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【ストロベリー狂詩曲/修正版】11.欠けて満ちる④

杏里が私に「ありがと」、と言ってカップを戻す。

「寺田総司って、悪い噂が聞こえてこないんだよねー。苦手なものを検索しても、椎茸の香りってことしか書いてないの。チサ、熱々の煮つけを速達で送り付けて、もう関わるなってメッセージを添えたら?」

「嫌がらせは、感心しないぞ」

「椎茸をたくさん食べて口から臭わせておけば、近付いて来ないかも」

「タケル、煽るな」

川嶋くんが苦々しい表情で二人に釘を刺す。

「水無月、あんまり気にすんなよ。ヤバくなったら、オレたちに相談しろ。いいな?」

「うん」

後日に行われた二回目の合同練習で私は屋外の百メートル走、寺田先輩は屋内でバドミントン。顔を合わすことなく一日が終わった。

(みんな、心配し過ぎ)



五月半ば、球技大会本番。
出場順を確認し、卓球の出番が来るのを待っているあいだ、柵側に立って一階のコートを見下ろす。

ドッジボールの試合。綺麗に掃除した体育館では、声援と、床に踏み込む靴の音が響く。
うちのチームはいま何点だろうか。

(………………ぁ)

視線を遣ったら、点入れを担当している桜馬先生に目が留まった。黒い線が入った白いジャージを着ている。
一年の女子生徒五人に囲まれて愛想良く対応する先生の姿は、へらへらしているようでかっこ悪い。
腕を絡ませる子が居て、ずるいよと剥がし、今度は自分の番だと手を握る子まで居る。
先生、どんな気持ちで許しているんだろう。

(…………これではヤキモチだ)

何を気にしているのだろう。やきもきする理由がどこに。
恋であるとするなら、教師と生徒、年齢差、立場の三つを併せると、無謀な片想いだと理性で容易くわかる。
そんな私がなぜ構って貰えるのか?平穏な家庭環境で育っていたら優しくされることも、抱き締めてくれることも無かった。
不幸が幸せを招くのであれば、幸せになったら先生は離れていくのだろうか?
可哀相な子に映れば、誰に対してもそう接するの?

「!」

右に注意が逸れる。手すりを触る異性の左手が視界に入り、顔を見たら

「音楽科の桜馬講師は、女子にモテモテだね。君もあぁいう優男がタイプ?」

……寺田総司。

「いいえ。偶然、目に留まっただけです」

柵を背にして、先生を視界から消す。

「君、普通の女子高生らしくなったよね」

「普通も何も、現役女子高生です」

「ジニー降板だって?」

「休みを貰ったんです」

「雑誌で活躍していたあの頃の君、俺は好きだったよ」

体育館全体がボールの弾む音や生徒たちの声援で活気づいているなか、私たちの温度は低くて別次元にシフトダウンしていた。

「期待に添えれなくてすみません」

すると、それまで余裕めいた表情だった寺田先輩が手すりに腕を置き、そこに顔を乗せて冷たい視線を送ってきた。

「謝ること?ムカつく。調子に乗ってるんじゃないの?」

嫌味の言い合いで明らかに怒らせたのは、これが初めてだ。
謝罪が悪い?
認知度も人気も私より上の人が、仕事量に雲泥の差があるモデルに怒る理由は何だろうか。

「乗っていません」

目を逸らせない険悪な雰囲気。

「次、水無月!」

「……。はい」

審判の先生に声をかけられて卓球台へ行く。競技中は寺田先輩の視線が気になってペースを崩し、準決勝で敗退。

百メートル走は二位でチームに貢献し、不可解な謎を残したまま、球技大会は幕を閉じた。


つづく

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