見出し画像

熊本大学とのクロアポ制度終了座談会「制度活用でそれぞれが得た成果とは」

熊本大学発ベンチャーとして、2019年に創業した株式会社CAST(以下CAST)。薄型・耐熱・フレキシブルなセンサーをコア技術に、配管減肉モニタリングシステムを展開しています。

CASTは、熊本大学と協定を締結したクロスアポイントメント制度(以下「クロアポ制度」)にて、熊本大学のリサーチ・アドミニストレーター*である松浦佳子(まつうら よしこ)さんの派遣を受け入れていました。

2023年7月に約1年10ヶ月の派遣期間が終了したことを受け、熊本大学の清水聖幸(しみず きよゆき)副学長(戦略、産学連携担当)、熊本大学 熊本創生推進機構 イノベーション推進部門長・熊本大学熊本創生推進機構 イノベーション推進部門の大畑健太(おおはた けんた)特任助教・CAST代表の中妻啓(なかつま けい)さん、CASTへの派遣を終えたリサーチ・アドミニストレーターの松浦さんと、クロアポ制度を活用した感想や得られた成果について、座談会で振り返りました。

*大学等研究機関において、研究力活性化のための分析・推進・管理・支援および利活用等の業務に携わる人。

出典:一般社団法人リサーチ・アドミニストレーション協議会


▼クロアポ派遣期間中に松浦さんをインタビューした記事はこちら



全国的にも稀な熊本大学のクロアポ制度活用事例

熊本大学 清水副学長(戦略、産学連携担当)、
熊本大学熊本創生推進機構 イノベーション推進部門長

——はじめに、熊本大学にクロアポ制度ができた経緯を教えてください。

清水(敬称略):
2014年に経済産業省や文部科学省から提示された「クロスアポイントメント制度の基本的枠組みと留意点」を受け、翌年に熊本大学で「国立大学法人熊本大学クロスアポイントメント制度に関する基本方針」を設けました。そして、2018年に「国立大学法人熊本大学クロスアポイントメント制度に関する規則」が制定・施行されたのです。

制度ができた背景に、他大学も同様の制度を始めていたこと、熊本大学の当時の中期計画に「他大学・他機関との交流」の重要性が盛り込まれていたことが挙げられます。


——2023年10月現在、どのくらいの機関と協定を結び、何名が制度を活用したのでしょうか?

清水:
現在までに国立大学法人・独立行政法人・民間企業など、16の機関と協定書を締結しました。制度を活用したのは、延べ47名です。


——熊本大学のクロアポ制度の特徴を教えてください。

清水: 
熊本大学のクロアポ制度は、業務配分や給与などを大学と派遣先にて個別に協議・決定するため、双方の状況に合わせて柔軟に契約内容を決められます。

制度を活用する人のほとんどが他大学などの教育機関へ派遣されるため(出典:大学等における産学連携等実施状況について 令和3年度実績)、松浦さんの派遣事例は熊本大学初の企業派遣となりました。

さらに、クロアポ制度を活用するのは大学教員がほとんどのため、リサーチ・アドミニストレーターの松浦さんの派遣は、全国的に見てもとても稀な事例でした。


現職を辞めずに新たなキャリアが積めると思った

熊本大学リサーチ・アドミニストレーター 松浦さん

——松浦さんは熊本大学のリサーチ・アドミニストレーターとして、どんな業務を担当されているのですか?

松浦(敬称略):
大学の研究者と企業が共同研究を始める際の技術マッチングや、研究を進める上での契約交渉、研究成果が出た場合の発明相談・特許出願等のサポートなどを行っています。


——なぜクロアポ制度を活用したのでしょうか?

松浦:
リサーチ・アドミニストレーターはほかの大学事務職員と違って異動がほぼなく、「このままずっと同じ場所で、同じ仕事を行っていていいのだろうか」と感じていました。一時は「転職してみようか」という考えが頭をよぎりましたが、子育て中の私には難しいなと。

悩んでいたとき思い浮かんだのが、創業前から研究のサポートをしていたCASTでした。「環境を変えるならCASTで働くのもいいかもしれない」と感じたものの、熊本大学ではほかの先生方もサポートしていたため、簡単に辞めることもできず…。

そこで、大学を辞めずに新たな仕事にチャレンジできる、クロアポ制度を活用することにしました。リサーチ・アドミニストレーター以外の業務を学ぶことで、自分自身がまた一つ成長できると思ったんです。


——中妻さんは、松浦さんの派遣受け入れを決めたとき、どのような心境でしたか?

