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カレー粉の中身も知らなかった僕に、スパイスカレーブームが残したもの〈前〉

「カレー粉の中身って何?」

さぁ、あなたならどう答えますか?
僕は全く分かりませんでした。少なくとも、2019年頃までは。

“なんかそういう粉”があるという程度の認識で、それまでの人生において、カレー粉は何からできているかなんて疑問を抱くことがなかったし、実際必要ともしていなかった問い。
さすがに「カレーパウダー」がいきなり生えてくる植物があるとまでは思っていなかったけど。

お気に入りのカレー粉「インデアン純カレー」

でも今なら分かります。色んなスパイスの粉を混ぜ合わせて熟成させたものだと。その中にどんなスパイスが入っているかも、10個ぐらい?いやそれ以上挙げられる。ターメリックうこん、クミン、コリアンダー、カイエンペッパーとうがらし、フェヌグリーク、クローブ……長くなるので止めますが。

そうやってスパイスのことが分かるようになったのも、スパイスカレーブームのおかげ。その中でも、僕は「食べ歩き」よりも、「自分で作る」ほうに魅力を感じました。

2019年の暮れに「スパイスカレー」の流行りを嗅ぎ付けた僕は、「元々カレー好きだったし、ルーなしでスパイスから作るの面白そう」と一気にのめり込みます。
クックパッドにレシピを投稿し始め、その後インスタで2年ぐらい投稿して、しまいにはスパイス料理専門のブログを作ってしまいました。

ですが、まぁ、色々ありまして、2年更新を続けたブログは現在お休み中。
戻るかどうかは考え中。

世間のスパイスカレーブームも一旦落ち着いたことだし、ちょっとここいらで2018年頃から始まったスパイスカレーブームについて整理してみようと思います。

ただ、めちゃくちゃ長いので2回に分けます。また、この1記事だけでも長いと思うので、目次を見て適宜飛ばしながら読んでください。全部読んでくれたらもちろん嬉しいです。


そもそもブームは終わったのか?

前編である今回は、自分の話というよりは、世間でのスパイスカレーブームがどうなったかを見てみることにします。

まずは下の画像をご覧ください。「Googleトレンド」といって、人々の検索傾向から気になるトピックの人気度を可視化してくれるサービスです。ここに「スパイスカレー」と打ち込んで人気度を確認。

画像内の赤・黄文字は筆者による

過去5年間(2019年3月~2024年3月)のデータを見てみると、2020年8月にピークを迎え、季節が巡ったのち、再び2021年6月頃に人気度が上昇します。やはり「夏はカレー」のイメージからでしょう。

その後2022年はどうなったかというと、夏になっても2021年ほどの盛り上がりを見せない。2023年も横ばいで推移。それでも、2019年よりは若干高い~同じぐらいの人気度で推移しているので、ピークを迎えた2年間ほどの人気はないものの、スパイスカレーブームを経て、継続的に話題にしている、調べている層が創出されたといえるのではないでしょうか。

これは比較する期間をさらに過去に伸ばしてみると分かりやすくなります。

比較期間が変わったことでピークが少しずれていると思われます

雑誌『dancyu』が「スパイスカレー 新・国民食宣言」の特集を組んだ2018年からの人気度の推移を見てみると、2018年後半~2019年にかけて徐々に人気度が上昇していき、2020年と2021年に迎えた2度のピークを過ぎても、ズドンと人気度が落ちるわけではなく、2018年と比べると高めの横ばい傾向に。「スパイスカレー」はブームが過ぎても一定の地位と話題性を維持し続けている(少なくとも、2022~2023年の間は)といえるのではないかと思います。2024年の夏にかけてどうなるか見物です。

私は分析の専門家アナリストでも何でもなく、データの抽出方法とその読みはかなり恣意的ですから、「ま、そういう読み方もあるか」ぐらいに留めておいてください。

スーパーの棚に食い込んだスパイスカレー

一番好きなカレールー

スパイスカレーが一定の地位を獲得したことを確認するのにうってつけなのは、スーパーの商品棚です。
カレールーが並ぶ棚を見に行けば、そこにはスパイス感を打ち出したカレールーや、スパイスカレーキットといって2人前ぐらいのカレーを作れるスパイスセットが並んでいます。
特にスパイスカレーキットが棚のスペースに食い込んだ、というのは「家のカレー=ルーのカレー」時代では考えられないことだと思います。

スパイスカレーキットは、すでにスパイス単体を持っている人には割高ですが、これから始めたい人、とりあえず1度だけでも作ってみたい人には少量使い切りで試せるので良い商品だと思います。
パッケージから覗く中身のスパイスも、僕が見る限りでは色、形の良い厳選されたモノが入っていました。

また、カレールーにホールスパイス(粉にせず、形そのまま)を入れる試みも始まっています。……が、これはまだ発展途上だと思うので、これからの商品に期待ですね。

コンビニの商品棚にも発見!

