and I love you
朝一番で鳥取砂丘へと向かった。
かつて私はこの砂丘を ”ただの丘” くらいの規模だと思っていた。
そして実際の規模の大きさにたまげた。
写真の右下に写っている2人組が小さな黒い点にしか見えないほど広大なのだ。
海が見下ろせる丘に登るのもなかなか大変である。
丘の上に登ったら漆のマイカップでコーヒーを飲む。
砂丘を楽しんでからトイレに行こうと思い、足洗い場の前を通ると荷物をたくさん積んだ自転車が置いてある。
「自転車の持ち主は、、、おじさんと記念撮影しているあの人かな?」
その男性は、黒いジーパンに黒のロンT、黒縁メガネにベージュのハンチング帽という、自転車乗りっぽくないどころか普段着にしか見えない服装だった。
トイレを終えて出発しようと自転車のペダルに足を乗せると、その彼もまた記念撮影が終わったようで、自転車を漕ぎはじめた。
鉢合わせた私たちは自転車旅をしている者同士挨拶をする。
私は、彼の背負っている物について質問をした。
「ギター持って旅してるんですか?」
彼は荷物をたくさん積んだ自転車にのりながら、大きなギターまで背負っていたのだ。
「そうなんですよ」
「なにか弾いてください。」
弾いてもらう気まんまんで、自転車を押してベンチの方まで歩き出す。
「やっぱりそうなりますか」
照れ臭そうに彼は言う。
「その格好見たらなるでしょ。
めっちゃうまい人みたいですもん。」
「実はめっちゃ下手なんです。
ハードル上げないでください。」
二人でベンチに腰を下ろす。
彼はアコースティックギターを取り出し、チューニングを始める。
チューニングを終えた様子の彼が取り出したのはMr.Childrenの弾語りの楽譜だった。
「ミスチル、僕も好きですよ!」
「ミスチル好きの人の前で歌うのは失礼かもしれないですけど、、、」
そう言いながら曲を選んで楽譜をめくる彼の手は、あるページで止まり、さっそく歌い始めた。
♫「飛べるよ~ 君~に~も~」
それは昔のカップヌードルのCMでも起用されていた、『and I love you』だった。
♫「一緒にいこ~ さあ、じゅ~んび~を~」
とても上手!というほどではないが、聞くに堪えないというほどでもない。
だが、午前10時を過ぎて増えはじめた観光客が、目の前をぞろぞろと通るのが気になってきた。
♫「君には~ 従順を~ 僕には~やさ~しさ~を~」
二人仲良くベンチに座って弾き語ってくれているand I love youを、私はどんな顔をして聞けばいいのかとモゾモゾしてしまった。
ハンチング帽の彼はスイッチが入ったようで気持ち良さそうに歌っている。
♫「今も欲~しが~ってくれるか~い ぼ~くを~」
歌にのせて愛の告白をしている人と、されている人、あるいは愛を確かめ合っている男性二人の図みたいで落ち着かない。
自分から「なにか弾いてください」とは言ったものの、「早く終わってくれ!」と心の中で念じていた。
♫「た~だ~ひと~つ uh~
アイラ~ビュ~
アンドアイラ~ビュ~」
私は楽譜を見つめてサビの恥ずかしさをなんとかこらえた。
「やっと解放される、、、!」と思ったのもつかの間。
♫「みじゅくな~ じょ~ね~つを~」
フルコーラスで歌うんかい!
つづく
みなさまのご支援で伝統の技が未来に、いや、僕の生活に希望が生まれます。