著者 ライナー・マリア・リルケ
大人のための絵のない絵本です。神さまはあらゆるものや事象にひそんでいることを気づかせてくれます。大人が神さまをそこに見つけるということは、失われてしまった幼かった頃の感性をほんの少しでも思い出させてくれる一瞬でもあるのです。そうした瞬間には、ふしぎと懐かしさや憧憬の念を抱かされるものです。この場合の神さまとは、もちろん宗教で言うところの神さまとは違って、自身が子どもであった頃の、あの言葉では説明しきれない何もかもが新鮮で特別であると思わせる感覚を刺激する印象を言います。
いったい、人間が大人になっていくことはそうした子どもの感性を失っていくことだとするなら、なんと悲しく残酷なことでしょうか。「マルテの手記」の机の下の「手」の話も、大人となってしまったいまでは完全に理解することは難しく、その「手」を見つけることもできないのでしょう。しかし、人間はいつまでも子どもでいることを許されません。生活のための人生が大人に重くのしかかるためです。子どもの頃のあのすべてが光に包まれていた世界は、いまではただ色あせた追憶として残るだけなのです。
それでも、大人たちにもかつて無垢な心と純粋な精神が宿っていたことをリルケは思い出させてくれます。それは思い出そうとするだけで十分なのです。それらをいまさら取り戻そうとすることは決して叶わないのだから。
子どもは大人にあこがれて、大人は子どもにあこがれる。この永遠のすれ違いが解消される一点におられるのが、リルケのいう神さまであるのだと思います。