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【短編小説】皆様の放送局が競争を始めた話

公共放送ってずっと競争がないまま、高い視聴料金を取り続けるんだって思ってた。それが変わるなんてほんとに思ってもみなかった。それも、全体の100分の1の予算しかない公共放送局が新たにできることで…

知ってる限りを話してみるね。

Y国にも、他の国のように公共放送がある。それぞれの国で公共放送の在り方は違うけれど、一昔前まで、国民の多くが愛していた放送局だったんだ。それが、放送推進協会、通称、HSK。

HSKは、Y国の放送文化の先駆けを担い、源平歌合戦のような年末の風物詩を生み出した。また、HSKの時代劇では銭湯が空になるような時代もあったんだ。さらに、放送技術の開発でも、世界に先駆けウルトラビジョンを生み出したりしていて、Y国民にとって、HSKは夢を与えてくれる企業で、誇りでもあったんだ。そして、御多分にもれず、子供だった僕もHSKファンだった。

でも、インターネットが普及し、動画視聴の方法の多様化が進む中、国民の8割はHSKの視聴時間が一日平均5分を切ってるし、僕もテレビをみることがほとんどなくなってしまった。それでも、HSKはY国最大の放送局であり、いまでも「皆様のための、皆様とともにあるHSK」をキャッチフレーズに時間とお金をかけた番組を、ゆるぎなく作り続けている。それが可能なのは、年間7000億の予算を自由に使える公共放送だからだ。そして、この予算は、すべて視聴料で賄われている。

そして、Y国では、HSKを視聴できる機械を持っている人は、HSKと絶対に契約しなければならない。これは、司法の最高判断機関である超級裁判所が結論したのだから、そうなんだ。つまり、機械はあるけれど、HSKを見ないから契約したくないというのは許されないし、裁判になれば契約せよと命令が下る。そして、契約していなかった期間に加算料金が科せられる。つまり、Y国で唯一絶対の企業、すなわち「相手の同意が一切必要なく契約させることができ、契約相手が一切の利益を被っていなくても、お金を徴収できる」企業、それがHSKなんだ。

契約なのに、双方の同意が必要ないっていうのはどうにも不思議なのだけれど、これは裁判官の正義や論理性が、一般市民の正義や科学の論理性と全く違うからしようがない。(裁判官の論理性については、いずれ「裁判官は三囚人の夢をみるのか」でお話ししますね)

さて、僕にとって頭が痛いのは、視聴料金がとっても高く、かつ、徴収がなかなかタフなことなんだ。今の僕にテレビを見る余裕なんてないのだけど、スマホでもHSKが見られるようになってるから、僕も年間15,000円は払わないといけない。Y国ではテレビ受像機付きのスマホしか売ってないし、購入時にHSKとの契約確認されるからどうしようもない。現金で払うことにして滞納していると、ポストは請求書でいっぱい。日曜であろうと夜10時であろうと、なかなか迫力のある集金人がやってくる。

宇宙衛星を使った放送もみる人だと、HSKの視聴料金は年間約3万円。これって、逆進的な税金みたいなものなんだ。つまり、お金持ちでも貧しくても3万円だから、貧しいほど視聴料金の家計への負担が大きい。HSKに出てくる芸能人みたいに1億の年収があるなら年3万円は大したことないんだろうけれど、年間200万の年収で暮らす僕には、3万円はとっても痛い。そしてそれも、視聴料金と言いながら、全く見なくても払わなくてはいけないお金なんだ。

「ロールオーバーHSK!推進協会をぶっとばせ!」を標ぼうする党もあったけれど、今は違う方向を向いているみたいだし、もともと与党、野党の両社が乗り気にならなければ、HSKが変わる可能性なんてどこにもない。でも、どちらもHSKをうまく使うことに執心してる。

変わったのは、「白票革命」(これについては、「白票革命の話」をご参照ください)がきっかけだった。この革命のとき、HSKの教養チャンネルは新選挙まで、24時間、ランダムに政見放送を流し続けていた。そして、総合チャンネルは大都市のキー局が担当し、地方局のいくつかが総合チャンネルの1%(年間に換算すると70億)の予算で政見放送を担当していた。そして、政見放送を担当する地方局連合は、政見放送の独立性を守るということで「新放送局」として独立させれらた。

