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学生時代の友人の話

大学の友人に、一人だけ医学部のヤツがいた。県内の公立高校から現役で受かった、なかなかのアタマの持ち主だ。

学生時代、時々そいつの部屋に遊びに行った。ヤツの趣味はギターで、前に別れた彼女を思う歌を延々と作っていた。お金のかからない趣味なのはいいが、何曲聴かされたかは覚えていない。何故かボク達は気が合った。当時は分からなかったが、歳を重ねた今なら分かる。ボク達は未練がましさと執着という性癖が同じ、つまりは似たもの同士だった。

そんなヤツの部屋で二人、安酒を飲みながら話をしていた時のことだ。
「見せたいモノがある。」
そう言ってヤツは透明な小瓶に入れられた不思議な物体を見せてくれた。
「何コレ?」
ボクには眼の前の物体が何なのかさっぱり分からなかった。薄い茶色で、細長いクネクネとした、何とも表現しにくいフォルムの物体。新手あらての宇宙人だろうか?
広節裂頭条虫こうせつれっとうじょうちゅうだと思う。」
「コーセツレットー、って何?」
ヤツはボクを一瞥いちべつすると、すっと部屋の奥に消えた。少しして分厚い書物を抱えて戻って来た。ボクは何やら嫌な予感がした。

それはムシの図鑑らしかった。医学部のヤツはこんな気色悪い本読むんだ、そう思ったがヤツはボクの引き加減に気付くこともなく話し始めた。

ちなみにコレは皆さんがイメージしたムシのハナシではない。

「こないだ近所のスーパーで生ジャケ買ってそのまま食ったんだ。それからしばらくして、コイツがでてきた。」
え、でてきた?どこから?ボクにはヤツが何を言ってるのか、理解できなかった。
「待ってくれ。でてきたって。どこから?」
ヤツはボクの言葉に構わず本を広げた。
「このページだ。この条虫に姿カタチがそっくりだ。」
そこには気味の悪いムシさん達の画が整然と並んでいた。
(注:今思えば、多分サナダムシ的なヤツだと思います。↓)

ボクじゃなくても、きっと気色悪い以上の感想はないだろう。お世辞にもカワイイなどとは口が裂けても言えないレベルのムシさん達のオンパレードな専門書を、ヤツは嬉しそうに凝視している。その姿をボクは数歩引いたところから生温かく見守っていた。どれが似てても構わない。それよりソイツはどっからでてきたんだ。答えろ、雄輔。ボクは初めてヤツを下の名前で呼んだ。そして発言の機会を待った。

「どうだ、似てるだろ。オマケに身体には大した害はないらしい。オレ、しばらくコイツと一緒に生きていこうと思ってるんだ。」

ボクは頭が白くなった。オマエは何を言ってるんだ?穴つながりのお友だち?いくら彼女に振られたからって、いきなり飛びすぎじゃねーか?
このグロテスクな生き物との同棲を決めた雄輔が、遠い世界へと旅だっていくのをボクは黙って見送るしかないのだろうか。

当時はまだLGBTなんて言葉もなかった時代だ。周囲の理解も乏しいこの時代。雄輔、オマエはあらゆるモノを飛び越えて新たな世界へと羽ばたこうとしている。映画エゴイストなんて撮影もされてない。何なら鈴木亮平さんはまだランドセル抱えた小学生だ。ボクは遠くへ旅立つ最良の友をただ見送ることしかできないのだろうか。

多分コイツは生粋の学者肌なんだろう。ボクのトコにも研究室にこもりっきりの先輩がいる。雄輔、研究するなら女子にしとけ。そしたらきっとオマエは幸せになれる。彼女に別れ際にヒドい目にあったことは聞いた。それでもこの1年、ずっと好きだと歌い続けたオマエはスゴい。尊敬する。でもな雄輔、そっちじゃない。そっちじゃないんだ。

ボクの脳内CPUは凄まじい速度で論理的解析を始めた。ヤツはボクに構わずに熱くムシさん愛を語り続けている。もはやボク達はわかり合うことは不可能だった。ただただ時間だけが過ぎていった。そんなボク達を、小瓶の中でムシさんが見つめていた。

そして全てをあきらめたボクは、全てを受け入れることにした。手に持った安酒は、飲んだことはないが極上のバーボンの味がした。それでいい。もういいよ、雄輔。好きにしろ。ゴメン、ボクは女子しか愛せない。でもこれからも仲良くしようぜ。ボクの解脱した表情に気付くと、ヤツは嬉しそうに微笑んだ。

4月になって、ボクは就職活動が忙しくなった。ヤツも病院実習とかで忙しくなり、合う機会は極端に減った。ボクが就職してからは、距離が遠くなったこともありメールか電話で時々近況報告をする程度になった。その内お互いに彼女もできて、だんだん音信が途切れるようになった。今では年賀状を交換するくらいの関係だ。きっと立派な学者さんにでもなってるんだろう。

何年かして、ヤツの結婚式の席でもその後を聞く機会はなかった。ヤツの同棲相手のその後は未だナゾのままだ。


(イラスト ふうちゃんさん)


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