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北朝鮮から来たあの子のスピーチ

「私の通っていた学校は、朝鮮の中でいちばんの学校なんです。」

彼女は、流暢な中国語で話し始めた。

その子の名前はミニョン。私の唯一の、北朝鮮人の友達だ。



もう何年も前、私は中国にいた。

国際理解の授業で、私たちはミニョンをぐるっと輪で囲んで、スピーチを聞いている。 その輪は実に国際的だった。日本人が私の他にあと1人、韓国人も何人か、マレーシア人も、エジプト人も、イタリア人も居た。

良く晴れている。日の光が、原稿を見る彼女の伏し目にまつげの影をつくっていた。

スピーチのお題は「私の祖国での生活について」。

ミニョンは、祖国のことを話すのはとても名誉なことなのだという満面の笑顔で話し始めた。

「私の祖国の学校は、朝鮮で一番の学校です。

入るのはとても苦労しましたが、入って、本当に良かったと思います。

きれいな校舎もありますし、

将軍様の言葉が刻まれた石碑の横で勉強できます。

勉強は忙しいですが、少しだけ学園祭もあって、アリランをみんなで踊ります。」

ある程度話し終えると、ミニョンはカバンの中から分厚いノートパソコンを出して、彼女の学校の写真を私たちに見せてくれた。


朝日に輝く校舎の写真。

金正日が言ったという言葉の石碑。

上が白で、下が黒のチマチョゴリを着た美しい女性の写真。(彼女の学校の制服だという)

そして、アリランの踊りを踊る生徒たち。

その写真は全て作り物のように、整っていて

彼女がページをめくるたび、背中が一段回ずつひゅっと寒くなった。


どれもが作り物の人形やパノラマを撮影したように整っていて、

そして、ミニョンが写っているものなんて一枚もなかった。


この画像たちは北朝鮮政府が『これなら外国人に見せて良い』と指定した写真だと、その場にいる誰もが気付いたと思う。

それを、誇らしそうに見せるミニョン。

目をキラキラさせながら、彼女はさらに衝撃的なことを教えてくれた −−−。

「私の学校では給食がありますが、他の学校にはありません!

北朝鮮の中で優秀な成績を収めることができる人が入れる、私たちの学校にしかないので、とっても名誉なことなんです。

内容は、パックの飲み物1本と四角くてふわふわな少し大きめのパン一つです。これがまた、とっても美味しいんです!

でもその給食を、家にいる弟や妹に食べさせてあげたいと、食べずに持ち帰るクラスメイトも居るんですよ。素晴らしいことですよね!