新選挙が終わり、新しい政府が立ち上がった時、新放送局はHSKに戻り一つの会社になるんだろうと思っていたのだけれど、そうならなかったんだ。どうも新政府の立ち上げで、庶務省もこの問題まで手がまわっていなかったらしい。さらには、1%の予算、年間で70億の予算しかない新放送局なんて放っておけばいいと思ったに違いない。だって、70億なんて、毎年の年末恒例「源平歌合戦」の制作費にもはるかに満たないんだから…

選挙も終わり、政見放送をしなくてよくなったとき、新放送局の役員たちも現場も何を放送すればよいのかあたふたとしていた。役員の多くは左遷される形でHSK地方局に飛ばされた人たちだったし、事務職員の中には、アナウンサーとして入りながら、地方局の事務職に転職させられた人たちも珍しくなかった。つまり、キー局から追い出された人たちが多くいたんだ。もちろん、その地域で採用された人たちもいたし、彼らも有能ではあったけれど、左遷組を含めて全国に流し続ける番組を持ち合わせていなかったし、この何年も全国放送の番組をつくったことがなかった。それも、予算は年間70億。無理な話だ。

でも、それをチャンスだと思った男がいた。それが木田重治だった。革命政権の間、政見放送を担当していた木田重治も、HSK帝都放送局から左遷された一人だった。かれには、「小さな捏造の積み重ねがドキュメンタリーだ!」と言い切るHSKの皇帝と呼ばれる小山高嶺のやり方がどうしても気に入らなかった。一時は、小山がプロデュースするHSKの看板ドキュメンタリー「ズームイン・ナウ」の主要メンバーとして活躍し、小山の信頼を得ていたのだが、「ズームイン・ナウ」の放送が原因で倒産した企業がでてしまい、何人かの人生に大きな傷跡を残したことを見てから、どうしても元のようなモティベーションがわかなくなっていた。

そのうえ、皇帝・小山が忘年会で、「公共放送は国民のためにある。一部の企業のためにあるのではない。事実を報道し、多くの国民にとって利益になったのだから、我々はこの経験を成功体験として胸に刻み、自信をもってさらに前に進もう」と嬉しそうに乾杯の挨拶しているのを聞いて、すっかり嫌になってしまった。確かに、番組の大きなストーリーの流れは間違いとは言いきれない。だが、あの番組も「小さな捏造」がところどころにあり、視聴者の攻撃性、嫌悪感をあおる構成になっていた。そして、そのあおりのある構成を完璧な状態に仕上げたのが木田そのひとだった。木田はだんだんと酒に逃げるようになり、ある席でHSKの実質的な支配者である小山の発言を「ふん」と笑ってしまい、みごとD県の地方局に飛ばされたというわけだ。

さて、新放送局は「少ない予算、全国放送の経験の少ないスタッフ、公共放送の役割」という条件のもとに運営されないといけないのだが、そんな条件を満たす番組案なんてない、というのが局全体の雰囲気だった。だが、木田には案があった。それも、HSKに再度戻ることを想定している人たちからは、絶対に受け入れられない案が。それは、「HSKの番組の批評を行う番組」「HSKの放送内容の適切さ、事実との整合性、捏造の有無を検証する番組」を作ることだった。そして、この番組以外は、これまで作ってきた地域の番組を「Y国紀行」として放送することだった。

この案をもちだしたとき、予想外だったのは、制作現場の多くが賛同したことだった。個人的な怨念からか、使命感からか、面白そうだったからか、革命後の沸騰した世間の風に流されているからか、いずれかは定かではないが、反対を強く言うものは現場にはほとんどいなかった。一方、HSKとの関係の悪化を恐れる経営陣は、「そんなことしたら何がおこるかわかっているだろう。相手は7000億の企業だぞ!」と青くなり、「絶対に予算は付けない」と断言する者もいた。

