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Lie、僕を殺して


崇高な群青色の空を見上げた彼女が放った一言は、僕のこれからを呪うには充分だった。
繋いだ掌は僕らには眩しすぎたようで、離した先にあるのは空虚な冬の風だけだ。

僕が生まれてこのかた果てし無く連れ歩き続けている『孤独』達は、未だ消える事無く僕の足元に纏わりついていて、拭い去る気も毛頭無くしてしまっていた。
生を諦めようとした事は幾度かあったが、その度己の弱さに甘えて他人を求めた。

触れないでくれ、僕の冷たさに。
触れさせてくれ、君の温かさに。

心の奥、胸の前辺り、脳味噌の横が破裂しそうな程に膨らんでは萎んで、苦しくて堪らないんだ。
ああ、おかしくなってしまいそうだよ。

横で寝息を立てている君の顔を見ていると、どうしようもない破壊衝動に駆られるんだ、僕は。
壊して、喰べて、無かったことにして、君を僕の中で生かしたい。そうしたら、存在意義を見出せないこの愚かな僕も、君の輝きに救われる事だろうから。


「私、もう嫌になっちゃった」


僕の目の前で啜り泣く君を、ただ呆然と眺めていた。
眺める事しか、出来なかった。
今の君に触れる程の価値も、君の涙を肯定する程の価値も、生憎今の僕には持ち合わせていないから。


「私を殺せないのなら、あなたが死んで」


もちろんさ、よろこんで。
それだけで君の人生がこの先溢れるほどの幸福に包まれて、永久に続くと約束されるのならば。
この僕の命など、1ミリたりとも惜しくは無い。

……けどね、ただ一つだけ。
君のそういうところが、僕は憎くて堪らないんだ。
限られた条件下でしか物事を繋ぎ止められない君は、とても愚かで無粋だと思う。究極を引き合いに出す事で、思い通りにしようとする君の魂胆が、僕は嫌いで仕方が無いんだ。
全く、合理性の欠片も無い。

こんな風に頭では考えていても、僕から出てきたのは「ごめんね」の一言だけだった。
僕には弁論する余地も、反論する余地も無い為に、僕の身体に空いた大きな穴に、言葉を飲み込ませる他無い。
君の一言で、僕の今までを全て否定されてしまったかのように苦しくなった。

僕は何の為に生きて、何の為に笑い、何の為に金を追ってきたんだ。僕は、何の為に……?

……僕は、何者なんだろうか。

張り詰めていた糸が、中央の辺り、プツンと切れた音がした。
努めて人間らしく生きられるように、恐れながらも強さを纏えるように、あれから人生を歩んだはずだっただろう。
あれから何が変わった?
あれから何を成し得た?僕は、僕は。

「もう、寝よう」

相変わらず泣き噦る君の肩を抱いた時、僕は果たしてどんな顔をしていただろうか。
君は優しくて、純粋で、我儘で、どこまでも『普通の人』だ。
僕にとって、まるで異星人のように見える君と居る事で、僕は僕の異常性に囚われすぎる事なく安堵できるのだ。
ああ、そうだった。異星人は、僕の方か。
君の『普通』に、僕も飲み込まれる事が出来たなら、どれだけ楽だったのだろうか。


「ごめんね」


嘘だらけの僕を、どうか、誰か飲み込んで。

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