そんな友達のことを、私たちはとても尊敬しています。」


北朝鮮では食べ物が少なくて、給食に出て来るようなフワフワなパンは家では食べられない。

兄弟が多い家や、家族思いの子は、自分がどんなにお腹が空いていても、そのパンを家に持ち帰るらしい...。

他の学校に給食がないということは、ミニョンはその学校に入る前、給食もない状態で勉強してたのだろうか。

やっとのことで国で一番の学校に入れる程の成績を出せる人だけが食べられるたった一つのパン。

そのパンが、自分の頑張りが実って給食を得られた経験が、ミニョンにとってはとても素晴らしく、どんなに嬉しいことだったか。

彼女の透き通った目からわかった。

私はただただ、驚いていたことを覚えている。彼女と自分の育った環境の違いに、唖然とするばかりだった。

それは「かわいそう」と言って同情するとか、そういうものを越えていて、

目の前にガンっと降ってきた現実、だった。

やっぱりそうなのか…という思いと、そんな辛いこと実際には聞きたくなかったという思いでいっぱいになる。

日本や中国のすぐ近くに、そんな国が未だあるのかという現実。

ミニョンと私の間にある、大きな大きな現実。




私は、ある日の授業で、遅刻してしまった。

その日までに提出しなきゃいけなかった作文がどうしても納得いくできにならず、深夜まで書いていたら 見事に1時間目を寝過ごしたのである。

2時間目が始まる前急いで教室に入ると、 食堂に朝ごはんを買いに行っていたみんなが続々と帰って来た。

私が通っていた学校では1時間目が終わると20分程の休みがあり、クラスみんなで食堂に出かけてご飯を買うのが日課である。

ミニョンが持っていたのは、袋にたくさん入ったミニ肉まん。

留学生の間で人気の朝ごはんだった。

私は昨晩遅くまで頭をフル回転させていたのもありお腹が空いていて、
「あー、美味しそう!」と思わず口にした。

ミニョンは「あら、来てたの~。おはよう!」と言いながら、当然のように私の隣に座り、

「あなたの分もあるわよ!一緒に食べよう」と、ビニール袋を私の方に向けて、開いた。

彼女は、2時間目から私が来るのを知らなかっただろうから、 私の分も買って来ているはずはない。

それでも、私が朝ごはんを持っていない様子を見て、当然のことのように分けてくれた。

その日だけじゃない、恐ろしく頭の良かった彼女に授業でも何度助けられたか。

討論の課題なども、ミニョンの鋭い考えに何度はっとさせられたことか。

お礼を言うたびに「大丈夫よ~」とニコニコ答える、スマートで、美しすぎる優しさを持った人だった。






ミニョンは、家族全員で中国に来て居た。

彼女のような外国にいる出稼ぎの北朝鮮の人は多くの国にいて、不正なものを合わせて約1000億円(年)を北朝鮮に送っているらしい。

それは恐らく、ミサイルの開発やスパイ活動に使われているのではないかと言われている。

今思えば、彼女のことはやはり謎だらけだ。 一緒に勉強してきた1年以上の時間、彼女の家族はどんな仕事をしていたのだろうか…

北朝鮮の留学生はお互いに監視しあっているという。少しでも国に不利なことや北朝鮮の悪口を言おうものなら密告され家族ともども刑罰を受ける。

だからミニョンが北朝鮮のことをどう思ってるかも、 本当に本当のことは今でも彼女にしかわからない。

私達が聞いたスピーチでさえ、どこまでが本当だったのか... と思い出せばキリがない。

もしかしたらもっともっと他に話したいことがあっても、北朝鮮政府への密告が怖くて、あれだけしか話せなかったのかもしれない…

でも、どんなに理解できない国であっても、そこが友達の大事な祖国だという視点を、ミニョンが与えてくれた。

その視点があるだけで、遠いはずの北朝鮮は、グッと近くなる。

私は日本人だ。私が中国など、他の国に行こうが何年住もうが、私の本当の祖国は日本だけだ。

それと同じ。ミニョンの大事な祖国は北朝鮮なんだ。

酷いことをたくさんしている国だと思う。拉致問題なんてとんでもない話過ぎる。

核関連のニュースを見ていると、つい、強い気持ちが湧いて来て、あんな国無くなってしまえばと思いそうになる。

あんな国、あんな国だ。

国民の宝である子供にさえ、満足に給食を食べさせない。その分をミサイル開発に注ぎ込む、そんな国だ。

でも、ミニョンは確かに、北朝鮮で生まれ育った。

あの優しくて賢い、あの子が生まれた国なんだ。

そう思うだけで、テレビに映る北朝鮮の景色やニュースは全く違うものに見えた。

テレビで、将軍様は素晴らしいと泣きながら叫ぶ人たちを見ているとドキドキしてしまう。

彼女が映ってないか、無自覚に探している。

このコロナの時代で無事だろうか…と、繰り返し頭の中に浮かぶ。

姿を見たい気もするし、一方、映っていたらどうしようといったように、気持ちが混ざり合ってザワザワする。

でも、その時にミニョンの笑顔が、一緒に食べた肉まんの味が、必ず浮かんだ。

本当に優しさをたたえた笑顔ができる人。美しいひと。

この先の人生、ミニョンに会うことは難しいと思う。

けれど、
どんなに酷い国だと思っても、
どんなにその現実に目を疑っても、
どんなに文化や育ちの差を感じようとも、

ミニョン、必ず無事に。できる限り幸せに生きていて。

そんな祈りの気持ちは消えない。







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