ただ、D県出身で、地域採用ながら若くして管理職として出世し、年齢、ジェンダーバランスから経営陣に加わっていた森智花だけは違っていた。そして、新しいドキュメンタリーを作るという名目で、5千万の予算を自由にしてよいという確約を役員会から得たうえで、木田に対し「木田さんのこの間言っていた案って、ドキュメンタリー部門といえますよね。5千万でできるところまでやってください。ただし、できるだけ静かにお願いしますね」といって、すべてを木田に任せてしまった。(森は木田より10歳年下である)

ちなみに、HSKの新番組作りの常識からいうと、年間予算5千万というのは「絶対に無理」となるのだが、森にはその常識はなかったし、HSKの常識を否定したい木田にとっては「十分な額」だった。

そして、その日が来た。番組名は「一粒万倍」。番組は地方で新たに挑戦する企業を取り上げる内容から始まった。番組名にふさわしい、小さいけれど希望に満ちた企業の活躍という内容だった。木田の行動を不審に思っていた新放送局の経営者たちも、「さすが木田。腕は衰えてないね」といって、会議室で夜の仕出しをつつきながら、和やかに画面を見ていた。彼らが青ざめたのは、番組が後半に入った時だ。

地方局の総務に飛ばされた元アナウンサーの女性が、人手不足により「一粒万倍」でアナウンサーに復帰していた。彼女が、「では、次のコーナーです。次は、HSKの番組批評です。新放送局は、皆様のための、皆様とともにある放送局として、公共放送HSKの番組を一つとりあげ、毎週、その内容をできるかぎり客観的に検証していきます。また、検証の際の参考文献などは、ホームページで公開いたします」と語りだした時、会議室にいた役員全員の箸がとまった(ちなみに、森は出張してD局にはいなかった)。

「今晩は、先々週に放送された『ズームイン・ナウ:多言語学習で世界最速に』です。」「ズームイン・ナウ」では、α国で公表された論文をとりあげ、「多言語学習をすると運動機能がのび、理論的には100m9秒を切ることができる」と結論していた。この論文は、いくつかの国のトリリンガル25名、バイリンガル28名、自国語しか話せない人50名を比較し、バイリンガル、トリリンガルとなるほど運動能力が高いという結論をだしているものだった。年齢、性別はコントロールされた分析ではあったが、人種などグループごとに偏りがあり、科学的な結論が得られたとするにはあまりにもお粗末な論文だった。

「一粒万倍」の批評では、

1.HSKは権威ある雑誌の論文かのように言っているが、影響指数といった雑誌のランクでは極めて低く、また、この研究はほとんど引用されていない
2.統計学、スポーツ学などの専門家30名にアンケートへの回答をお願いしたところ、30名すべてが「この論文でそのような結論を科学的に下すことはできない」と回答している
3.「ズームイン・ナウ」に出演し、「きわめて興味深い結論で、今後に夢がひろがります。Y国から世界一のランナーが出る可能性もありますね」と言った専門家とされている人は、統計の解釈の間違った記事を書いており、論文を評価する能力があるとは想定しがたい
4.映像では、運動選手の多言語化を進める先進プログラムが紹介されているが、それは海外での練習の際の効率をあげるためにすぎない。当該の研究所にインタビューしたところ、選手の練習時間を増やすために、多言語学習を廃止する方向にあり、翻訳機を利用させる試みが進んでいた
5.以上から、『ズームイン・ナウ:多言語学習で世界最速に』は、公共放送として適切な内容ではない

と結論付けていた。

「放送中止!」と叫んだ役員もいたのだが、それが無理なことはさすがにわかっており、役員たちは無言で食事を中止し、それぞれの思惑で、それぞれの場所へと散会していった。

この第一回「一粒万倍」は、翌日昼にも再放送された。HPのコメント欄に再放送要望が多く寄せられたため、合計4回再放送された。視聴率の合計は11%に達した。

第二回「一粒万倍」はまたも「ズームイン・ナウ」をとりあげ、「ズームイン・ナウ」が放送した「史上最強の毒をもつ昆虫の日本上陸」が、原因、今後の見通し、史上最強の毒という事実のすべてにおいて不適切と結論していた。

