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ミーティングのデザイン

”ミーティングにデザイン思考を導入する”をテーマとした一冊。

ケビン・M・ホフマンは、インフォメーションアーキテクト、デザインストラテジスト(聞き慣れない仕事だ)として1995年からデジタルツールの構築に取り組んでおり、人々が共有する時間を適切にデザインし実行すること、質の高いミーティングが効果的なデザインの核となる要素だと信じている。

ソフトウェアの世界でわたしたちは、アウトプット(何らかの機能を提供すること)への注力から、成果(顧客行動の有意義で測定可能な変化)を目指すことへとマインドセットを変えようと提唱している

デザインによってミーティングを有益かつ魅力的なものにできる、と確信する彼の、完璧にデザインされた構成とストーリーテリングによる共感の連続で、驚くほど密なノウハウが脳にすいすい入ってきます。

第一部 ミーティングデザインの理論と実践

デザインされたものごとは、実用的かどうかの考慮が十分に加えられた、事前のリサーチや予測をもとにした創造物であり進化形
ミーティングは通常、デザインされない。なりゆき任せで、コミュニケーションの問題を解決するには割高で場当たり的な手段

だから彼は、デザイン思考の生みの親ティム・ブラウンのステップをデザインへ応用する。ステップはこうだ。

1 観察とリサーチを通じ、解決すべき問題を明確に打ち出す
2 1つの解決策に固執せず、複数の選択肢を考慮し発案する
3 最良だとおもえる選択肢を選びMVPをつくり、反復的に改良する
4 合意した忠実度のプロダクトでユーザーテストし、確認する

「問題の見極め」「さまざまな形式の検討」「微修正とその成果の評価」といった、つくっては作り直すプロセスに加え、「ミーティングの役割の終わりを認める」まで彼は薦める。行動の背景にある目的を意識しなくなった結果として、習慣的な会議が数多く残ってしまっているのも確かだ。

それから彼は、人間の記憶のカタチの理解をベースに、ミーティングデザインの制約を明らかにする。

記憶には「感覚記憶」「作業記憶」「中期記憶」「長期記憶」という4つのステージがある。ミーティングに最も関係が深いのは作業記憶と中期記憶

短期記憶やワーキングメモリともいわれる「作業記憶」は、直近の30秒でみたりきいたりした情報を収集し保持し、容量は限られる。多くの人がプレゼンや資料をみてもらいながら同時に話をきいてもらっているが、ここで1つの勘違いとなってる常識がある。

認知心理学社のリチャード・E・メイヤーは、「人は言語だけより、言語とイメージの両方がある場合のほうがより効果的に学習できるが、すべてのイメージにそうした働きがあるわけではない」ことを明らかにした。話を聞きながらその内容を補う写真や絵を目にすれば、情報が作業記憶に投入されやすくなる。(しかし)スクリーンに映し出された言葉をみながら同じ内容を話している人に耳を傾けることは、実は記憶力を弱めてしまう

つまり「まったく同じことを見てもらいながら話をする」のは間違いで、「補完関係にある情報を視覚的に利用しつつ話をする」べきらしい。

では、2-3時間持続する中期記憶はどうかというと、視覚と聴覚による瞬間的なものではなく、脳の中での解釈(新たな意味との接続)と転写(意味の再現)により、「アイデアを行動へ」と展開させる役割をもつらしい。人を動かすためのミーティングでは、とても重要な記憶機能だ。図を書いて解釈したり、コピーを配って転写を促すことが効果的。

ドナルド・ブライ『大学の講義法』から引用された知識も面白い。

講義に耳を傾ける学生は心拍数が一定のペースで下がり、エネルギーと集中力も低下する。20-30分たつと耳からの情報を吸収するのが難しくなる。体が安静状態となり、学習に必要なエネルギーを維持させられなくなる

30分聞きつづけられる人、聞かせられる人は少ないと感じていたが、うまく休憩をはさむよう設計されたテレビ番組の構成は、人の認知に適した素晴らしいデザインなのだと気付かされた。

長いあいだ考え込んで発言しないこと自体が、より発言しない内なる批判につながるという症状があることも紹介されている。

インポスター症候群:能力が高いにもかかわらず、それを肯定的にとらえられずに自分は詐欺師だと感じる傾向。必要以上に時間をかけて考えると、自分には発言する権利がないように思えて、何も言うことはないと固く信じるようになる

見ていることと聴いていることの矛盾が合ったとき、人は視覚優位にできているので「目で見ているものを信じてしまう」という。

内容を書き出してもらってから、それを議論の進行に合わせてリアルタイムで出席者に見えるよう提示する、アイデアの対立点、決定事項についてのみ、視覚的な記録を作成してボードに表示する。(すると)聴いていることと見ていることの正確さを検証するフィードバックループが生まれる