商品棚……といえばコンビニの商品棚にもスパイスカレーが食い込んでいます。
直近(2024年3月時点)では、セブンイレブンに「エリックサウス&魯珈監修 2種のスパイスカレー」が並んでいます。
実際に食べましたが、「コンビニカレーでここまで効かせていいのか?」と思うレベルでスパイスの香りが効いています。
(おそらく)エリックサウス監修の向かって左側のカレーはカルダモンが、(おそらく)魯珈監修の向かって右側のカレーにはクローブが「こんなにやって大丈夫?」と驚くレベルで効いています。
カルダモンとクローブのパンチをひたすら受け続けるこの心地よさ。さらに想像以上の辛さのパンチも受けてすっかりKO。期間限定でなく、ずっと置いてほしい。けど難しいか。

日本人のスパイスリテラシーが向上し、「今なら受け入れられるだろう」という信頼のもと、この攻め具合に踏み切れたのか、それとも「今さらスパイスカレーを買うのは好きな人だけ」と割り切っているのか、「大衆受け」との調整ラインはどこに置いたのか……ああ!聞いてみたい!

とにかく、スパイスカレー好き(n=1)が食べても大満足するレベルの商品がコンビニに並んでいる。これは「カレー=ルーのカレー」から時代が進んだといっていいのではないでしょうか。
なんか偉そうなこと言っちゃったな。すみません。

無印のカレー

無印良品に並ぶ本格的なレトルトカレーも、スパイスカレーの広がりに貢献したと思います。
本格的なレトルトカレーを手掛ける「にしき食品」によるOEM生産品ですから、間違いない味。
レトルトなのでちょっと具材が寂しいというのはありますが、本当に美味しい。

僕は売れ筋のカレーよりは、自分で作れそうにないor知らないカレーを選んで食べることことにしていて、ナスと練りごまが決め手の「ベイガンティルマサラ」には特に感銘を受けました。
売れ筋のバターチキンから、レシピ本でも見たことがないニッチなカレーまで幅広く揃う、まさにレトルトカレー基地。ニッチなカレーが無くならないよう、出来る限りで買い支えたい所存。

店のカレーはどうだ?

では、店で出てくるカレーはどうだ?という話になるのですが、すみません、これに関して僕は語る口を持ちません。
というのも、僕はスパイスカレーの食べ歩きをしていないからです。最初のほうにも言いましたが、「自分で作る」ほうの人間なのです。

一応、雑誌で見た「名店」は抑えておこうと出かけたことはあります。でも、片道2時間ほどかけて行った名店にさあ並ぶぞ、とドアの前に立ったとき、目の前で「臨時休業」を掲げられて心が折れました。「こりゃ、縁がないな」ということで作る専門に。

エリックサウスのマトンビリヤニin虎ノ門ヒルズ

結局、行ったお店は片手で数えるほどで、「旧ヤム邸」の姉妹店「旧ヤム鐵道」、スリランカカレーがルーツのお店「ポンガラカレー」、言わずと知れた南インドカレーのお店「エリックサウス」。あとは有馬温泉近くにあるスリランカ料理店「リトルランカ」ぐらい。

ですので、近年のお店カレーの傾向について詳しい方がいらっしゃいましたら、ぜひご教示ください。

「スパイスカレー本」は落ち着いた?

お気に入りのカレー本たち

直近のブーム以前からも、スパイスカレーの本はありました。渡辺玲さん、水野仁輔さんと東京カリ~番長の皆さん、香取薫さんらが中心でしょうか。
それから時は経ち、2017~18年頃からブームに呼応する形で「スパイスカレー本」はどんどん増えてきました。そして、コロナ禍によって家で凝った料理に挑戦する人が増え、さらに本の数は増えます。

「タクコ」を合言葉にかんたん!あなたにもつくれる!というメッセージを強く打ち出した印度カリー子さん、計量に基づいた高い再現性を持つレシピ作者でありつつ、食への造詣の深さからカレー以外の著作も多い稲田俊輔さんらがシーンを牽引しながら、「名店」と呼ばれるカレー店の店主さんが本を出す……というのが多く見られました。

