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【エッセイ】男は時々ウソをつく

男は時々ウソをつく

誰にでもきっとポリシーがあるだろう。
「賭け事をしない」
これは僕のポリシーの1つだ。

道徳的に、とかそんな理由じゃない。
「ただなんとなく」
結局のところポリシーってのはそんなもんだ。

僕は自転車通勤をしている。
ロードバイクって呼ばれる自転車だ。
「自転車通勤はポリシー?」
と聞かれる事もあるのだが、これはポリシーでも何でもない。
特別自転車が好きって訳でもない。

単純に「健康のため」ただそれだけ。

膝が良くない僕にとって自転車というのは負担が掛かりにくくちょうど良い運動だ。

ロードバイクを勧めてくれたのは大学の同級生だった。


京都の大学に通っていた僕は大学1年の頃、寮に入っていた。
寮の部屋は左右に2つのベッドと机が対になっている相部屋だった。
大学生活という新しい環境に飛び込むばかりか、全く知らない奴との共同生活が突然始まる。

やはり大切なのは相方との相性だ。

漫才コンビと同じように寮の同室でも相方とは不仲になる事が多い。

僕の経験から言うと6割以上が数ヶ月で相方の愚痴をこぼし、1年が終わる頃には不仲で会話もしないというケースが結構ある。
他人とプライベートを共にするというのはなかなか難しい。

入寮したその日、僕は部屋で一人ドキドキしていたのを覚えている。

「どんなやつと相部屋になるんだろう」

出来れば明るく爽やかで人懐っこい笑顔の、
共同生活に不満を感じないルームメイトが良い。

高揚する気持ちを抑えながら、僕はまだ見ぬ相方を待った。廊下の足音が聞こえるたびにドアが開く覚悟をしては、足音が通り過ぎるたびに何度も胸を撫で下ろした。

早く会いたいような、
会いたくないような気持ち。


ジャラジャラ・・・

足音とともに財布のチェーンの音が聞こえる。
あきらかにヤンチャな男特有の音だ。

こいつとルームメイトは嫌だな・・・
僕はふと思った。

爽やかなイケメン達と人気者になって学生生活を謳歌し、バンドで活躍してキャーキャー言われるんだ!

僕の描いたバラ色の学生生活にヤンキーは要らない。

ジャラッ・・

期待とは裏腹にジャラジャラ音はドアの前で止まった。そして扉が開いた。

そこにはジャラジャラ音のイメージそのままの茶髪のヤンキーが立っていた。


「おう、お前この部屋のやつ?
俺ヤマダ、よろしくよろしく。
ちなみに富士山の山に田んぼの田でヤマダね」

終わった

僕の描いた爽やかな学生生活が崩れていく音が聞こえた気がした、ジャラジャラと。

何より僕は声を大にして言いたい。
漢字の説明は他のヤマダの場合だけで良い、と。


それにしても低偏差値ってわけでもないこの大学にヤンキーがいるのはなぜだ?

その答えはすぐに分かった。
ヤマダは自転車競技部のスポーツ推薦で入学してきたのだ。

よってその学力は世間のイメージする大学生レベルには程遠い。

そして少し舌ったらずで噛みやすく「約束」という言葉が言えない。
「やすこく」
と言ってしまう特殊な言語の使い手だ。

入寮2日目にしてデリカシーに欠けるヤマダは恐ろしい質問を投げてきた。


ヤマダ「あ、そうそう、お前うん○こってちゃんと見た事あるか?

なんて好奇心旺盛な男だろうか。
立派な意識高い系だ。

「あ、そうそう、昨日のアメトーク見た?」
的な、フランクな聞き方をされると困る質問だ。

いったいどれほどの人が
「ちゃんと見た事がある」
と自信を持って答えられようか。

僕は「いや、たぶん無い」と答えた。

ヤマダ「そやろ?意外とな不思議なものって身近にあるもんやで」

確かにその通り。
まるでニュータイプの哲学者だ。
僕は聞き返した。

「ヤマダ、じっくり見た事あるの?」

ヤマダ「まぁ昔やけどな、部屋に新聞紙敷いてその上で出したったわ。

・・・近くでちゃんと見たら結構グロいで」

・・・は?
こいつ今、何て言った?
部屋?しんぶんし?

・・・なんてこった!
リフォームの匠でも思いつかない粋な計らい。

まず出会って2日目にするカミングアウトのレベルを遥かに越えている。
そして何より、部屋に新聞紙を敷いてまでじっくりと観察しなくても分かる程度の感想なのが素敵だ。

ヤマダ「そしたら、オカンに見られてもーてなぁ

え?

なに!?

こんなところにも匠の粋な計らいが。

なんと目撃者が?しかも肉親だとっ!?
「エロ本を見つかった」とはレベルが違う。
部屋で新聞紙の上にうん○こだ。

ヤマダ「オカン泣いてたわ」
僕「それいつの話? 小学校入ってから?」

ヤマダ「いや・・・一昨年ぐらい

オー、ジーザス!!

なんと彼の言う昔の話とは高校時代だった。
青春真っ只中じゃないですか!

