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世直しリョウ君 第一話:イタ過ぎたオトコ④


その日僕は得意先の営業の帰りで、喫茶店でしばしの休憩をしていた。仕事中なので当然ヤツも一緒だった。お昼時で店内はやや混み合っていたが、僕はカウンターそばのテーブルに陣取ると、ヤツに席を勧めた。
「何だよオマエ。こんな店で休もうなんて、一人前に仕事に慣れたつもりかよ。」
相変わらず何も考えていない、ココロに浮かんだまま遠慮のない言葉だ。
「そうですね。偉そうかもしれませんね、スイマセン。」
僕は例の如く、コイツの話に合わせるようにして店員さんに無用な被害が及ばないように仕向けた。そしてさり気なく店員さんに声をかけると、僕とコイツの分の注文をさっさとお願いした。

時間はお昼を少し過ぎた頃で、店内はお茶にランチにと賑わっていて、少しして僕の斜め前の席には二人組の若い女性が腰を降ろした。ヤツは周りを気にすることもなく、いつものように得意先の上司の悪口を次々にした。いつも通りでの、遠慮も思慮もないイタすぎるコイツのコメントの数々を、僕も相変わらずの『受け流しの極意』で淡々と対処した。

「で、どうなの?あのイケメン旦那さん?まだ新婚気分?」
斜め前の席で、派手目な身なりの女性の声が僕の席にまで届いた。すると向かいに座った品の良さそうなご婦人は、グラスのビールをすっと口に含むとせきを切ったように話し出した。
「はあ?何がイケメン?あんなオトコ!ハズレよハズレ!あんなのハズレ!恵美子、あんなのが良いの?」
その雰囲気からは到底馴染まないようなコトバの数々に、僕は思わず口にしたカップを止めて彼女へと視線を動かした。
「アイツ、『発達障害』とか言う良く分かんない生き物だから。私も最初は気がつかなくて。でもようやく気づいたんだ。アイツかなりヤバいよ。マジで。で本人に何の自覚もないんだから、あの年で既に老害よ!マジあり得ない!」
「はは、面白いね。あんなに祝福されてたのに。私なんて式場のブーケトスで後輩にブーケ取られちゃったんだから。アレがハズレなんてね、ハハ、取らなくて良かった。」
向かいに座った派手目の女性は連れ・・のカミングアウトに興味津々なようだった。こういう女同士の明け透けアケスケなハナシは怖い。

ヤツは『やかましいな、何だコイツら…』と額にでも書いてあるような表情で彼女たちに目をやったが、途端に表情が変わった。
「….!!!」
ヤツは目を泳がせたまま呆然と僕を見つめたが、視線もロクに合わず明らかに挙動不審な様子だった。手にしたアイスコーヒーがさざ波を打って揺れていて、激しく動揺しているのが分かった。


「あの、もしお時間が合うようでしたら、お昼にこの店にいらして下さい。お友達と一緒に、ランチのお供に少しビールかワインでも口にしたら、きっと気分も少し良くなりますよ。多分ですけど、女性の方って嫌なことがあっても我慢して内に秘める事が多いので。思い切って洗いざらい話しちゃったらいかがでしょうか、そうしたら気分がスッキリすると思います。」

先日彼女に話しかけられた時、僕はさり気なく彼女を誘ってみた。意外に乗ってくれたようだ。でもあんなに激しい物言いになるのは少し意外だった。やはり女子って生き物は怖い。僕の中で彼女に抱いていた『品の良い』イメージが音を立てて崩れていった。でもコイツのプライドや優越感と言った愚かな自尊心が、僕の目の前で脆くも崩れ落ちていく様の方が見事だった。先刻までの威勢の良さは影を潜め、まるで母親に叱られた子どものように小さく固まったまま肩を震わせていた。

少しクスリが効きすぎたかな…でも周りに何の気遣いもなく迷惑をかけるだけの存在なんだから、コイツにはさっさと目を覚ましてもらわないと。まあ仕事はできるんだし、他人ひと付き合いを学んでくれれば少しは周りとも折り合いをつけてやっていけるかも。奥さんにも、生まれてくる子どもにとってもその方が良いだろう。そう思いながら、僕は毒を吐き切って満足そうな彼女と、コイツの放心したような表情を交互に眺めながら少しだけ満足していた。




イラストは、いつものふうちゃんさんです。
いつもありがとうございます。


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