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「普通」に生きていくことの善と悪〜『つけびの村』を読んで

わたしは世間体に配慮し
わたしは他人の目を気づかい
わたしは恥ずかしくないように
わたしは迷惑をかけないように
わたしは後ろ指をさされないように
わたしは輪を乱さないように
生きている

そうやって慎ましく生きるのが「普通」であると信じて疑わないことが、当然であると縛られることが、現代社会を生きづらくしている要因のひとつなのかもしれない。特に地方や田舎へ行くとその傾向がより強い気がする。なぜなら、地方や田舎での「普通」であることは一種の名刺のようなもので、隣近所でのコミュニティーに属し、共存し、助け合い、周囲に守られるための生きていく知恵なのだ。

つけびの村

2013年の夏、わずか12人が暮らす山口県の集落で、一夜にして5人の村人が殺害された。容疑者として逮捕されたのは同じ集落に住む保見光成(死刑囚)。

「噂が5人を殺したのか?」というサブタイトルが付いた『つけびの村』を読んだのは約一年前。いつものようにTwitterのタイムラインを眺めていたとき流れてきた、ひとつの投稿に目が止まった。わたしは迷わす本を購入し、電車の中で一気に読破した。

著者の高橋ユキ氏は、事件があった集落に直接何度も足を運び、一件一件関係者に話を聞き、“山口連続殺人放火事件”の真相解明をしていく。

読み進めるうちに、何が真実なのか噂なのか思い込みなのか、はたして保見死刑囚の責任能力はあるのか否か、最後まで読んでもわからなかった。

なぜ「わからなかった」のか

刑事事件というものは、法律に則って原因が解明され証拠が検証され、刑罰がくだされるものであるから、噂や思い込みは通用しない。が、事件の関係者の証言というものは、あくまでも「人」の記憶と意思で成り立つもので、それは絶対的に100%真実と言えるのか?という部分にひっかかった。

心理学者エビングハウスの「エビングハウスの忘却曲線」によると、1度覚えたものは1時間後に56%忘れ、1日後に74%忘れる。つまり復習しなければ1日後に74%忘れるということになるのだ。また、神戸大学の増本康平准教授の著書によると、人の記憶は「後から聞いた情報」で変化するとも書かれている。

ということは、関係者の証言が絶対的に100%の真実とは言えないことになるのではないか。そして人に話せば話すほど、時間が経てば経つほど、人の話を聞けば聞くほど、バイアスのかかった記憶が刻まれていく・・・

道標として

この事件の保見光成死刑囚については、法律の捌きで刑が確定した。一部で長年精神疾患を抱えていたという話もあった。社会に於いてはずいぶんと生きづらい人だったのかもしれない。いつからそのような状態になっていたのか。治療はしていたのか。相談できる人はいたのか。もともとの気質はどうだったのか。そしてどう変わったのか。目には見えない部分の「なぜ」が改善されることのないまま「その日」が来てしまったのだろう。

「普通」であることは、わたしたちが生きていくために産み出した知恵であるが、「普通」でないことに極端に恐れを抱く人が一定数いる。いや、多くの人がその「病い」にかかっていると言ってもいいかもしれない。そもそも「普通」というのはごく身近な周囲の意見や考えを基に、自分自身が作り出した至極あいまいな基準にすぎないのに、「普通」でないことに恐れを抱く人は極度の依存という形で「普通」でなければ生きていけないのだ。

善と悪は紙一重だ。自分の中の善が相手にとっては悪かもしれない。もちろん人を殺めてはいけない。ただ、そこに至るまでの状況や環境と、ある些細なボタンのかけ違いからこの事件が起こってしまったのだとしたら、その原因をわたしたちは知る必要があると思っている。もちろんメディアなどが発信する偏った情報ではなく、本書のようなルポもひとつの情報として、そして今後わたしたちが生きていく道標として風化させないことが必要なのだ。

なぜなら二度と同じ過ちを繰り返さないために。わたしたちが加害者にも被害者にもならないために。


著者について
高橋ユキ
1974年生まれ、福岡県出身。
2005年、女性4人で構成された裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成。
殺人等の刑事事件を中心に裁判傍聴記を雑誌、書籍等に発表。現在はフリー
ライターとして、裁判傍聴のほか、様々なメディアで活躍中。
著書に、
「霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記」(新潮社)
「霞っ子クラブの裁判傍聴入門」(宝島社)
「あなたが猟奇殺人犯を裁く日」(扶桑社)(以上、霞っ子クラブ名義)
「木嶋佳苗 法廷証言」(宝島社、神林広恵氏との共著)
「木嶋佳苗 危険な愛の奥義」(徳間書店)
「暴走老人・犯罪劇場」(洋泉社)ほか。
Web「東洋経済オンライン」「Wezzy」等にて連載中。



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