僕がどうやってモテようか頭を悩ませていたあの頃に、高校生のヤンキー息子が部屋で新聞紙を敷いて自らの意思で出したモノを見せられて頭を悩ませていた女性がここ日本に存在していたのだ。

全く人生ってのは分からないものである。

こんなバカなエピソードの一方で、ヤマダは本当に自転車を愛し、後にインカレで優勝することになる。
こと自転車においては相当な実力の持ち主で、ヤンキー風の見た目から想像出来ないぐらいの努力家だった。

「自転車はいいぞ!
身体に良いからお前もやれよ」

彼はタバコに火をつけ、煙をくゆらせながら言った。

僕は断った。
いくら健康的とは言え、このヤンキーと同じことをするのは抵抗がある。
そもそもヘビースモーカーが健康を語っても説得力に欠けるのだ。

ヤマダはバカだ。
それに加えてデリカシーもない。

だけど底抜けに明るく楽しいヤツ。

彼は太陽だ。
僕とはまるでタイプが違う。
そしてヤマダは紛れもない人気者だった。

にも関わらず当時の彼はアルバイトの面接で20連続不採用という記録を生み出した。
これは人気者の宿命か?

いや違う。

スカジャンを着た茶髪のヤンキー丸出しの風貌だから当然だろう。彼のようなタイプは社会では受け入れられにくいのが現実だ。

「なぁ、やっぱこの社会は間違ってるぞ。
 俺に優しくない時代だ」


まるで引きこもりが言いそうなセリフだが、こいつは引きこもりとは正反対の人種。


僕らの部屋にはいつもヤマダに引き寄せられるようにバカが集まっていた。
言わばヤンキーの溜まり場と化していた。

そしてその日もヤニ臭い部屋にヤマダの友人が来てアルバイトの履歴書を書いていた。

友人が言った。
「なぁヤマダ、これ・・配偶者って何?

「え、お前マジで知らんの?」
「なんやねん、偉そうに。お前分かるんか?」

「当たり前やろ、そんなん。
 オレ履歴書いつも書いてるから慣れてるねん」

そう、彼はベテラン履歴書ライターだ。

このくだらない会話を聞きながら僕はギターの練習をしていた。彼らのくだらない会話に付き合ってばかりは居られない。
僕には夢があるのだ。

「じゃあ言ってみろや、配偶者って何か」
「アホかお前・・・・親や

・・・なにっ!?

「あ、そうなんや。じゃあ 有 やな」
「そうそう 有 に○するねん」

ちょ、待て待てーーい!!
なんだこの会話レベルは!

ギターの練習してる場合じゃない。
僕はピックを置き少し考えた後、答えた。

僕「いや・・・ちょっと違う」


ヤマダはどうやら履歴書の配偶者有りに○を付けていたようだ。
自転車に打ち込む19歳既婚者で寮に住む学生」という謎めいた履歴を引っさげてスカジャン茶髪で飲食店のバイト面接に行っていたのだ。

そりゃ採用されねーよ。
ヤマダ・・・間違ってるのは時代の方じゃないんだ


そんなこんなで僕らはタイプが違うのになぜかウマが合った。寮にしては珍しい「相方と仲の良い部屋」だった。

僕らは恥ずかしげもなく、良く夢を語り合った。

僕はギターで勝負してミュージシャンになる
ヤマダは競輪選手になる

お互い歳をとったら成功して飲みに行こう。
これが僕らの「やすこく」だった。




賭け事をしない。
これは僕のポリシーだ。

男は時々ウソをつく


27歳の時、僕は音楽から引退した。
その数年後、僕は競輪場にいた。
とある無名選手のラストレース。
僕はとある選手に賭ける券を買った。

男は時々ウソをつく

「賭け事はしない」
ポリシーなんて所詮そんなもんだ。

結局その選手は見せ場もないまま後方でレースを終え、僕が右手に握りしめた車券はゴミと化した。

自転車に興味はない。

何の見せ場もなく、地味に負けていったある選手を僕は見ていた。
男は自転車から降りるときに膝を抑えていた。

そして注目を浴びる事もなく
セレモニーも何もないままひっそりと引退した。

僕の引退と同じような終わり方だ。


先日、僕は久々にヤマダに会った。

ヤマダは黒髪になってスーツを着ている。
転職活動中で今日はこの後面接らしい。
僕らは昔のルームメイト、でもお互い今は家庭を持つ既婚者だ。

膝が悪くて自転車から降りた男
そして膝が悪くて自転車に乗り始めた男

成功、失敗、栄光、挫折
そんなものいつ、誰に分かるというのだろう。


ヤマダ
「何でお前自転車通勤してるん?
仕事前に疲れるやろ?アホちゃうか~。
え、それとも何?ポリシーとか?」

男は時々ウソをつく

僕「いや。お前言ってたやん?身体に良いって。
健康のため、ただそれだけ」

男は時々ウソをつく

「お前に憧れていた」

こいつにそんなセリフは言いたくない。

お互いが成功したら飲みに行こう

なぁヤマダ、君は覚えてるかい?
あの時の「やすこく」

「仕事決まったら飲みに行こうぜ!」

と言い残してヤマダは面接に向かった。
あの頃と何も変わらない後ろ姿だ。

男は時々ウソをつく

僕らがあの頃描いていた成功とは少し違うけれど、きっとこれで良いんだと思う。
そう、きっとこれで良いんだと思う。

ヤマダのカバンには今「配偶者 有 」に○をつけている履歴書が入っているのだろうか。

帰り道、僕はそんな事を考えていた。

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