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Aldebaran・Daughter【6】閉ざされた囲いの内側で

 外に出ると、脚が二本の黄色い郵便ポストの前でミヤが居た。手には三つの封筒。中身を確認している。
 アーディンの助手らしいが、落ち着き具合いは女房の立場にも似た佇まいがある。

 何も知らない彼女はオリキスを見て人当たりの良い笑みを浮かべ、手を止めた。

「話は済んだ?」

 オリキスは己の胸板に右手を当て、ゆったりした動きでお辞儀するように一つ頷く。

「はい。突然お邪魔して、すみませんでした。エリカ殿は?」

「農作物の収穫へ駆り出されたわ」

「慈善事業も、新聞屋の務めですか」

 二人のあいだに、微風がサァっと流れる。

「……オリキス君」

「はい」

「十二糸に怨みがあるの?」

 オリキスは風に揺すられた帽子の鍔を右手の指で摘み、頭に押し込め直す。

「だとしたら……、
僕は上官の下で働くことを辞めて、魔法騎士の職を捨てていますよ」

「じゃあ、呪いの解き方を知りたいのはなぜ?」

「あれは冗談です」

「!」

「十二糸がバーカーウェンに入れない説も、大陸を横断しているときに、通りすがりの人から聞いた噂話です。アーディン殿が真に受けるとは、思いもしませんでした」

 表面でにっこり笑いながら嘘を並べ、どんな反応をするか試したのは事実だがねと、オリキスは頭のなかでほくそ笑んだ。

「証明された?」

「彼にお聞きください」

 ミヤは眉尻を下げて、苦笑いを浮かべる。

「無理よ。前にね、本土から移住してきた人に各国の状況を聞いたとき、私が『悪党の織人とは違うみたいね』って彼に話を振ったら、何て言ったと思う?『あぁそうだね』って一言」

「素っ気なかったと?」

「えぇ。避ける理由を何度尋ねても『バーカーウェンは楽園。十二糸のこと?要らない情報だよ』って。新聞を発刊してる立場の癖に酷いでしょ?」

 ミヤは肩口まで両手を上げ、はぁ、やれやれと呆れた。
 オリキスは「本土で余程、嫌な目に遭ったのでしょうね」と、此処に居ないアーディンをフォローする。

「ミヤ殿は、いつから島に?」

「織人事件が終息したあとに移住したわ。ほら、チカラを引き継いだ十二糸もおっかないでしょ?干渉の外にある此処は安全だもの」

 十二糸に偏見を持つ民は、各国に存在する。王族をも虐げた、恐怖の暗黒時代を繰り返すのではないか危惧しているのだ。

「と、いうわけだから。アーディンを振り回さないでね」

「肝に銘じます」

 ミヤは笑い、片手をひらひら振って事務局のなかへ戻る。
 オリキスは一人でバルーガの家を探すべく、手がかりを求めて商い通りへ下りた。





 初めて見る顔と魔法騎士の制服に、島民の好奇に満ちた視線が注がれる。
 オリキスは偶然目が合った島民にのみ、他所行きの微笑みを返してあしらった。
 ずっと人に見られる生活を送ってきたせいか、悪意を向けられる以外は気にしない。
 それに、此処で暮らすあいだ、親しい相手を不必要に増やさないほうがお互いのためだ。

