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さよならの考察

 さよならが美しいと感じる話が好きだ。この先には別れしかないという結末がわかりながら進む人間関係が好きなんだと思う。そして、その状況の中で登場人物が選ぶ一言一言がとても美しいと感じる。これは現実にはなかなかない。だって、誰かの寿命がわかっているときに「ありがとう」以外、出なさそう。美しい言葉なんて自分には言えない。物語を俯瞰で眺める第三者の読み手にしか、この美しさは味わえないのではないか。


 さよならには歴史が必要だ。だから、終わりを迎えるまでの二人の関係性のエピソードの重ね方のテンポが良くないといけない。私の大好きな少女漫画家の持田あき先生は、デビュー作『角砂糖恋愛』のたった 32 ページでそれを描ききった。失恋した主人公の「あれがあたしの名前だったら良かったのに」というモノローグには、涙よりも極上のさよならが詰まっている! どうにもできなくて迎えるさよならは、成長であり、門出にもなる。物語が終わってからの主人公を拍手で見送り、その後の幸せを願う読後感っていいよね。


 さよならには様々な語源があるとされているけど、私が好きなのは「左様ならば仕方がない(では別れましょう)」という考え方。さよならって言う時には、まだ未練がある。まだ一緒にいたいけどもう日が暮れるから帰らなきゃ、ってくらいの。新しい環境に行かなくちゃいけないとき、気持ちが少し残っていてもいいんだね。さよならって、そういう言葉なんだね。


 今私たちは、きちんとしたさよならを言う機会のないまま、それぞれ巣籠もりを始めなくてはいけなくなった。いつだって会おうと思えばすぐ会えるって思っていたし、この状況がスタートしてからも少しの辛抱くらいに思っていたけれど、なんだか理想に反して意外と長くなりそうだ。この春卒業を迎えて、心の準備のないままさよならをした人もいるだろう。そうでなくても、もしかしたら私たち全員が今までの生活に少しさよならをするのかな、なんて思う。


 そのときに気持ちが前向きでなくても自分を責めないでいて欲しい。さよならには少しの未練が伴っている。それでいいんだよ。


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持田あき先生のデビュー作『角砂糖恋愛』が収録されている『蝶々くらべ』は、中学生~高校生の間に描いた短編集とは思えないリアルな切なさが詰まった一冊。
80 年代の名作、吉野朔実先生の『少年は荒野をめざす』は、この上なく美しく中二病を描き切ったといえる。ラストも良いが、物語中盤の中学を卒業するシーンが一層美しい。文庫本版で全 4 巻。
びっけ先生の『王国の子』は、ヴァージンクイーン・エリザベス女王とその影武者を描いた中世が舞台の漫画。架空の設定ながら、イギリスと諸国の歴史がわかっていれば結末はご存知の通り。それがわかっていながらの、人物関係やエピソードの飛躍が面白く、またほのかに切ない。全 9 巻。
この中で唯一の小説である桜庭一樹先生の『少女七竈と七人の可愛そうな大人』は、とても美しい容姿を持つ七竈の片思いのお話で、物語が始まってすぐにさよならを予感させ、そのまま最後まで突き進む。これ以上に美しいさよならというセリフはない、というくらいの一作。

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