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河野裕子『紅』(18)

幽霊とすこしづつ馴染みになることが齢を取ることよと老嬢が言ふ 少しずつ知人が他界してゆく。若い頃は怖いだけだった幽霊が少しずつ近い存在になってくる。まるでそこに人がいるように話しかけたり。「老嬢」も古い言葉で、歌自体も少し古色を帯びて感じられる。

幽霊もまばたきするのか何か斯うひつそり白いゑんどうの花 昼の幽霊だろう、かすかなまばたきをしている。そんな風情の白い豌豆の花。まぶたに見えなくもない。「何か斯う」に覗き込むような間合い、「ひつそり」も花の地味さを表す。歌集のこの前後、幽霊の歌が多い。

風邪熱の子はかうかうと目覚めたり水辺に群るる黄あやめの花 風邪を引いてぐったりと眠っていた子がはっきりと目を覚ました。煌々と目を見開いて。どこか不吉な感じすらする。黄あやめの濃い黄色と群れる様子が、子の覚醒と重なって映し出される。

あなたへんな声ねえと玉城多佳子が言ひわれは黙りし御所のあたりで 二人が京都の大学生であった頃の思い出だろう。御所の辺で河野の声について玉城が「へんな声ねえ」と言った。何の忖度も無い、唐突な発言に聞こえる。黙ってしまう河野。それだけと言えばそれだけだが。
 フルネームで人名を入れる歌が河野には時々あって、それが歌という断片的な形なのに、その人の人柄が滲み出ていて面白い。玉城多佳子は後の花山多佳子。二人の間にそんな会話があったんだ、と思う。同じ記憶が相手にもあるかは分からないが。

今ここにをりたる風はゆりの木の梢にゆけり花のゆりの木 風を擬人化している、とまで言うと言い過ぎだが、少し生命あるようには感じているのだろう。花の咲いているゆりの木を結句のようにきりっと省略して言い、それが三句と響き合う。言葉の繰り返しが心地良い。

2024.2.6. Twitterより編集再掲

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