「こんにちは」

「いらっしゃいま……せ」

 小店に寄ると、店番をしている十代後半の女は赤面した。
 オリキスの容姿端麗な姿をカウンター越しに、真正面から視界に入れたせいだ。

「おおおお客様っ!お困りでしたら、朝昼営業の当店へぜひ、おこ、お越しくださいっ!」

「ご親切に有難うございます」

「!!」

 微笑みを添えたお礼に、店員は心をズキュンと射抜かれ、顔からボフッと煙を出した。

「いきなり女引っかけてんなよ」

 バルーガは背後からオリキスの襟を掴み、後ろへ引っ張る。

「人聞きの悪い。君の実家がある方角を尋ねようとしていたところだ」

「〜〜だからって、紛らわしい真似すんなっ」

 バルーガは軽く叱り、襟から手を離す。

「遭難はないと思うけどよ、一人行動で迷わないためにも、まずは島の地図を買え」

 二人のやり取りを眺めていた女店員は、オリキスが客であることを再認識し、目をキラリと光らせた。

「うちで買えますよ。一枚百ネリーです」

 声をかけられたオリキスは、腰に提げた袋へ手を入れる。

「では、一枚購入します」

 女店員はカウンターの上に両手を乗せて、接客用の笑顔を向けた。

「一週間に一度更新をしてますので、基本版と最新版、併せて二枚買っておくことをおすすめします!」

「……では、二枚」

「有難うございます!」

 圧されたオリキスは硬貨で支払い、草木で染めた紐でくるりと巻かれた地図を受け取り、バルーガに尋ねる。

「観光地になった群島のヤマタヒロでも、千ネリーはするぞ。島民の生活は成り立っているのか?」

「バーカーウェンは自給自足型で、資源の調達、調合、作成、労働で物を獲る。それらは自分で消費せず、店に並んだ商品と物々交換していいことになってるんだ」

「硬貨はどうなる?」

「翌年の便で届くイ国からの物資と交換するまで貯め込む。枢機卿様のおかげで、本土じゃ百ネリーする商品が一いちネリーで買えるんだぜ」

 枢機卿は良心の塊と呼ばれる温厚な慈悲深い人柄で、国内外問わず教皇より支持され、国の南部とバーカーウェンを王に任されている。
 島民には有難い存在だが……。

(配下が島に住んでいたら、厄介だな)

「オリキス。観光は明日に先送りして、住む家を決めるまでの拠点へ行くぞ」

 バルーガは民家の集落から程近い、見晴らしが丘の実家へとオリキスを招く。





 到着すると、なだらかな坂を上り終えた先に建っている家は、島を囲っている海を見渡せる高さにあった。
 丘の名前通り、景観は良い。

「さっきな、エリカにおまえを預けて来たはいいけど、オレ、帰るトコ間違えてねぇよなってドキッとしたよ。シュノーブで暮らしているあいだに、外壁を塗り替えたんだってさ」

 二階建てで、青緑の瓦。
 壁は白寄りの灰色。
 立札の字は『優しい村長の家』。……自分で言うことか?

 ドアを押し開けて家のなかに入ると、民族衣装を着た三人のうち、真ん中に立っている十代半ばの少女が先に前へ出る。

「おかえり、バルーガお兄ちゃん。その人がお客さんっ?」

 彼女は好奇心を抑えきれず質問した。バルーガは横に立ち、わしゃわしゃっと頭を撫でてやる。

「あぁ、仲良くしろよ。オリキス、此奴は妹のアンズ」

「よろしくねっ」

「こっちがうちの両親」

 村長と言うにはそこまで年老いていない男性と、女性が立っている。
 身長が細高く、鼻の下にちょび髭を生やした父親は明るい笑みを浮かべて「遠い国からようこそ。いらっしゃい」と歓迎。
 顔が丸く、ひょうたんのような体型の母親は「第二の故郷だと思ってちょうだい」と、大らかに話した。

「オリキスです。お世話になります」

「部屋に案内するぜ」

 階段を上って二階へ向かう。

「通常は移住者向けの紹介人トコで世話になるのを、オレんちの家族が『息子と二人で遠方のシュノーブから来た。うちで世話したい』って押し切ったんだ。すまねぇな」

「謝るのは僕のほうだ。家族水入らずで過ごしたいだろうに。悪かった」

「ぜーんぜん気になんねぇよ。一人で三人の相手するよりラクだぜ」

 バルーガと使う共同の部屋はベランダ付き。
 木目の床を彩るのは、民族風の手織りラグ。
 ベッドは部屋の両脇に一台ずつ置いてある。
 衣服をかけやすいポールハンガーも二人分だ。

「ほかに家が見つかっても、深夜は出歩くんじゃねぇぞ。不審者扱いされちまうのは勘弁だぜ?」

 ベランダに続くドアを開けて外の景色を確認するオリキスに、バルーガは口調を強めて注意した。のんびり寛げる故郷へ帰省したのに、変人を連れて来たと噂されては、居心地が悪くなってしまう。

