見出し画像

ウクライナ侵攻から問う日本の平和主義の劣化―『通販生活』と『世界』を通して考える

 2023年10月にカタログハウスが発行している雑誌『通販生活』23年冬号の表紙に以下の文章が掲載されました。

 「プーチンの侵略に断じて屈しないウクライナの人びと。がんばれ、がんばれ、がんばれ。守れ、守れ、守れ。殺せ、殺せ、殺せ。殺されろ、殺されろ、殺されろ。人間のケンカは『守れ』が『殺し合い』になってしまうのか。ボクたちのケンカはせいぜい怪我くらいで停戦するけど。見習ってください。停戦してください。」

 最初の部分だけ見れば、ウクライナの人びとへの激励なのかと思ってしまいますが、その続きを見ると一体何が言いたいのかよくわからない文章です。意図はどうあれロシア軍の一方的な侵略に対し、必死の抵抗を続けるウクライナを結果的に貶めるようなあまりにふざけた表現と思わざるをえません。この文章の上には、猫の写真と銃を構えた兵士の写真があります。つまり「ボクたちのケンカ」とは猫のケンカを指すのですが、猫のケンカと比べると言うのはどう考えてもウクライナを馬鹿にした文章です。「停戦してください。」と主張していますが、本当にウクライナのことを考えて、そしてロシア侵略の非道な現実を承知した上での主張とは思えません。侵略にさらされ苦難しているウクライナの人びとを踏みにじるものです。

 この雑誌は定期購読者に送付された直後からSNS上などで批判が殺到しました。そして在日ウクライナ大使館も強く非難する文章を発表していました。その結果カタログハウスは以下のお詫び文を発表し、さらに一般書店での販売は中止となりました。

「通販生活」読者の皆様へ
23年冬号の表紙へのお問い合わせについて
「通販生活」23年冬号の表紙について、10月27日夜、ウクライナ大使館がSNS上で非難の声明を公表されました。
 それに対し本日、駐日ウクライナ特命全権大使のセルギー・コルスンスキー様宛に、ウクライナの皆様の祖国防衛の戦いを「ケンカ」という不適切な言葉で表現したことをお詫びする書面をウクライナ大使館にお渡ししました。
 また、読者の皆様から、表紙にある「殺せ」「殺されろ」は、「ウクライナの人びと」への言葉なのかというお問合せも多くいただいています。「殺せ」「殺されろ」の主語は決して「ウクライナの人びと」ではなく、戦争の本質を表現したつもりです。どちらの側に理があるにせよ、「殺せ」は「殺されろ」の同義語になってしまうから、勃発した戦争は一日も早く終結させなくてはいけない。そんな思いを託して、このように表現しました。
 つたない表現で誤解を招いてしまったことをお詫びします。理がウクライナ側にあることは、巻頭特集「いますぐ、戦争をやめさせないと」を読んでいただければおわかりいただけると思います。
 申し上げるまでもなく、私たちはロシアの侵攻は許されるものではないと考えています。ウクライナ、そしてパレスチナ・ガザ地区において一日も早い平和が訪れることを願い、これからも非戦の特集に取り組んでまいります。
2023年10月30日
株式会社カタログハウス代表取締役 斎藤憶良
「通販生活」編集人(読み物) 釜池雄高

 このお詫び文を読んでも、ちゃんとした謝罪にはなっておらず、また表紙で表現した真意もよくわかりません。「勃発した戦争は一日も早く終結させなくてはいけない。」と本当に思っているのなら、「停戦」ではなく、まずロシア軍の撤退をこそ求めるべきです。本文の中でも停戦論が掲載されていますが、それはウクライナの人びとの想いを顧みたものとは思えません。

 これまで雑誌『通販生活』は、憲法改悪や原発再稼働に反対したり、福島原発事故被災者に寄り添う特集などを繰り返してきました。日本の非戦・平和主義・リベラル主義を象徴するメディアと言ってもいいかもしれません。その『通販生活』による今回の残念な表紙は、日本の平和主義のある種の歪みを示しているとしか思えません。

 そして岩波書店が発行する月刊誌『世界』もまた、日本の平和主義・リベラル主義を象徴するメディアであったと思いますが、前年度に就任した新編集長の下で表紙を刷新したばかりの24年1月号に掲載された、「ふたつの戦争、ひとつの世界」の特集には大いにガッカリさせられました。その中の「正義論では露ウ戦争は止められない―ウクライナからカラバフへ、拡大する戦争」という論文は、あまりにロシアに偏ったものでした。著者である松里公孝氏が現在ロシアに滞在して研究生活を送っていることもあるのかもしれませんが、ロシアには余裕がある一方ウクライナは反転攻勢が失敗し、戦場での死傷者が増大し、さらには欧米からの支援が減少して疲弊しており早期に停戦するしかないという主張は、やはりロシア側に与した見方というほかありません。ウクライナ問題において、このようなロシアに偏った論文だけを掲載するというのは、岩波書店の見識が疑われるものとしか思えません。ウクライナで苦難する人々の姿が本当に見えているのでしょうか、そして彼らの想いを理解しているのでしょうか。

 ウクライナでロシア軍が行っている残虐な戦争犯罪の数々の現実を直視せずに、この間国内において単純に「戦争反対」という観念的な思考だけでウクライナとロシアを同列に見て批判してしまう傾向がありました。それどころか自らの反米意識からウクライナへの武器支援を行っている米国を嫌悪するあまり、結果的にロシアのプロパガンダに毒され、ウクライナへの批判を繰り返す人々もいました。そういう観念的な平和主義は無益どころか有害でさえあると思います。劣化した日本の平和主義をウクライナ問題を考える中で問い直し、再構築していく必要があるのではないでしょうか。

2024年1月20日          青山 正(チェチェン連絡会議代表)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?