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真夏のアンダルシアに行ったら46度の炎天下でバスケをやるはめになり死にかけた話〈1〉|茉野いおた

ベッドからサイドボードに手を伸ばし、汗ばんだ指でスマホを開く。

世界地図の「東京」と書かれところをタッチするけれど、うまく反応しない。シーツに指をこすりつけてからもう一度トライすると、ようやく画面が現れた。

今日の東京は晴れ。最高気温34度。

「そっちはずいぶんとお涼しいんですね」

皮肉を言ってみるけれど、もちろんスマホは答えない。

その代わりと言ってはなんですが、とでも言うように、メールが届いていることを知らせてくる。

ふん。今度はこっちが無視する番だ。ホームボタンを押すと、画面は再び真っ暗に戻る。

暑い。とにかく暑い。

あまりに暑くてじっとしてられない。かといってウロウロ歩き回ると、さらに暑くなる。パジャマ代わりのTシャツと短パンはじっとりと汗を含んでいる。

ブラジャーもパンツも汗みずくで、お腹のところにも汗が溜まっている。

うなじに重くまとわりつく髪を振り払うように、勢いよくベッドに倒れ込んでみるけれど、期待したような爽快感はない。むしろ、ずいぶん前から湿っているシーツを改めて頬で感じ、不快だ。

さっき1階の売店で買ってきたチョコレートアイスは買ったときから溶けかかっていて、半分も食べないうちにドロドロになって袋の中に落ちた。少しだけ冷たさの残る茶色の液体も意地汚くすすった。

口に、ノドに、お腹にほのかな冷たさを感じていられたのはほんの一瞬で、口に残る甘ったるさのせいか、かえって暑さが増したように感じる。

ああ暑い。どうやっても暑い。

アイスと一緒に買ってきた、知らない銘柄のミネラルウォーターを口をつけて飲む。あまり飲み過ぎると、汗はかくしおしっこもたくさん出るだろうけれど、異国の地で熱中症でダウンするよりはマシだ。

そうそう。おしっこといえば、トイレで用を足したら、おしっこが熱くて驚いた。

自分が思っているよりも、体の内部はヒートアップしているようで、体内から出てきた尿と体表に近い尿道とでは、「温度差」があったというわけだ。

32年間生きてきて初めての体験に、思わず「おー」とバカみたいな声が出た。

時刻はまだ午後の3時を回ったばかり。陽が落ちて暑さが和らぐまで、まだ5時間はかかる計算だ。

すがるように、祈るように、ベッドの横に作り付けられている旧式の小型のエアコンに手をかざす。が、ぬるい風の“ようなもの”が手に感じられるだけだ。

レトロでかわいい内装が一目で気に入って選んだアパルトマン風のホテルだが、エアコンまでレトロでかわいいとは計算外だった。

いや。計算外と言えば、そもそもこの暑さ自体が計算外なのであって、なんでもかんでもエアコンのせいにしてはかわいそうというものだろう。エアコン、ごめん。

だいたい、この旅を思いついたときから、「夏のアンダルシアは酷暑だからオススメしない」「特に内陸部はやばい。人が死ぬ暑さだ」と、スペインに住んだことのある友人たちから止められた。

ガイドブックにも旅行サイトにも、同様のことが書いてある。

暑い、と。やめろ、と。

それでも心のどこかでたかをくくっていた。そうはいっても人は暮らしてるんでしょ、と、油断していたのだ。

帰国後に、「ジメジメとした東京の暑さよりはましだったよ」「ほら、ヨーロッパの暑さって、カラッとしてるから意外と平気だった」と得意げな顔をするつもりだったのに、その余裕は、マドリッドに入った瞬間にくじけた。

気候は全然カラッとなんてしていなくて、肌にまとわりつくような、なじみのある都会の夏の空気。

空港の掲示板で示された気温は実に38度だった。

そうやって「まじかー」とひとり嘆いたときだって、まだ笑っていられたのだ。

初めて訪れるスペイン。太陽と情熱の国。期待と興奮も手伝って「うわー、暑ーい」なんて、鼻からいっぱいに暑さを吸い込んで目を細めたりもしていたのだから、そのときの自分が今となっては懐かしいし、かわいそうだ。

遠くなりかけていた気が、エアコンのコポッと咳き込む音で現実に引き戻される。

暑い。

起き上がって水を飲む。ふたたび湿ったベッドに横たわる。

ここコルドバの暑さはマドリッドとは比べものにならない。午後2時の時点で気温は46度を示していた。

46度。

華氏ではない摂氏で、46度。体温よりも10度高い気温。今はそれよりも上がっているかもしれないが、怖くてもうチェックできない。

その代わりに東京の気温を定期的に知ろうとしてしまう。なんの解決にもならないのに。


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