中妻(敬称略):
CASTを設立する前から研究プロジェクトをサポートしてくれていたので、個人的にも「松浦さん以上の適任者はいない」と感じていました。しかも、当時CASTが求めていたのは研究者ではなく、営業・法務・知財などの運営面のサポートができる人材だったんです。

私はCASTの代表ですが、熊本大学の教員でもあり、また熊本大学発ベンチャーを創った一人でもあります。リサーチ・アドミニストレーターである松浦さんがクロアポ制度を活用した前例を作ることで、「ベンチャー企業のリアルな内情を知っている人を大学に増やし、熊本大学のベンチャー支援をより強化できるのではないか」という想いもありました。


業務の両立に試行錯誤を重ねた派遣期間

——派遣期間中、松浦さんはCASTでどのような業務を担当していましたか?

松浦:
熊本大学でのリサーチ・アドミニストレーターの業務が6割に対し、CASTの業務が4割という配分で仕事をしていました。大学と同じく、CASTでも知財を担当すると思っていましたが、いざ派遣されたら…まさかの営業メインで。驚きを隠せませんでした(笑)

中妻:
せっかく来てもらうのなら、できるだけ大学ではできないことをやってもらいたいと思っていたんです。


——想定外の営業職に戸惑ったそうですが、特に大変だったことを教えてください。

松浦:
営業を始めた当初、クライアントから専門的な質問をされる度に回答に困りました。そのとき、技術をきちんと理解していないと製品は売れないのだと痛感しました。

また、実際に営業に携わってみると、費やした時間と労力が期待した成果に結びつかないことも多々あって。改めて、営業には多くの努力が必要なのだと学びました。


——2機関に同時に所属することで、業務の両立も大変だったと思います。

松浦:
それぞれの業務調整にしばらく苦労しましたね。最初の半年は月〜水曜日は大学、木〜金曜日はCASTに出勤していましたが、スピード感が求められる仕事にすぐ対応できないこともあって。2022年度以降は、午前中はCAST、午後は大学へ出勤する形に変更しました。


派遣期間終了後に感じたそれぞれの変化

「部署を離れる人をずっと送別してきた側だったので、
花束をいただけて本当に嬉しかったです!」(松浦さんより)

——派遣期間を終えて、ご自身にはどんな変化がありましたか?

松浦:
営業を経験したことで、視点が変わったと感じています。例えば、大学として研究成果をアピールする展示会に参加するとき。これまでは単に研究成果を伝える展示パネルや営業方法で臨んでいましたが、今は「いかにお客様の興味を引けるか」を軸に、要点をまとめるなど分かりやすい展示を心がけるようになりました。

大畑(敬称略):
研究者には研究結果のすべてを正確に伝えたい、という想いがあるので、細かな内容をどこまで取捨選択するかはバランスが難しいところではありますよね。内容によってはキャッチーな部分を伝えていくなど、臨機応変に対応できるといいのですが…。松浦さんのように自身の経験からアドバイスしてくれる人がいると、大学としても心強いですね。

松浦:
また個人的には、以前よりも気持ちの切り替えが早くなったと感じています。


——それは何かきっかけがあったのですか?

松浦:
リサーチ・アドミニストレーターとCASTの2つの業務を担当することで、純粋に業務量が増えました。その結果、「このままだと体力面・精神面ともに保たないな」と感じたときがあったんです。

大学の業務は「できるところまででいいよ」と言ってもらえたこともあり、その後は「できるところまでやって、体を休める。それ以上は考えない!」と徐々に割り切れるようになりました。同時にCASTでも「これ以上はできません」と自分からほかの社員に伝えるようにしたんです。

初めて経験する仕事ばかりで失敗することもありましたが、「くよくよしていても仕方がない。次に活かして頑張ろう!」と早めに気持ちを切り替えられるようになりました。

熊本大学熊本創生推進機構 イノベーション推進部門 大畑特任助教

——今回はリサーチ・アドミニストレーターがクロアポ制度を活用するという稀な事例でしたが、熊本大学内ではどんな影響がありましたか?

清水:
松浦さんのクロアポ制度活用は、ほかのリサーチ・アドミニストレーターにも良い影響を与えています。実は今回の派遣が決まったとき、「私もやってみたかった」という声が、ほかのメンバーからも挙がっていたほどです。

皆が制度活用の動向に注目していたなか、松浦さんは「大学発ベンチャーの執行役員」という新たなキャリアを獲得し、これまでになかったリサーチ・アドミニストレーターのキャリアパスを切り開いてくれました。

大畑:
私は熊本大学で起業を目指す学生や先生方の支援をしているのですが、ベンチャー企業のリアルな内情を知っている松浦さんがいることは、大きな影響があると思います。今後起業を目指すほかの先生方に、的確なアドバイスができると思うので。


——CASTとしては、松浦さんを受け入れてよかったことは何ですか?

