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今年の短歌2023

大晦日ですね。
一年が早い、なんてのは毎年思うことですが。

今年の九月頃、かな。ふと、短歌を詠みはじめました。書くことで、日常に色を取り戻した。と言うと大袈裟に聞こえますが、事実、短歌を通じて自分と向き合う、内なる自分や対世界と会話している感覚になれました。

どんな仕事、環境でもそうですが、ストレスというものはあって。ときに自分自身と向き合う時間、休む時は休むことがとても大切なのに。去年から今年の上半期にかけては忙しさにかまけて、少しサボっていた期間が多かったように思います。

人間関係やコミュニケーションの不調和が多発していて疲弊していた夏の終わり頃。書店で俵万智さんの短歌本「サラダ記念日」を手にとりました。

小学生の頃に一度読んだ記憶があるだけで、約25年ぶりに読み返しました。子供の頃はよく分からなかった気もするけど。大人になって、ある程度歳を重ねたいま読むことで、こころがほわほわとやわらいだんですよ。

詩や歌詞とはまたちがう言葉の響き(リズム)、日常のなんてことないワンシーンを通じて浮かび上がる別の気付きや視点に気持ちが揺れ動く。とても新鮮な体験でした。

この本を読んで以降、貪るようにいろんな歌人の短歌を読みつつ、自分でも描き始めました。最初の一ヶ月だけで500首以上。年末の現在では800以上の短歌が私のスマホのメモにおさまってます。

数が重要とは思いませんが、私の中のダムが決壊したように昼夜問わず、寝ても覚めても短歌に向き合っている時間は幸せな気もしました。

SNS、XやInstagramのストーリー機能で連日、投稿する中で意外な反応も多々あり。短歌を通じて何かするでもないですが、自分と向き合う作業がほかの誰かの共感を生むこともあるんだなと。創作や表現の根っこの部分にあらためて触れたような気持ちです。

投稿してない短歌。散文、ポエムにもなり得てないものも多々ありますが、大晦日なので(なので?)投稿した中からいくつか反応のあったものや私自身が選んだ短歌を幾つがご紹介します。

二〇二三年 自選短歌五首

上記、五首は比較的、短歌を詠み始めた最初の一ヶ月くらいに書いたものです。短歌のことなど何も知らない中で自分と向き合う言葉を五七五七七のリズムに載せてるだけだな、とも思いますが。

短歌ってそういう吐き出し方でもぜんぜんいいんじゃないかな。と今の私は考えています。

ほかにもXにて、#chu短歌 のハッシュタグをつけて投稿しているので興味がある方は観て下さると嬉しいです。

短歌って不思議なもので、同じ日本語がまったく別の響きと意味を持つ瞬間を書き留めるものがありますよね。高尚なものでなくていいので、これからも自分と会話をするように、誰かにカウンターで話を聞いてもらうような軽い気持ちで、これからも詠んでみようと思ってます。

ということで、今年最後の短歌も書きました。

年またぐ 瞬間せーのでジャンプして
一緒に生まれ落ちるよ、新年

今年もありがとうございました。生まれ落ちた先の未来で交われたなら、その時はよろしくお願いします。
来年が皆様にとって笑顔の多い日々でありますように。

二〇二三年 大晦日
中山琉貴

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