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日本とマラウイのニワトリの卵の価値

昔の日本での卵の価値

 1個10円。日本の近所のスーパーで安く売っている通常の卵の値段。鳥インフルエンザと物価高騰で1個20円ほどに値上がりしていることがニュースになっている。一方、父の記憶では60年前も今と大して変わらない値段だったらしい。

 ニワトリを買っていた父の実家では、10人同居に5羽のニワトリ。卵はよくて1日1個。どう考えても、1人1個の卵かけご飯は望めない。
だから、子どものころは1個の卵を使い、野菜と一緒に卵とじのようなものにして家族で分け合って食べていたそう。病気の時には、特別に食べさせてもらえる、栄養補給食だった。日本酒と混ぜた「卵酒」なんていう飲み方も、風邪の時にはよく使われたそうだ。

 山村に暮らしていた父より、まちに暮らしていた母は、父よりも経済状況はよかったようだ。それでも、1人1つの卵を気軽に食べられる時代ではなかった。母の子どもの頃は1つの卵をといた後、2人きょうだいで分けあって、ご飯にかけて食べた思い出があるという。

 奮発すれば食べられないことはないが、たやすく口にすることができない。家庭の経済状況によってはほとんど口にすることができない高級食材。今のスーパーマーケットの和牛肉くらいの価値だろうか。お見舞いに持っていくのも、フルーツなどではなく、卵が人気だったのだとか。


マラウイでの卵の価値

 1個20円~25円。2023年現在のマラウイでの卵1個の値段だ。数年前までは1個10円~15円ほどだったが、世界的な価格高騰のあおりも受けて、倍近くに値上がりした。

 マラウイ小学校教員の月給は2023年現在約1万円。日本では、昭和35年(1960年)で大卒公務員初任給がちょうど1万円ほどだったようだ。価格の優等生とも言われる卵の値段が、当時とさほど変わっていないとすれば、今のマラウイ人の卵に対する感覚は、60年前の日本人が感じていたのと、ちょうど同じくらいかもしれない。

分け合って食べるマラウイの卵料理

 マラウイの教育実習生の住居に泊まりがけで訪問した時のこと。6人の共同生活では、交代で料理を作ることになっていた。夕方になって、ソーラー充電の小さなライトを頼りに夕食の準備が始まったので、どんなものを作るのか見させてもらった。訪問者の私を入れて、7人分の食事。

 その日、主食のンシマは十分にあった。お店で食べる時は、とりわけ用のマラウイしゃもじで、きれいに2~3すくいが個々の皿に取り分けられるが、男子学生たちのンシマの配膳は豪快だ。ンシマの鍋を皿の上でひっくり返し、鍋のカタチのまんま出てくる。プリン方式、とでも言おうか。それを7人でつつき合って食べるのだ。
 
 そのンシマに対するおかずは、その日は2品。青菜と卵1つを油で炒めたものと、煮豆。卵は7人で1つの卵だ。卵は間違いなく貴重品だった。

7人分の夕食のンシマとおかず2品

 おかずのレパートリーとしては、オクラをどろどろになるまで煮たもの、青菜の炒め物、干し小魚とトマトの炒め物、マラウイでは一般的な大豆ミートとトマトの炒め物などが出ることもあったが、食料が不足している時は、ンシマとかぼちゃの葉っぱだけ、の時もあった。もっと厳しいときは、「食べない」という選択肢もあるという。味付けは、いずれも少し強めの塩のみ。肉はほとんど食べられないから、卵のような動物性たんぱく質は貴重なのだ。

オクラをどろどろになるまで煮込んだ料理

 まずは片手で多めのンシマをとり、にぎにぎ。ほどよくンシマがまとまったところで、同じ手の親指で中央にくぼみをつくる。そのくぼみめがけて、指先で器用にほんのちょっとだけおかずをつまみ、ぱくっと口に入れる。強めの塩味のおかげで、おかずの消費が抑えられるのだ。

 調味料が塩しかないから、おかずの素材そのもののうま味に敏感になってくる。野菜中心のおかずの中、今回唯一の動物性たんぱく、卵のうま味は余計に引き立つ。おかず、特に卵をついたくさん取りたくなるのだが、人数配分を考えて遠慮をする。私よりだいぶ若い二十歳そこそこの学生たちは、きっともっとがつがつ食べたいだろうに、誰もそんなことをする者はいない。なんとつつましやかに静かに食事をする国民なのだろう。

 食い切れないくらいに腹をパンパンにしながら栄養過多の食事を食べるよりも、こんな風に分け合ってかみしめながら食事する人たちの姿がなんとも言い難く素敵で、忘れがたい光景の1つだ。

 マラウイが経済的に豊かになって、養鶏をする人も増えたら、マラウイ人同士で現在のつつましやかな光景を、懐古の情で振り返るのだろうか。


食事後の食べかすの循環

 食事後、庭で食器を洗うと、食べかすが地面に落ちる。しつこくこびりついた汚れは、地面の砂をあててこすり落とす。そうして落ちた「生ゴミ」は、そのまま放し飼いのニワトリがついばむ。ニワトリがそこら辺の畑で糞をする。ゴミが自然に循環していた。

放し飼いのニワトリ(2017年マラウイ)

 部屋の中にゴキブリが出て、殺虫剤で退治していた同期の協力隊員。たまたまそのゴキブリをニワトリがついばんでいるのを目撃してから、殺虫剤を使うのをやめた、という話を聞いた。そのニワトリが産んだ卵を、そしていつかそのニワトリの肉を、誰かが、自分がいただくのかもしれないのだから。


卵の大量消費

 日本には、ニワトリが人間と同じくらいいるらしい。日本人一人当たり平均年間300個以上の卵を消費しているというデータもある。お弁当のだし巻き卵も、多種多様な卵料理も、卵の大量生産のおかげだ。各家庭の庭で自然に放し飼いする方法だと、超貴重食材としてしか手に入らないのだから。

 卵だけではない。毎年世界で消費されるチキンは650億羽とも言われる。ブロイラーの骨の多くは廃棄場に埋められており、遠い未来には化石になる可能性もあるのだとか。未来の考古学者は、プラスチックやコンクリートなどのいわゆる「技術の化石」だけではなく、ニワトリの骨も発見することになると、ニューヨークタイムズの記事になった。

 「貝塚」ならぬ「ニワトリ塚」なんて言葉も、未来の教科書には登場するのだろうか。

https://globe.asahi.com/article/12076745

https://www.nytimes.com/2018/12/11/science/chicken-anthropocene-archaeology.html

 マラウイで一般的な平飼い、放し飼いのニワトリが産んだ卵のお味はというと。シンプルなゆで卵でも、味がぎゅっと濃く、とにかく美味かった。売り子が道端で売っているような、マラウイではごく普通のゆで卵が、日本で買えるこだわり高級卵に匹敵する、いやそれ以上の味だったかもしれない。

バスの中から買えるゆで卵1個15円(2017年マラウイ)


#エッセイ部門

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