中妻:
松浦さんが派遣される前のCASTは、男性エンジニアが中心の組織で、落ち着いた雰囲気の職場でした。松浦さんは持ち前の社交性で、社内を明るい雰囲気にしてくれたのがありがたかったですね。

また、エンジニア特有の専門用語が飛び交うような職場でしたが、お客様対応の際は松浦さんがクライアントにわかりやすく翻訳してくれたおかげで、スムーズに対応できるようになりました。

さらに会社経営の視点では、人材の雇用から退職まで、一連の流れを初めて経験できたことも大きかったですね。通常、「人が辞める準備」は実際に退職者が現れないとできませんが、今回の派遣期間終了をきっかけに、組織として対応する方法を学ばせてもらいました。

私のように、一般企業での勤務経験がないまま会社経営をしている人は、雇用から退職までの流れを知らない場合が多いと思います。それを松浦さんの事例によって経験できたのは、思わぬ成果でした。


自身の経験を大学発ベンチャーの支援に活かす

——熊本大学では、今後どのようにクロアポ制度の活用を推進される予定ですか?

清水:
大学発ベンチャーの新たな支援ツールの一つとして、活用できればと思っています。リサーチ・アドミニストレーターを含む大学職員が、知識・能力・人脈を活かしてベンチャー企業を支援することで、企業側は必要な人材を確保できます。また、職員本人も一般企業の働き方を知ることで、視野が広がると考えています。

しかし、今後クロアポ制度をより活用してもらうためには、まだまだ制度自体を改善する余地があります。派遣される本人が不安なく業務に励み、周囲の職員が気持ちよくサポートできるような体制を、引き続き整えていきたいです。


——松浦さんと中妻さんは、今回の経験をどのように活かしていきたいですか?

松浦:
CASTで学んだことを、ほかの熊本大学発ベンチャーに伝えていかなければと感じています。研究者は技術開発は得意ですが、営業や資金調達方法など、経営に必要な知識が足りていないことも多いです。出向したことで大学の支援が必要とされている部分も見えてきたので、これまで手が回っていなかった分野にも今後は注力したいと思っています。

中妻:
私自身も営業や資金調達など、技術開発以外にやらなければいけないことがたくさんあると知ったのは、創業後でした。創業3~4年目という組織が形作られるときに松浦さんは立ち会ってくれたので、今後ほかの大学発ベンチャーをスムーズに支援できるのではないかと思います。

松浦:
また、実際に制度を活用してみて、普段の大学での仕事以外を経験できてよかったです。「やはり仕事をするうえでの視野は広く持つべきだな」と実感しました。今後は大学側として、クロアポ制度の活用希望者の支援をしていければと考えています。

中妻:
さまざまなキャリアを持つ大学職員が、社員として大学発ベンチャーをサポートする。この仕組みが熊本大学で浸透し、ひいては熊本県内・県外の他大学にも広がるとうれしいですね。

CASTとしては、今回の派遣が理想の形で契約期間を終えられたことをうれしく思っています。というのも、CASTはスタートアップということもあり、今の社員が「一生働く職場」では必ずしもないと思っています。いつかは会社を辞めるときがやってくるからこそ、「社員にはCASTの成長と、個人の成長が重なるような働き方をしてもらいたい」と常々思っていました。

今日の話を聞くと、松浦さんは自分のキャリアに活きる経験をCASTでしてもらえたようなので、その姿を今の社員に見せられてよかったと思っています。

もし今回の事例でCASTを知り、「一緒に働きたい」と感じた人がいたら、ともにCASTという組織を作っていければと思います。


=====
CASTでは引き続き、一緒に働く仲間を募集しています。エンジニア・営業・マーケティングなど多方面で募集中です。CASTで働くことに少しでも興味を持った方は、ぜひお気軽にご連絡ください。

▼Webサイトお問合せ先
(採用に関するお問い合わせは、深山宛にどうぞ!)

【役員のX(旧:Twitter)】
▼中妻
https://twitter.com/tsuma85
▼深山
https://twitter.com/ranfukayama
▼浦田
https://twitter.com/urata164


企画・編集・取材:小溝朱里
執筆:ヤマダユミ



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?