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玉藻への道程②(高濱虚子+星野高士)

茄子苗の茎は未来を知っており

5月21日(月)の吟行句会で詠みました。季語は茄子苗です。「植えられたばかりの茄子の苗は茎がすでに紫だよ」ということを写生したつもりで、自分では及第点だと思っていたのですが、先生からは「もう少し傷があった方がよい」とのお言葉をいただきました。「この茄子苗はまだ茄子の実をつけるかどうかわからないでしょ。『未来』というズバっとした名詞や、『知っており』と断定的に言い切ってしまうのはどうだろうか」と。

なるほど、です。「順調に実ってくれよ」という願望や「実らないかもしれない」という不安感を出した方が俳句に奥行きが出ます。例えば、下の句を『知りつつも』に変えるだけでもニュアンスが変わってきます。

茄子苗の茎は未来を知りつつも

ぐっと俳句らしくなりました。こういうことって、自分ひとりで詠んでいるだけではなかなか気づきません。こういう気づきをいただきたくて、昨年7月、私は『玉藻』という俳句結社に入りました。先ほどの「先生」はこの『玉藻』を主宰しておられる星野高士先生です。日曜朝に放映されている『NHK俳句』をご覧の方は、お顔が浮かぶのではないでしょうか。

さて、前回のエッセイでは「あまたある俳句結社の中から『玉藻』を選んだ理由」を書き始めました。ところが、「最初に購入した歳時記がホトトギス新歳時記であったこと、その歳時記で紹介されていた高濱虚子の句に魅せられたこと」という枕の部分で終わってしまったので、今日はその続きを書こうと思います。なお、高濱虚子については敬称略で書かせていただきます。また、その表記は『ホトトギス新歳時記』に習います。

高濱虚子に興味を持った私はこの写真に写っているような本を読むようになりました。その一方で、時間のある時には角川の『俳句』も購読するようになり、その中の「平成俳壇」というコーナーのファンになりました。

「平成俳壇」は、有名な結社を主宰する先生方が読者の句を選んで評するコーナーです。そこで紹介される句はもとより、どの先生がどのような句をお選びになるのか、そんな角度から読んでも楽しいコーナーです。そのコーナーで、「私も好きだなぁ」と思う句を多く選んでいらっしゃるのが星野高士先生でした。正直なところ、この時点では星野高士先生のことをよく存じ上げなかったのですが、なんとなく『俳句』を購入した時に最初に開くのは「平成俳壇」の星野高士先生の頁になっていました。

このように、高濱虚子への興味と星野高士先生への興味は、私の中で別々に同時進行で膨らんでいきました。お二人は苗字も異なるので、文学史の素養に欠ける私には、その両者の接点はまるで見えていなかったのです。

ところが昨夏、何かの記事で「高濱虚子の曾孫が星野高士先生」であるという驚愕の事実を知りました。その瞬間、私の中でパンッ、パンッと二つの興味が弾け、大気となって交じり合い、小さな頭の中いっぱいに充満しました。「そうか、そうだったのか」と繰り返し呟きながら『俳句』の「平成俳壇」を開き、星野高士先生の主宰する結社が『玉藻』であることを確認し、ネットで『玉藻』の読み方と電話番号を調べ、電話をかけてお仲間に入れていただきました。なんの迷いもありませんでした。知り合いも紹介もなく、まったくの飛び込みです。

私はこんなふうにして『玉藻』に辿り着きました。この3月からは句会にも参加するようになって、今まで以上に季節を意識して生活しています。季節を意識すると、目に映るすべてのものが日々変化していることに感動します。そして、おそらく自分もどんどん変わっているに違いないということに気づき、焦ったりホッとしたりします。そして、不変なものなどないからこそ、一瞬一瞬を写真や句に収めたくなります。そんな今日この頃です。

長くなってきましたので今日はここまで。次回は前段の流れを受けて「古代遺跡と俳句」について書いてみようと思います。エジプトやローマが好きな方は特にお楽しみに。