だからとにかく書いてみてもらい、「わかったつもり」を確認して、認識のズレをなくすことが、重要ということ。

4章 『ファシリテーションによって意見の対立を乗り切る』は、もっとも読み応えがある。職場における意見の対立は、気持ちが滅入り不快になるので、多くの人は「避けようとする」が、対立に対処して解決しなければよりよい仕事は成し遂げられない。恐れるべきもの避けるべきものではなく、うまく乗り切る必要のあることだ。

発散と収束と脱線。どのアイデアが秀でているかを出席者が決める力になるのがファシリテーターの仕事。プロセスや能力や期待についての意見の衝突を表面化させるのも効果的なファシリテーションの最大の成果の1つ   サム・カナー『Facilitator's Guide to Participatory Decision-Making』

IBMのデジタルスタジオマネージャ サラ・B・ネルソンも引用されている。

画期的な新しいアイデアを出せと声高に主張しておきながら、結局どんなアイデアも認めないステークホルダー。新しいアイデアを拒否するのは無意識の行為、目新しいものに出会うと生き延びるために備わっている強力なアラームが鳴る。斬新なアイデアは変化を暗示し、変化はリスクを暗示する。リスクとは、群れからの追放、避けられない飢え、差し迫る死を意味する

一度アラームが鳴ると、意識は変化の発生を妨げるために論理的な根拠を確立するようになる。そんな不安が引き起こす複雑な心理を理解できれば、ファシリテーターはそれに対応して態勢を立て直すことができるようになる。

チームに不安を感じさせる前に、不安と自分自身の関係を明確にする必要がある。かつて私は自分自身と他の人を不安から守るのが自分の務めだと信じていた。不安が意見の相違を招き、意見の相違が対立を招き、対立が失敗を招くと思っていたのだ。
さまざまな取組を重ねた結果、私は不安が持つパワーを受け入れた。不安を感じたときどうなるかに注意を払おう。自分は何を考え、どんな行動を取り、何をいい、どう感じるのか。不安との関係と、それがミーティングの場面でどんなかたちで表れるかを把握しておけば、イライラしがちなセッションを通して部屋にいるたくさんの人々を導く準備は万端だ。

人々のなかの不安を感じ取り、それを切り抜けるために自分が先頭にたっていいか許可をもらうことがたいせつだ。

「このプロセスでは矯正されているような気分になるかもしれません。不安にもなるでしょう。でも、クリエイティブなプロセスでは、それはまったくよくあることです。そうなったら私にお任せください」

こうしたちょっとした一言で、人々の気持ちを楽にして、信頼を確立できるようになる。

『問いかけの仕方』も重要なポイント。すでに答えを用意しておいて人々を誘導して信頼を損なうような「尊大な問いかけ」ではなく、偏見をなくし、理想と現実とのギャップを浮かび上がらせる「謙虚な問いかけ」。

感情:「どう感じたか」を引き出し、気持ちを探る
動機:「なんのためか」を理解し、個人の規範を把握していく
行動:「なにをするか」から詳細なプロセスをひもといていく
システム:「なににつながるか」で相互の関係性と影響を特定する

ファシリテーションのバランスの取り方についても、一部引用したい。

・台本通りか、臨機応変か
出席者に対するふかい共感を伝える。(そのようにすると)いきなり議論をやめて、詳細な分析に入っても、出席者はその場の空気に合わせたのだと受け止める(ようになる)台本はリアルタイムでイテレーションしながら作っていくもの、枝分かれアジェンダなら道を選んで臨機応変に対応できる
・余白をつくるか、余白をうめるか
自然な方向に話がすすんでもいいように余白をつくる。それまでの内容をふりかえる時間を人に与える(ことで全員が参加した状態を維持できる。一方)たくさん話すことで出席者を集中させようとする(というやり方は)目標や重要なコンセプトについての見解が十分に統一されていないと失敗する

さらに、失敗からの学び方として事後分析のミーティングのデザインにもふれたい。”失敗の責任は人ではなく状況にあると考える”立場に立ち、責任者を叱責せず、失敗につながった思考プロセスを理解する。手順はこうだ。

1.当事者全員がいつどんな行動をとったか詳細に説明
2.それぞれの目で見た結果を全員で共有
3.何が期待されていたか話し合う
4.抱いていた思い込みを振り返る
5.発生した出来事の流れの理解を見直す

行動と結果を個人の視点から共有し、内なる期待や思い込みを明らかにして、その流れを整理していく、という手順は、汎用的で抵抗感の低い、これ以上にないデザインのように思える。

失敗から学ぶには、「その失敗を理解する能力」と「システムを修正するには悪い要因を排除してしまえばいいという考え方を改めようとする意思」の複雑な相互作用が求められる。シドニー・デッカー『腐ったりんご理論』 

2部では、ミーティングの手順をセールスミーティングなどのシーンごとに、紹介しており、より読者の個別のニーズに合わせて読み進められるようになっているが、今回は省略させていただきます。

対話の機会がたくさんある人に限らず、参加者となる多くの人、つまりすべての人々に知ってほしい一冊です。