「道中、僕が深夜に外出したことがあったかい?」

「澄ました顔しやがって。あったじゃねぇか、シュノーブを出発して港へ行くまでの途中、二泊した村でだっ」

「あぁ、あれか」

「人助けなら声かけろよ。ったく」

 オリキスは数秒間、沈黙。
 嫌な予感を察知したバルーガに、オリキスは計算高く、ふ、と笑った。

「了解した、次は声をかけさせて貰う。そのときは断らないでくれ」

「断るな、だって?しれっと怖いこと言うなよ」

 バルーガは目を閉じながら腰に両手を当てて顔を上に向け、発言を誤ったと悔いる。

「おやつ食べる準備ができたよぉ~~!下においでぇ~~!」

 一階から、バルーガの母親が大声で呼ぶ。
 二人は居間に行って、空いている席に並んで座った。

「お食べ」

 オリキスにとっては、島に来て二度目のおやつ。粉物は形状を変え、蜜をかけたパンケーキになって現れた。

「「いただきます」」

 重なる声。
 バルーガは手を合わせ、オリキスは頭のみで一礼。
 二人は鉄製のフォークとナイフを手に取り、切り分けて口へ運ぶのだが、その際バルーガは口を大きく開け、オリキスは口を小さく開ける。
 母親は彼らの性格の違いを見て和み、くすくすと笑った。

「イ国の人から聞いたことあるよ。魔法騎士の試験って難しいんだろ?あんた凄いわねぇ」

 バルーガの母親は息子の向かい側へ座り、斜め前に居るオリキスを褒めた。

「ご子息と大差ありません」

 オリキスが控えめに笑って答えると、母親は右手を上下に振って笑う。

「謙遜しなくたっていいんだよ」

 聞いていたバルーガは、瞼を伏せて半眼になる。

「母さん、嘘じゃねーぞ。シュノーブの一級騎士と魔法騎士は同じ階級だぜ」

「ふうん。そうかしら?」

「~~外見を比べるなっ」

 顔を見比べた母親の、冗談とも本気とも取れるすっ呆けた態度に、バルーガは手を止めて肩をわなわなと震わせた。
 パンケーキを食べ終えたあと、住む家はないか質問を受けたバルーガの母親はテーブルの上に右肘を着き、手のひらの上に顎を乗せて顔を傾ける。

「一年間の滞在だったら、前の人が使っていた家があるわよ。みんなそこで移住体験をして、気に入った場所で家を建てるの」

 アンズが母親の隣に座る。

「オリキスお兄ちゃん、お料理できるの?」

 バルーガ家の視線がオリキスに集中する。

「薬草を煎じて飲むぐらいは」

「それ、お料理じゃなくてお薬の調合だよ」

 ぷっと吹き出したアンズのツッコミに、三人が笑う。

「野宿したときは、ご子息に助けられました。有難うございます」

「変な物食べて、お腹壊さなかったかい?」

「息子、信じろよ」

 今度はバルーガ以外の三人が笑った。
 アンズが両膝を内側に寄せ、その上に両手を置いてやや前のめりになる。

「ねぇねぇ、病気に効く魔法は使えるの?バーカーウェンは治癒魔法が得意な人、大歓迎だよっ」

 オリキスは真面目な顔をして、目を瞬きさせる。

「医師は不在ですか?」

「前に居たお医者様は昨年、お歳でぽっくり逝っちゃってさ。お兄ちゃんたちと入れ違いで、イに派遣をお願いしたばかりなの」

「ほかに頼れる人は?」

「新聞屋のアーディンさんとミヤさんが看るの得意でね、島の人たちに最低限の治療法は教えてくれたんだけど、いざってときは魔法のほうが早いでしょ?」

 母親が重苦しそうに、はあ、と溜め息を吐く。

「エリカちゃんのご両親も居ればねぇ。島へ帰って来ないのが残念だわ」


(続く)

2018.12.11.公開
2022.02.27……『小説家になろう』版の文章に修正

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