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『この世界の片隅で』一時保護所(その5)僕には居場所がどこにもない~A君のこと①


(写真はみんなのフォトギャラリーから頂きました!)
 

夏の頃、A君という高校1年生の男の子が来た。

発達障害があり、家では、その特性ゆえの生活態度をめぐり、父親ともめたようで、保護されてきた。
A君は、真面目で勉強も意欲的に取り組み、保護所に来てしばらくは保護所内で勉強をするのだが、2週目以降は高校にも通学し始めた。
A君は特性として、あるひとつのことに強くこだわり、意味を深堀りする様子があり、授業や授業のあとでもいろいろと訊いてきた。
ある時は、「xx県のこのお祭りはいつからあるのか?その意味や背景は何か?」に気をとられ、私にもいろいろ説明を求めてきたり、別の時には、これ調べて何になるんだろう???と思うようなことを訊いてきたりしていた。
長く勤務する職員の方は、「特性の強い子だね」と言っていたので、私もそうだろうな、と思っていた。しかし、その頃、私は別の仕事で、発達障害のある子ども達の塾で働きはじめたところで、週に数回、そんな特性のある子ども達と時間を過ごしていたので、A君が何かこだわろうとあまり気にしなくなっていた。

一時保護所では、食事は、朝昼晩と、決まった時間に食べていたが、例えば何時から何時までの間、と決まっていて、その間に、自由に食べることができた。ごはんやおかずは、余った場合は、先に希望を伝えることで、おかわりができた。
ある日、A君は、そこで、夕飯のおかわりの希望を出し忘れ、それがもう誰かに食べられて無くなっていたのに気が付いた途端、みんなのいる前で、激しく泣き始めたのだそうだ。私は食事の担当ではないので、その話を翌朝の打ち合わせ時にきいたのだが、勉強もできるA君が、そんなことで泣くというアンバランスさが、なんとなくおかしいような、悲しいような気持ちできいていた。

A君は、発達障害ゆえの生活態度以外は、それほど問題がなかったようで、早く自宅に戻れるという話だった。一時保護所では、保護している間に、何度か親との面接などがあるのだが、面接に呼び出されると、スキップをするような姿で、保護所内は空調がよく整っているので、子どもたちは半ズボンをはいていたりすることが多いのだが、A君も半ズボン姿で、面談室にいそいそとスキップしながら歩く姿がどことなくかわいらしく見えていた。

ちなみに、一時保護所では、保護された後、いくつかの選択肢があるのだが、それは、自宅に帰る、または、祖父母などの親類に引き取られる、自立支援ホームに行く、里親となってくれる人の家で暮らす、というものだった。
あくまでも私がいた頃の、限られた経験の中では、一時保護所にいた子どもの中で(あくまでも、私が働いていた中高生を対象に考えると、だが)、この選択肢の中の、自宅に帰る、というのは少なかった。さらに、自宅に帰ったとほっとしていたら、やはりまた親との問題が勃発し、保護される、というケースは必ずあったようだし、保護されるのはまだ良い方で、自宅に帰ってから、家を出て行方不明になっているケースもあった。

自立支援ホームは、その数自体も少なく、引き取ってもらうには数か月待ち、などという障害があった。

そして、里親さんの家で成人まで暮らす、という選択肢は、うまくいっているケースもあれば、里親さんと子どもの間でうまく関係を築けず、子どもの方から家をでることを希望することもあれば、里親さんのほうから、≪面倒をみられない≫として、里親解消されることも多いようだった。事実、私が働いていた期間にも、数人の子どもが、里親さんからそう言われて保護所に戻ってきた子どもが3人ほどいた。

ただでさえ、思春期の難しい時期の子どもと一緒に暮らすのは難しい中、保護所にいる子ども達は、幼少期から何かと親や家族の問題で深く傷ついてきた子どもが多く、対人関係を結ぶことに不安があり、さらに自分に自信が持てない子どもたちがほとんどであったから、血縁もない赤の他人が0から関係を築くのは、里親側にも、子どもたち側にも、本当に大きなエネルギーのいることなのだと思う。

いくつか、残念だなと思うケースを見たり、聞いたりしてきたけれど中には、里親さんが子どものことを理解しようと努力しておられる心温まるケースもあれば、子どももなかなかやるな、と思うケースもあった。T君という、高校生の子どもは、軽度の知的な遅れがあったのだが、他の高校生の子どもと2人で里親に引き取られていた。しかし、T君自身がその里親さんのもとで暮らすのがあわなかったらしく、わざと悪事をはたらいて、再度保護所に入れられてきた。『わざと悪いことをして、家をでられるようにしました~!』と、ニコニコ穏やかに笑って話し、保護所から高校に機嫌良く通学するT君を見ながら、子どもって、生きる力があるんだな、と感心してしまったケースもある。
 
さて、A君に話を戻そう。
A君は自宅に戻る方向で、話し合いがされていたようだけれど、A君自身も生活態度を改善するようにと条件がつけられているようだった。A君は、普段は人と普通に話しができているように見えて、妙なこだわりが強い会話になって、会話が続かなくなったり、何かゲームをしたりしていると、熱くなって、グループ内の子どもたちから嫌われるようになって、遊びのグループから受け入れられず、だんだん一人でぽつんとしていることが多くなった。私はA君がぽつんと淋しそうに、ホールでひとりで新聞を読んだりしていると、できるだけ話かけるようにしていた。

そんなある日、その事件は起こったのである。
 
(次回につづく)

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