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子供と春の散歩

今日も「白や青の花を探しに行こう!」という
可愛い提案のお散歩から休日がスタートしました。
花を探して、お隣さんの牛に草をあげ、喜びの声を上げる
のどかで幸せで最高の時間。
きっと、今のこの感性を君は20代の頃には、一回忘れると思う。
でも、いつか思い出す。
そしてそれは案外、人生にとって大切で素敵なものなんじゃないかなって漠然と思っている。
うまく言葉にできないけど、「成功」とか「達成」とかとは
別のベクトルの所にある何かのような気がする。
君の周りの世界はとても綺麗で豊かで調和がとれている世界なんだよ。

さて、今回もコトコトファーム便りからの引用です。

いよいよ本格的に春めいてきましたね。

茨城に来て、さすが偕楽園もあるくらいで梅の木が多い土地だなぁと思っていましたが、春はやはり見事ですね。2月頃から咲き始め、3月になると色々な種類の梅があちこちで満開になっています。

このころは、畑の畔や庭先にも、オオイヌノフグリやホトケノザ、シロツメグサなどの小さくも可憐な野草の花も開花し始めてきており、「あぁ、きれいだなぁ」と素直に思います。子供と散歩していると、子供は大人より70cmも視線が低いからか、こういう足もとに咲く小さな花によく気が付き「綺麗だね~」と言っています。

菜の花や桜ももうすぐですよね。田舎に住んでいると春の色彩の豊傘に感動します。日射しも強くなり、春の草の濃すぎない黄緑をキラキラ輝かせます。


僕の幼少時代は、家の裏が神社で、綺麗な桜が家の窓からたくさん見えました。神社の森には松ぼっくりやどんぐりがたくさん、神社の裏の池にはザリガニ、オタマジャクシ、カエル、メダカ。登下校の道には用水路があってアメンボやタニシ。道脇の畔には土筆、タンポポ、ホトケノザ、ぺんぺん草、シロツメグサ、春先の田んぼにはレンゲ・・・。6月の夜の田んぼにはホタルが飛んでいました。今考えると、本当に豊かな景色でしたね。

多分、ちょっと変わった子供だった僕は、子供ながらにそういう小さな命の世界が大好きでした。だんだん、思春期になるにつれて、そういう小さな豊かな世界より、分かりやすい流行の煌びやかな世界に興味が映るようになりました。そのまま社会人となり、サラリーマン生活に限界を感じて脱サラして、結局、田舎暮らしを求めてこの地にたどり着きました。


人間の感性なんて人それぞれで構わないと思います。都会的な機能美にこそ感動と安らぎを感じるのもかまわないですし、海が見える場所がとにかく好きという人もいますよね。また同じ自然でも、僕が上記したような里山的風景ではなく、もっと人の手が入っていない原初的な風景、例えば北海道の湿原や中央アルプスの原生林みたいな自然に憧れる人もいますよね。

ただ、子供にはせっかく目に入るものすべてが新しく、みずみずしい幼少期に、自分を取り巻く世界を深く味わってほしいなぁと思います。

おもちゃも、テレビも、youtubeも面白く刺激的なものが盛りだくさんなこの時代。ともすると刺激の強いコンテンツが多い昨今、身の回りにある小さな命の世界は、刺激が少なく感じられます。

でも、多くの賛美もされない野草たちが光合成で酸素を作り、小さな虫たちの命を支え、その食物連鎖で多くの自然の生命の多様性が担保され、そう言う生命の多様性の中で、野菜や果物、穀物が収穫にたどり着き、僕たちの命が支えられている。

こういう風に、理屈で理解できなくても良いですが、すべての小さな命たちの調和で、この美しい豊かな世界がここにある。そういうこと感覚的に、色彩で,風で、においで、音で、肌で感じてもらえたらいいなぁ。なんてことを散歩しながら花を見つけては喜ぶ子供を見ながら想う春の日です。

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