役員たちは、予算を付けた森智花役員に恨みごとをいってはいたが、視聴率も高いことから、現場へ強く介入しようとはしなかった。その後、複数の役員が同時に病気療養に入り、役員会はとても静かになってしまった。

そして、病気療養をしている役員たちが予想していたことが起こった。HSKの皇帝、小山から呼び出しがかかったのだ。呼び出しがかかったとたん、森を除いてすべての役員が病気療養したのには、さすがの森も驚いた。小山は森に、「すぐに来るように」と秘書経由で連絡をよこしたが、森は「役員に病気が蔓延しています。小山様にうつす可能性を心配していますし、私がいなくなると新放送局の経営がとまってしまいます。制作責任者の木田を生かせますので、どうかよろしくお願いします」と連絡し、了解を得た。森は木田を役員室に呼びだした。「木田さんが、小山皇帝に謁見できることになりました。どうか、元気で行ってきてください。」と森がにこやかに告げたときには、さすがの木田もぽかんとしてから、苦笑いするしかなかった。

木田は、地方局生え抜きの田口をつれて帝都に向かった。田口は後年、何回も繰り返しこう言っていた。「皇帝の部屋にはいったとたん、汗が顎をつたってぽたぽたと流れ落ちるんだよ。拭いても拭いても。そして、心臓の音がずっと聞こえてる。それを数えることしかできなかった。」

「木田さんも緊張しているようで、皇帝の太く、低い声での話を直立で聞いていた。皇帝はどならない。でも、声を出すと木田さんの体が固まるのが分かったし、それを感じて僕は全く身動きができなかった。そして、ただ、木田さんを見ているしかなかったんだ。」「だから、分かる、確かにあの時、木田さんはほくそ笑んだ。きっと、皇帝にも秘書にも、そこにいる誰にもわからなかったはずだ。でも、木田さんと同化するような感覚で固まっていた僕にはわかったんだ。たしかにほくそ笑んでいた。」

皇帝・小山の前で、木田は笑ったと田口は断言しているのだが、それはこんなやりとりの時だったそうだ。

「テレビは内容をともなった視聴率が第一だ。スキャンダルをあおるような見苦しい視聴率は必ず消える。君の番組もだんだんに視聴率が下がってる。そして、新放送局は国民をうらぎり、誰もみない局として消えていく。」

「最後にね、公共放送がどういうものであるか、木田、君にちゃんと見せておいてあげないとね。」

「年末の源平歌合戦は、史上最高の評価になる。そしてね、HSKは新放送局の番組批評もはじめる。特にね『Y国紀行』は地方局らしい、いんちきな内輪受け番組だからね。取材し直すば全部なかったことになる。きっとつぶれる会社もでるね。」

「それは、木田、君のせいだね。君はおろかで、残酷な男だね」

木田が「それだけは…」と言おうとしたとき、小山はいった。

「これはもう決まってることだ。源平歌合戦で本当の公共放送が何かというのをだね、国民にわかってもらった後ね、『Y国紀行』を、うちがしっかりと批評してあげよう」

「今年の源平歌合戦は、私が直接かかわっている。かならず6割の視聴率を獲得する。それができる膨大な資金をもっているのは、世界中の放送局でうちだけなんだ」

田口によると、この最後の発言を聞いたとき、木田は確かに笑ったという。ほかの人には、怯え、耳を垂れた子犬のようにしか見えなかったとしても、確かに笑ったのだと。

HSKへの批判、スクランブル化の意見をすべて封じるために、皇帝・小山は3年前から源平歌合戦で6割以上の視聴率をとり、公共放送がすべての国民の放送であることを高らかに宣言しようと計画していた。そこに「白票党革命」が起こったのだが、この革命は、新放送局の24時間政見放送といったこと以外、放送局には一切干渉しなかった。

その間も小山は確実にこの案を進めてきており、勝算も高くなったところに、新放送局の反乱がおこった。小山の認識はそうであったし、小さな石ころが靴の中に入ったような不快感とイラつきを覚えていた。ただし、それでも計算高く「これで造反分子をすべて馘首にできるし、HSKのドキュメンタリーが真実だとより深く国民に刷り込むチャンスになる」と踏んでいた。