ですが、2024年の今、だいぶ出版数は落ち着きました。急速に増えて飽和するほどあったスパイスカレー本も、2022年頃から落ち着き始め、今や、僕の周りにある書店では平積みのスパイスカレー本は片手で数えるほどです。棚が限られている書店では隅っこに追いやられているのも見ました。

スパイスカレー本 栄枯盛衰

そもそも、名店カレー本はクセが強い(スパイスカレーはそもそもクセが強いのは一旦置いておいて)です。
「家庭でも作れるように」と比較的平易なレシピを掲載してくれる店主さんもいれば、店主さんの腕が良すぎて難易度が高く、「もはや作らせる気がない」レシピ本もありました。
また、現地の味、というよりは店主さんによる試行錯誤、文化融合、美学の反映がなされたレシピですから、そのあたりは承知して買わないといけません。普遍性よりも独自性。いかにその店主さんのカレーが好きかで本への評価は上下します。
僕にも合う店主さんとそうでない店主さんのスパイスカレー本があって、いくつかのカレー本はBOOK OFFに売りました。また別のフィーリングが合う読者の方に届きますように……と思いながら。

一方で、ある程度普遍性を意識して作られたスパイスカレー本では、食材の違い、文化の違いで日本の家庭で作れるカレーが限られているからか、レシピのコモディティ化似たものばっかりが起きます。
例えば「羊の脳みそのカレー」なんて、日本じゃとても作れないわけです。これは極端な例ですが。
やっぱり日本人が好きだったり、作りやすいカレーばかりチョイスされ、「このカレー、あの本にも載ってたぞ……?」というのが起こります。むろん、著者による解釈の違いを見つけるのは楽しいですが、カレーの世界はなかなか広がらない。

『dancyu』の年1スパイスカレー特集も2022年から「?」な方向に向かい始め(2021年の特集は素晴らしかったのだけどなぁ)、この頃には、だいぶスパイスカレー本の出版は落ち着いてきたのではないかと思います。

ニッチすぎて「誰が読むねん」という本が出たり、パクリレシピがふんだんに盛り込まれた本が出て僕はブームの終わりを実感したものですが、ブームを経たからこその決定版ともいえる本(稲田俊輔さんの「インドカレーのきほん、完全レシピ」など)も出てきて、ようやく腰を据えてゆっくりカレーのレシピと向き合えるようになってきたと思います。

前編のまとめ

ここまで色々スパイスカレーブームについて語ってきましたが、これでもほんの一端に過ぎません。氷山の一角と表現するのも烏滸がましいほどで、耳かきほどの匙でちょんとカレーの世界を掬っただけ。
それでも4500字を超える文になるのだから恐ろしい。

さて、前編のまとめです。

・直近のスパイスカレーブームでは、2020年と2021年の夏に2度のピークを迎えました。その後はブームは落ち着くも、話題性がガクンと下がってなかったことのように忘れられる……ということはなく、継続してスパイスカレーを話題にしている層が誕生していると考えられます。カレーといえば欧風!ドロドロ!……の方も根強くおられると思いますが、スパイスカレーは選択肢の一つして持つ方が増えたのではないでしょうか。

・スーパーの棚にはカレールーでもスパイスの香りを強調するものが出るようになり、スパイスカレーキットも並ぶようになりました。
スペースの取り合いが激しいコンビニでもスパイスの香りを十分に感じられる本格的なカレーが並び、スパイスカレーは我々の生活のシーンの一部にもしっかり食い込んでいます。

・一時は飽和するほど大量に出ていて、レシピ被りを起こしまくっていたスパイスカレー本市場は落ち着きました。
本が一通り出揃い、ブームを経ての決定版ともいえる本が出るフェーズになっていますから、しっかり吟味してお気に入りの1冊を選べる環境になったと思います。ちょっと前の本でも、版を重ねているカレー本は信頼できると思いますから、おススメです。

と、こんな感じです。大体の流行りものはブームが去るとキレイに忘れられ、数年~十数年後に再燃……みたいなのが多いですが、日本の国民食たるカレーに関するブームだったからか、スパイスカレーブームは割と不可逆的な変化の爪痕を残しているように思います。
ブームが終わっても火は灯り続けている。

こうなった次は一体どんな風にカレーのブームが来るだろうか。次こそは、スリランカカレーのブームが来るといいなぁ、なんて思います。

後半へ、続く


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