結社の存続について思う(前半)【再録・青磁社週刊時評第四十八回2009.6.1.】

結社の存続について思う (前半)     川本千栄

(青磁社のHPで2008年から2年間、川本千栄・松村由利子・広坂早苗の3人で週刊時評を担当しました。その時の川本が書いた分を公開しています。)

 『りとむ』5月号で主宰の三枝昂之が、弟の三枝浩樹が結社「沃野」に移ることになった経緯について述べている。「沃野」は窪田空穂の高弟植松壽樹が昭和21年に創刊した歌誌である。壽樹の弟子であり、かつ三枝昂之・浩樹兄弟の父であった三枝清浩の死後、兄弟は高校時代、「沃野」の同人であった。しかし師壽樹が亡くなった後、二人は大学での短歌活動に力点が移り、やがて「沃野」を退会した。その後二人は「かりん」入会、そこから独立して「りとむ」創刊、という経緯を辿る。

(以下引用)
(…)壽樹亡き後の「沃野」は集団指導体制となり、やがて富小路禎子が中心となり、現在は山本かね子氏が発行人である。お会いする度に山本氏は「高齢化で困っているのよ」と嘆いていた。歴史のある歌誌の多くが直面している問題で、ことは「沃野」だけの悩みではない。
 現在の責任者として「沃野」の廃刊か思い切った改革かを迫られた山本氏は、ここで浩樹を主宰として迎えるという打開策を考えたのである。思い切った決断ではあるが、無縁の人を招くのとは異なって、地下水脈を生かした復帰要請というプランということになる。(…)
(以上引用)

 三枝の文章は3月23日付である。さらに、『短歌現代』6月号の「歌人日乗」の欄は山本かね子が書いており、3月27日の日記には次のような記載がある。

(以下引用)
 定例の編集日。今日「沃野」の編集室は期待に満ちて一人を待っている。三枝浩樹氏、今日から「沃野」の代表責任者として、この編集室に来て下さることになっている。(…)私の要請に応えて復帰して下さったのである。(…)浩樹さんは昔の縁を大切にされて、折々壽樹の歌について書いておられた。それを見て来た私が、壽樹創刊の「沃野」が続くようにと希い、懇請したのであった。(…)この先私に何が起きても、「沃野」は分裂することも解散する恐れもないであろう。(…)
(以上引用)

 このように、山本はうれしさや安堵感を書き連ねているのである。
 これらの記事を読んで私が思い出したのは、以前この「週刊時評」で書いた「『主宰の定年制』に思うこと」の一文である。この二つの話は一見似ているのだが、「古志」の場合は、五十代の主宰が現在二十代の副主宰に句誌を引き継ぐという、結社の若返りに主眼が置かれていたのに比して、今回の「沃野」の場合は、(もちろん八十代から六十代に引き継がれるわけで若返りの側面も大きいわけだが、)主眼は若返りよりも結社の存続と師の業績を世に残すことにあると感じた。「古志」のように、同じ結社の中に結社を若返らせる年齢の後継者がいればいいのだが、そうはいかない場合、高齢の主宰は廃刊をも視野に入れて結社の行く末を考えなければならない。しかしその結論は主宰一人のものではない。歌誌が廃刊になった場合、会員がどうなるかというのは決して小さい問題ではないのだ。今回、82歳の山本かね子が、62歳の三枝浩樹に結社の存続を任せたことにより、責任を果たせた喜びを表現しているのもよく分かる。

(続く)

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