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[読切] 2年目の変革

 2歳の娘と過ごしていると、時々不思議なことがある。

 誰もいない部屋の片隅を指さして、「バイバイ」と手を振ったり、食べかけのパンを何もない方に突き出して「はい、どーじょ」と言ったり。

 時々、天井を指して「エンエン」と泣きまねをしたり、「ガルゥウウゥゥ」と怖い顔をしたりすることもある。そういうのは恐ろしいのでやめてほしいと、母さんは思う。

 きっとこのくらいの、言語を取得するかしないかくらいの子供には、大人には見えない世界が見えているのだろうと母は思う。そういえば、母さんも幼いころは小人が見えていたんだよ。

・・・・・

 私はチリコ。新しい人生が始まってから、やっとここの暮らしになじんできたところだ。

 この人生が始まる前、私はたぶん、はるか銀河の反対側の惑星にいたように思う。名前もチリコではなかった。前の名前はなんだっけな?なんだかこのごろすっかり忘れてしまった。

 生まれてすぐは、世界がごちゃごちゃしていてやかましくて、理解できなくてずっと泣いていたと思う。

 このごろでは、ずいぶん見えるものや聞こえるものが整理されてきた。そこら中に浮かんでいた、気味の悪い姿をした半透明の者たちも、このごろではめったに姿を現さなくなった。

 可愛らしいタイプの、うっすらと透明な丸いふわふわしたものや、小さな人型のうごめくものは未だ頻繁にそばにやってくる。

 これらが何なのか、私にはわからない。どうやら、現在私が存在している空間とは別のレイヤーにいる者のようなのだが…。

 もしかしたら、この世界はいくつものレイヤーにわかれていて、産まれたばかりはその境界があいまいで、透けて見えるのかもしれない。

 これは今だけ楽しめる貴重なものかもしれないな。前の人生でも見ていた記憶はないもの。

 この世界の言葉もなんとなく理解してきたと思う。こちらの言葉を言うと、周りの者が嬉しそうにするので、調子に乗っていろいろ言ってみている。

 その代わり、以前使っていた言葉はだんだん忘れてきてしまったな。忘れないように日々使うようにはしているんだけど。

 以前では考えられないのだが、四角い物体をただ積み上げるとか、丸いぶよぶよしたものを投げるといった単純な動作が異様に楽しくてしかたがない。

 部屋にある画面に映し出される丸くて茶色い絵を見ると興奮が抑えられないほど喜んでしまう。

 ああ、こんなに奇声を発しながら飛び跳ねている姿を、以前の同胞に見られたらと思うと、恥ずかしすぎるが、どうしてもこの衝動を抑えられないのだ。

 あたちのこの体を、うごきまわる、このからだをーーー!
 とめられないのぉーーー!

 むぁぁああーーー!きぇええぇぇぇーーーー!たーーのちぃーーー!!
 キャハハハハハァ~~~~~~!!!!

・・・・・

 こうしてチリコは、2年とちょっとかけながら、だんだんとヒトへとなっていき、以前の人生のことはすっかり忘れてしまうのであった。

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