生活から詠む社会詠(前半)【再録・青磁社週刊時評第七十二回2009.11.24.】

生活から詠む社会詠(前半)  川本千栄

(青磁社のHPで2008年から2年間、川本千栄・松村由利子・広坂早苗の3人で週刊時評を担当しました。その時の川本が書いた分を公開しています。)
*2024年現在において不適切な単語がありますが、歌の一部でもあり、2009年記載のまま載せています。

 十一月七日、名古屋で行なわれた「多文化共生を短歌から考える」というシンポジウムに参加した。昨年、ブラジル移住百周年を記念してブラジル移住百人一首が編まれ、このたびその色紙展が行なわれた。今回はその記念のシンポジウムということであり、短歌を通じて日系社会、多文化共生について考えるという趣旨である。パネラーは清水正人(「水甕」)、刀根美奈子(「塔」)、棚木恒寿(「音」)、直井貞松(書家)。司会は小塩卓哉(「音」)。会場は「文化のみち二葉館」、旧川上貞奴邸を改装した美しい建物である。
「み」のかたち美しいとブラジルの少女言い何回も書く眼を光らせて
早口のポルトガル語でわれに言う「給食費すこし待ってほしいの」

                     刀根美奈子『エスフォルソ』
ドッジボールすればクラスがまとまるという信仰がこわす弱者を
クラスには帰りたくない子供らにチャイムが鳴れば勧告せねば

                同『三重県短歌協会合同歌集第十七集』
 刀根は三重県在住。小学校の非常勤講師として外国籍の子供たちに日本語を教えている。非常勤という立場で、日本の教育システムからこぼれ落ちかけている外国籍の子供たちを詠うが、三・四首目には教育システムそのものやそれを運用する教師たちへの批判も感じられる。また、一首目に関する刀根の話が興味深かった。「み」というひらがなは元々「美」の草書体から出来た字だが、それを知らないブラジル人の少女が「み」の字は美しいと言った、どこか言語の本質のようなものが伝わったのではないか、という内容であった。
プレス機にくれてやりたる劉の指酔ひて二本が四本に化けて
外人と呼び捨てたるもさん付けて切るも味噌糞ジャポネといふは
「マナウスじゃジャポネだつたさ」カルロスの月下の十指組まれたるまま
回覧板に口おほひつつ一等のカーナビ引きしは外人さんと
                     清水正人
『波座(なぐら)』
 清水は静岡県在住。浜名湖西岸の湖西市で食堂を経営している。湖西市の全住民における外国人登録者の割合は10パーセントに迫る勢いだという。また、日本人の失業率は5パーセントほどだが、湖西市の日系ブラジル人の失業率は70パーセントにものぼる。清水の食堂にはそんな外国人労働者が客として多く来るため、歌には労働災害にあったり派遣切りにあった労働者たちが詠われる。日系ブラジル人はブラジルではジャポネ(日本人)と呼ばれ、日本へ来ればガイジンと呼ばれるが、派遣切りの時には丁寧に「さん」付けで言い渡される。企業とはそういうものなのだ、では済まない。四首目のように巷の人々も、福引の一等賞が「外人さん」にとられてしまったことを、こそこそ囁きあっている。

(続く)


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