世界に居場所を見つけた日

高校生になって「自分の部屋」を持った時、はじめてこの世界に居場所ができたと感じました。それ以来、自分の部屋で過ごすこと、インテリアを自分好みにつくりかえることが、一番の趣味であり続けています。

僕の尊敬する人が、「自分の部屋」の写真に添えた言葉だ。

他人のSNSの投稿を見て心の底から共感したのはこれが最初で最後かもしれない。決して暗いことや辛いことばかりではなかったが、家庭内の不協和音が絶えず、学校でも自分と他者との距離感が掴めずにいた僕にとって、中学生になった時に手に入れた「自分の部屋」は、まぎれもなく世界で初めて見つけた居場所だった。

「自分の部屋」を手に入れて以来、僕は毎日、「自分の部屋」を育ててきた。中学生の時は、最寄り駅の近くにあった百均で買ってきた額に、図書館でコピーしたゴッホやダリの絵を入れて飾った。高校生の時は、隣町にできたショッピングモールのヴィレッジヴァンガードに足繁く通って、今思ったら全然いけてないチェ・ゲバラのポスターやステッカーを大量に買って壁を埋め尽くしていた。大学生になると、コンビニに売っているインテリア雑誌に感化されて、ひとまず買っておけば間違いないみたいな名作家具を価値もよくわからずなけなしの予算で購入した。社会人になってからは、就職活動で叶わなかった編集者への夢の弔いかのごとく夥しい量の本を大して読みもしないのに購入して、僕しか見ない本棚に1冊ずつ配置にこだわりながら陳列した。

どの時代に住んでいた部屋も僕にとっては、世界から消えてしまったら明日から生きていけなくなるくらい、大好きなモノで埋め尽くされた、世界で唯一無条件で自分の存在が許された居場所だった。

中学時代から、何度か引っ越しで空間を変えながらも、綿々と育て続けて来た「自分の部屋」は、大学時代になる頃には、もはや自分の一部になっていた。臓器の様な感覚に近いかもしれない。コミュニケーションにまだ強い苦手意識を持っていた学生時代の僕は、その頃手にしたばかりのiphoneで撮影した自分の部屋を自己紹介替わりによく初対面の人に見せていた。今思えば、珍獣を見た時に近い反応だった気もするが、当時はかなりウケてると思っていた。でも実際、部屋がやばい人として、周囲に認知されてるようになってから、自分と他者との、自分と世界との、ほどよい距離感が少し掴めるようになってきた。

「自分の部屋」があることで、僕は僕を見失わずにすんだし、逆に、他人に心を開けるようになって自分がまだ知らない僕と出会うこともできた気がする。

いつかこの「自分の部屋」に自分以外の誰かが住む日が来たら、育て上げてきたこの部屋もあっさりと姿を変えるのかもしれない。

でも、自意識をこじらせながら、必死に世界との繋がり方を模索していた、若かりし頃の清々しいまでに痛々しかった自分が、暮らしていた部屋の記憶のこと。百均フレームのゴッホとか、ナンセンスなゲバラのシールとか、ヤフオクで落とした岩井俊二の映画のポスターとか、吉岡里帆の表紙が可愛いという理由だけで買った女性誌とか、そういう愛してやまなかったガラクタの数々に囲まれて住んでいた「自分の部屋」の思い出はいつまでも大切にしたいと思っている。

photo by yuki nobuhara 

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この記事は「ゆるやかに繋がり、心地よい暮らしの文化圏をつくる」オンラインサロンSUSONOの1月のテーマ「住む」に寄せて書きました。今後、毎月のテーマに寄せて極私的な戯言を綴る予定です。ちなみに2月のテーマは「食べる」だとか。毎回エモいエッセイ書いても面白くないので、次回は、中学生になるまで、野菜、果物、魚介類が一切食べられなかった稀代の偏食家として食レポでも書こうかな。

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金井塚悠生

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