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堀本裕樹句集『一粟』の「食べもの句」に注目してみた

堀本裕樹先生の第二句集が発売されました。

堀本先生はわたしの所属している俳句結社(蒼海)の主宰です。NHK俳句の第4週の選者もされています。(3回目のN俳選者、す ご い !)

『一粟』ではタイトル句の「蒼海の一粟の上や鳥渡る」などのスケールの大きい句、「冬蜂の事切れてすぐ吹かれけり」などの独自の目線で虫をみつめた句、「火蛾落ちて夜の濁音となりにけり」などの日本的なクールさが際立つ句が注目されがちです。

しかし食べ物の句にも、俳人としての技術が光る句がわんさかとあるのです。そこに注目してみたいと思います。

たまゆらの世やたまゆらのとろろ飯
「たまゆら」は古語で「わずかの間、一瞬」のこと。たまゆらの世とは、人生の時間の流れのはやさのことだと思います。それに対して、たまゆらのとろろ飯とは一瞬でとろろ飯を食べちゃったということ。そのふたつを並べてみせたのが可笑しいです。(とろろ飯って本当に一瞬でなくなります!)

ぺつたりと羊羹倒れ日永かな
うすく切った一切れの羊羹がゆっくりと倒れる映像が目に浮かびます。「ぺったりと」のオノマトペが驚くほどぴったりです。羊羹をみつめるほどに暇なのでしょうか。「かな」の詠嘆も実に平和な雰囲気です。

寂々と柿の葉鮓の葉を重ね
柿の葉鮓といえば関西名物。新幹線の東京ー新大阪間で食べたい駅弁No1です。柿の葉鮓本体よりも葉に注目したところが巧みです。しずかに葉を積み重ねる仕草に、作中主体の人柄や育ちの良さが現れているようです。

明太子ぼたりと飯に置くや寒
なんといっても「ぼたり」がよいです。「ぼたり」によって際立つ明太子の存在感。それを受け止める白飯の輝きまでありありと目に浮かびます。寒の時期なので白飯からは絶え間なく湯気があがっています。あたたかいご飯と冷たい明太子の落差を口のなかで楽しみたいです。下五の途中に「や」をもってきた破調のリズムに箸の動きを連想しました。

遠火事やへしこ一切れ残る皿
へしこは福井県の郷土料理で、魚の内臓をとりだして塩漬けし、さらに糠漬けにしたものとのこと。(食べたことはないのですが、ものすごく日本酒に合いそうです。)遠火事なので、こちらに被害が及ぶことはないけれど、心は乱れています。それを表には出さず、残り一切れのへしこをゆっくりと味わう。物に心情を託すということのお手本のような句だと思いました。

そのほかに好きだった食べもの句を以下に挙げます。

建国の日の廻りつつ乾く寿司

花冷のかんぺう巻の甘さかな

白魚の一つ異形や白魚汁

次の間に猫ゐるらしき水羊羹

玉葱の香の指に繰る『自省録』



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