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フランスでショコラトリー店員になる#11 再びゼロに

ステイ先も無事に決まり、いよいよ私は和食レストランで働くことになった。

葡萄摘みで得た収入は、とても助かった。もう、私には十分な資金がなかった。

それで、リヨンを離れる前に友人に連れてきてもらったこのレストランで、偶然にも求人を見つけ、葡萄摘みの後はここで働くことに決まっていたのだ。

休みもしっかり貰えるし、それなら地方のケーキ巡りも、お祭り巡りもできる…クリスマスには、またアルザスへ行き、マルシェドノエルも見たかった。

これで良かったのだ。

パティスリ―で働けたら、それが良かったけれど…。


こうして働き始めた和食レストラン…。当初接客だけという話だったが、結局労働時間を長くしたいなら製造もということで、日中は仕込み、夜に接客をすることになった。その上、製造などやったことのない私だったが、調理師免許持ってるなら出来る筈、と、デザートも任されることになってしまった。

色々なことに戸惑いながら2日が経ったある日、私は日本の職場に電話をした。

フランスに来てから、初めての電話だった。

懐かしい声に、最初は声のトーンも上がり、こちらでうまくやっている風に明るく話し始めた。しかし、近況を聞いたマダムが、私にこう言った。

「それはmikoが本当にやりたかったことなの?」

その言葉に、涙が溢れ出した。7年フランス語を勉強して、いつかはフランスの文化に一年通して触れ、パティスリーで働けたら…そう思っていた。それが、今やっているのは、キャベツを刻むことだった。

道端で涙を流しながら日本語で電話をする私を、道行く人が振り返り見ていたが、お構いなしで話し続けていた。しかし、久し振りにマダムと話しているうちに、心が決まった。

私は、電話を切った後、まだ始めて間もない和食レストランを辞めたのだった。走り出したのに、すぐに投げ出すなんて…という思いもあったが、残された時間は少ない。

忘れかけていた何かを取り戻した気分だった。やっぱり、パティスリーで働けないか、もう一度探してみよう!これで駄目だったら、リヨンを出る。そうして、心を決めたのだった。

・・・

私は、葡萄摘みに行く直前に、あるショコラトリーに行ったことを思い出した。美しいショーウィンドウに眩く光る店内…あんな素敵な所で働けたら良いけれど…

そう思いながら、内定していたショコラトリーが駄目になった時の店主の言葉が頭をよぎった。

「見習いは一人で店内に置いておけない」

販売スタッフは無理かもしれない。でも、どうせなら、働いてみたい所で働きたい。

私は、裏方でも、製造補助でもなんでもやるつもりだった。

それで、履歴書と志望動機書を用意した。フランスの履歴書は、基本的にはパソコンで用意し、志望動機書は手書きで別紙に書く。

履歴書には、日本では店長の経験があること、フランス人のディスプレイの講習会などにも足を運んでいたこと、ショコラの販売経験があること、ラッピング経験があること…書けそうなものは何でも書いた。

幸いにも、志望動機書を書いたら見てくれるという人がいた。

アルザスで共に葡萄を摘んだ仲間、ラピンだ。

葡萄摘みが終わり、別れる時「困った時はいつでも言ってね。いつでも協力するから」と言ってくれており、今回の志望動機書も見てくれることになったのだ。

志望動機書には、日本でやって来たこと、フランス語の語学歴も含め、どうしてフランスに来たのか等、私の胸の内に秘めた情熱を書き綴った。

それをメールで送ると、ラピンが彼女らしく脚色をして返して来た。

それを更に、自分流にし、新・ステイ先のムッシュに見せると、クスッと笑いながら

「これ、いいね!これ面白い!」と言った。続けて、ムッシュは言った。

「フランス人はこんなこと書かないから、これは絶対入れるべき!」


この志望動機書を、一字一字、心を込めて綺麗に書いた。書き損じたら、やり直し…どの位時間が経っただろうか。ようやく仕上がった志望動機書と、USBに入れた履歴書を持ち、そのまま図書館でプリントアウトした。きっちり三つ折りにしたその書類を持って、アポも取らず、直接ショコラトリーへと足を運んだ。

ガラス張りのドアを開け、中に入ると、売り場の人に声を掛けた。

「ボンジュール!…あの、すみません。販売の責任者の方とお話をさせていただきたいのですが…」

「責任者はあちらです。どうぞ。」

「ボンジュール、あの、もし空きがありましたら、こちらで働かせていただきたいんですけれど…」

「あぁ…!…○○さん!ちょっといいかしら!」

奥から出てきたマダムに代わる。

「ボンジュール、もしこちらで空きがありしたら是非働かせて頂きたいのですが…パティシエ以外なら何でもします!」

「あぁ、そう!パティシエはもう空きがなかったから…!じゃぁ、あなた、今空いてるのね?」

「はい!」

「ビザは持ってる?」

「はい!○月までのワーキングホリデーのビザを持ってます」

「それは確か?今ビザ持ってますか?」

「はい、コピーですが。」

「これ、預かってもいいですか?」

「もちろんです!」

「履歴書は?」

「こちらです」

「そう。今日はちょっとパトロンがいないから、火曜日にこちらから電話しますね。えっと、お名前は…Mikoさん!」

「はい、ありがとうございます!」


こうして、何とか履歴書は渡せた。

久し振りの緊張感が心地よく、ドアを開けて店から出た後は、気持ちが満たされていた。…労働時間とか、給料とか、そんなことはもうどうでも良くなっていた。純粋に、この店で働きたいという気持ちになるまで、今まであった様々な出来事は必要不可欠だったのかもしれない。

これで駄目でも納得が出来る。

返事を待ってから、次を当たろう…。火曜日迄、しばし休憩…。

朝、7:30…天井を見上げたら、星が一つ、輝いていた。

願いが叶いますように…。

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