しい夏も終わり」と君は言った
「すっかり秋だね」と僕は答えた

僕たちの言葉はもうあまり似なくなった
ある日ついに君は言った
「ねえ、こんなに愛してるのに…」
(それは広漠とした秋の華やかな夕暮れだった)
僕は答えた
「聞かせて…もう一度だけ…」


◇◇◇◇◇


そして秋の日は暮れ、地上に夜のとばりが下ります。

ねぐらへ帰る鳥たちや薄幸な恋人たちの姿ももう見えず、薄闇の中、水辺に一人の女性がたたずんでいるだけです。


『Autumn』
Amy Rowell

All day I have watched the purple vine leaves fall into the water.
And now in the moonlight they still fall,
but each leaf is fringed with silver.


『秋』
エイミー・ロウエル

昼間はずっと紫色のぶどうの葉が
水面みなもへ落ちてゆくのを見ていた
いま月明かりを受けて散りゆく葉は
縁を銀色に彩られている


この詩の作者ロウエルはアメリカの名家に生まれ、芸術と旅と本能のままの恋を謳歌し、生涯で多くの詩を残しました。

常に富と名声に包まれたその人が、これほど静謐で味わい四行詩を書いたことは意外にも思えるほどです。
上辺の華やかなイメージとは異なり、彼女の胸の裡には、誰にも告げられることのない何かが在ったのかもしれません。


◇◇◇◇◇


そうしているうちに夜は更け、闇は一層その密度を濃くします。

全てのものが寝静まる夜半よわ、ゲーテの言葉に耳を傾け、私たちも眠ることにいたしましょう。

晩秋の全ての美しい時間が、あなたと共にありますように。


『Wandrers Nachtlied』
Johann Wolfgang von Goethe


Über allen Gipfeln
Ist Ruh,
In allen Wipfeln
Spürest du
Kaum einen Hauch;
Die Vögelein schweigen im Walde.
Warte nur, balde
Ruhest du auch.


『さすらい人の夜の歌』
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ  
    

全ての山の頂は安らぎ
全ての梢に風のそよぎもない
鳥たちは声も立てず
森は静まり返っている
待つがいい
じきお前にも憩いが訪れるのを


(全ての詩訳・ほたかえりな)




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