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『短歌往来』2023年5月号

眼前の虚空の空(くう)を掴みつつ死に物狂いで人は死にゆく 谷岡亜紀 父の死の一連。上句は景だろう。死にゆく父の描写が冷徹だ。下句は慣用句も交えてだが、その慣用句がそもそも多くの人の行動から抽出されたものであることを分からせてくれるのだ。

父も母も一人で行けり晴れ晴れと鳥が帰ってゆく西の空 谷岡亜紀 誰もみな一人で死んでゆくの分かっていることだが、自分の肉親が一人一人と世を去ると、それが実感される。鳥が帰る西の空は、死者がゆく西方浄土でもある。晴れ晴れと、が連作中で効いている。

笑っている場合ではない時いつもおれは笑う ここにも長く居すぎた 谷岡亜紀 父をおくる一連の中の自画像は、他を忖度しないハードボイルド。そして今居る場所からも去って行く。映画の一場面のようだ。「~している場合ではない」という決まり文句が効果的。

見なければよかったことはあざやかにたとえば赤く暗い月蝕 江戸雪 昨秋の皆既月蝕だろう。全面赤く浮き上がる月の姿は、美しくまた不気味でもあった。どこか禍々しい、見なければよかったもの。人の心の奥に隠されている、固く凝った憎しみのように。

2023.5.5.~6.    Twitterより編集再掲

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