海外ロックスターのサプライズ出演を含む、その年の源平歌合戦は、これまで誰も見たことのないエンターティメントだった。瞬間視聴率は、複数回60%を超え、元旦から、各種メディアこぞって絶賛の嵐だった。

木田は、源平歌合戦成功で沸き返っているHSK帝都局にたびたび出向いたが、誰も相手にしてはくれなかった。旧知をなんとか飲みに誘いだしても、ひたすら悪口を言われ、馬鹿にされ、支払いは新放送局に回しておけと奢らされるばかりだった。だが、木田は複数から同じ情報を得て、ひそかに手ごたえを感じていた。また、木田とは別のルートで、皇帝に批判的な職員からも情報が少しずつ得られていたが、ほぼ同じ情報だった。

その情報とは、源平歌合戦の制作費用に関するものである。小山は、木田がそれを知りたがっているようだという腹心からの注進を聞いて、「聞かせてやれ。大資本には絶対にかなわないんだ。そして、二度と局にかかわることができないことをしっかりと思い知らせるのがいい」といっていた。

木田の情報では今回の源平歌合戦にかかった費用は、4時間の番組で、なんと1200億だった。皇帝の一世一代の大仕掛けであり、政治家さえも小山には二度と逆らえなくするためのよく練られた計画だった。

そして、2月3日、節分に放送された「一粒万倍」でそのことが公開された。源平歌合戦は、視聴率1200億かかっていると…

「一粒万倍」は、1時間の放送で使っている予算は毎回約100万円。視聴率は4%。1時間番組での視聴率1%あたりの予算は25万円。源平歌合戦は、1時間番組での視聴率1%あたりに換算した予算は50億円。その予算の差は2万倍。」

「皆様のための、皆様とともにあるHSKは、視聴料金を払っている国民が、経営者の選定に関与することもできず、経営者の給与の決定に影響を与えることもできず、見なかった契約者が数百万軒あるエンターティメントに膨大なお金をかけることを制止することもできない。」

「それでいて、視聴料金は苛酷に取り立てられ、貧しいほど負担の大きい逆進的な税と化している。」

「新放送局は、源平歌合戦の費用、視聴者が支払った料金がどれだけ効率的に、不正なく利用されていたかを今後検証する」

と述べた。

「楽しい思い出に冷水を浴びせるようなことをするな」といった意見もあったのだが、役員報酬、芸能事務所への高額支払いなどが明らかにされるたびに、風向きが変わっていき、民放も新放送局の尻馬に乗る形で批判に加わった。

さらには、HSKが放送した「Y国紀行」の批評番組は、「ちいさな捏造の積み重ね」が癖になっている制作だったため、「Y国紀行」に出演していた地域の人々、企業から大きな怒りを買うことになり、HSKは設立以来最大の逆風にさらされた。

そうしているうちに、不正確だがセンセーショナルな「HSKの製作費は1%200億円」という言葉が独り歩きをはじめ、皇帝・小山は国会に召喚されることになる。小山の独断専行が国会で追及される中で、HSKの役員については、視聴者がその選定に関与できるような株主制度に近い形が模索され始めた。また、HSKについては、予算の使い方などを監視する機関の設置が義務化され、予算の使い道も完全に公開されることになった。もちろん、給与の適切さに関しても。

皇帝と言われた小山は辞職し、規定通り6億円の退職金を得た。エリートと呼ばれる人たちは、やはり神経の太さでもエリートなんだ。とはいえ、その後、背任行為が監査役から認定され、解雇扱いとされ、返還を命令されることになったのだが…。神経の太さでもエリートな小山は違法だと主張し、いまも係争中だ。新放送局は、HSKの100分の1の予算、そして、制作費は源平歌合戦と比べると1万分の1以下…。

一粒に過ぎない新放送局が、1万倍のHSKを動かしたことになる。「一粒万倍」という番組名は、まったくもって先見の明があったね。


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