心のふるさと一丁目一番地。自分が赤ちゃんの母の母子手帳を見ながら思い出す、幼い頃の光景。
母からとある贈り物をもらった。
母が私を妊娠したときの母子手帳だ。
母の妊娠中の体重や出産の状況、妊婦健診の記録、検診の記録など、赤裸々に記されている。
これを見ると、私は、ハイハイ、歩き、言葉、おむつ外れと、あらゆる時期が私の子どもたちよりかなり早い。
母は熱心に私の発達を促していたのかもしれない。
悩み事のところに、書いてあった。
おっぱいを飲んでいる時に寝てしまうと。
なんとまあ、平和な悩みだこと。
きっとそれでも母は心配になったのだろう。
おっぱい、足りてるかな?って。
まだ若かった母親。
ネットもSNSもない時代、がんばっていたに違いない。
私は幼い頃の記憶を手繰り寄せる。
でも思い出せるのは3歳くらいが限界で、幼い頃の記憶の多くは、写真の中の風景だ。
大好きな写真があった。
両腕をばんざいしてこたつに上半身だけ出して寝ている私の寝顔。
これを母と父はどんな風に撮ってくれたんだろう。
かわいいなー、なんてふたりで言い合って撮っているのかもしれない。
みなさんには、心の中のふるさとのような光景はあるだろうか?
私はやはり、こたつだ。
冬にこたつを中心に、家族4人で布団をしいて寝ていた。
足だけこたつに入るように布団をこたつに付けて敷く。
父、母に挟まれたところに私。
弟は3人の足元の方。
きっと、だんだん大きくなってきて動く弟のスペースを確保したらそうなったのだろう。
私はその布団の中から、木目の天井を眺めていた。木の模様に、人の顔の形が見える。
父と母が隣にいて、父がメガネを外して寝る。
平和だったあの頃。
なぜ今になってそんな光景を思い出すのか、不思議だ。きっと、悩みもなく幸せな子ども時代の象徴。
しんどいなあと思う時思い出している。
なんでもない毎日に、幸せの種がつまっていると気付かされる。
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