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立冬のお墓参り巡りとプレモル

この週末、2日連続で何年ぶりかのお墓参りをしてきた。

土曜日、用事があって亀戸に行った。都内の東、江東区の北側に位置する下町であり、ぼくの生まれ故郷。母方の祖母が住んでいて、生後間もない時期をそこで過ごした。もちろん記憶はない。でも幼い頃からよく祖母の家に遊びに行っていたため、今も確かに「帰りたい場所」の一つになっている。

祖母は10年ほど前に亡くなった。癌だった。身長150cmもなかった祖母がもっと小さくなっていくのを見るのは、つらかった。世話焼きの祖母は、両親に連れられぼくと弟が遊びに行くたび、家の中を忙しく歩き回っていた。

祖母が亡くなってからは、お墓参り以外では亀戸に足を運ぶこともなくなった。今回偶然にも用事ができたので、近くにある祖母のお墓に行くことにした。亀戸より手前の駅で降りて、お寺まで2kmほど。着込んできた冬の装いを無視するかのように日差しが伸びてきて、着くころには汗ばむぐらいになっていた。

お寺は静かだった。のどかな週末の昼下がりに一人、お墓の掃除をした。たわしでこすっては柄杓で水をかけてを繰り返す。近くに花屋がないので最寄り駅からずっと提げてきたお花をようやく活けた。きれいになったお墓の前でお線香の煙に包まれると、辺りは一層静かになった気がした。

小さなお墓には祖母と祖母の長男、つまりぼくの母の兄が一緒に眠っている。母の兄には会ったことがない。今のぼくぐらいの歳に病で亡くなったらしく、ぼくが働きすぎて疲れた顔をしていると両親からよく心配をされる。

祖母は早く亡くした息子の分、孫にたくさん愛情を注いでくれた。この小さなお墓の中に今の自分に繋がる二人がいて、ずっと見守ってくれている。しっかり生きなければならないとぼくは背筋を伸びした。

ヘッダー画像は、かつての祖母の家のそばにある亀戸天神の写真。お墓参りの帰り久しぶりに立ち寄ったら、七五三の家族連れで賑わっていた。近くの住宅街の様子も昔のままで、変わらぬ下町の空気が懐かしかった。


日曜日、あてもなく電車に乗り込み神奈川方面へ向かった。海でも見に行こうかと思って乗ったのに、途中で紅葉が見たくなり、行き先を八王子方面に切り替えた。計画性のない旅に我ながら呆れるしかない。

各停に揺られることしばらく、伯父のお墓が相模原にあることを思い出した。朧げな記憶で調べると、霊園は駅から40分ほど歩いた山間にあった。散歩がてら2日連続のお墓参りをしようと、意気込んで下車した。

母の姉の夫である伯父は、祖母を追いかけるようにして9年前に亡くなった。毎年正月になると祖母の家にみんなで集まり、伯父は天皇杯を観ながらビールを美味しそうに飲んでいた。

ぼくが日本酒を好きになったきっかけは、伯父だった。大の酒好きだった伯父は、大学生になったばかりの若造に良い酒を飲ませてやろうと浦霞禅を飲ませてくれた。静謐な佇まいの王道の吟醸酒に魅せられ、ぼくはその日から日本酒の虜になった。そのおかげもあり、今もこうして心が酒浸しの日々を送れている。

伯父は、当時ぼくがシアトルに留学をしている間に急逝した。大学の図書館で課題の調べ物をしていたとき、日本にいた母から電話で伯父の訃報を受けた。異国で暮らす緊張の糸が切れた瞬間だった。

我が子のように可愛がってくれた伯父との思い出が堰を切ったように脳裏を駆け巡り、図書館の机に突っ伏して泣いた。数日後に大学の期末試験を控えていたため帰国は叶わず、伯父の最期に立ち会うことはできなかった。これから日本酒をたくさん一緒に飲もうと思っていた矢先の出来事。盃を交わした日のことを、祈るように指を折って数えた。

そんなことを思い出しながら、雨風に耐えて土埃のかぶったお墓を一生懸命に洗った。墓石の表面を流れる水が少しずつ澄んでいく。山の際から差し込む夕陽が、後光のようにお墓を照らしている。

お花とお線香を供え、麓から引っ提げてきた缶ビールを2つ取り出した。片方をお墓の前に置き、もう一方を片手にプルタブを開ける。お墓の前でお酒って飲んでいいんだろうかと思いながら、静かに伯父と酌み交わした。缶を並べて撮った写真は、まるで乾杯をしているかのようだった。


お墓参りに来たことをLINEで伯母と母に伝えると、連日のぼくのお墓参り行脚に驚いていた。そりゃそうだろうなと自分でも可笑しくなる。

墓前でプルタブが閉じたままの缶を見つめながら、自分の缶をあおる。偶然なことに、今日は伯母の誕生日だった。世間がこんな状況なこともあってお墓にあまり来れていなかったという。思いつきで巡ったお墓参りだったが、何よりの誕生日の贈り物だよと伯母は喜んでくれた。

普段は家族と来ることの多いお墓参りも、一人だとまた違う時間になる。昨日も今日も墓前で目を瞑り、それこそただ祈るように手を合わせただけだが、いつもより祖母や伯父と言葉を交わせたような気がした。伯父とは盃も交わせた。

ちょっと贅沢にと思って買ってきたプレモル、喜んでくれただろうか。プルタブはやっぱり開けた方が良かったかもしれない。そう思ったときに墓石から滴った水は、赤ら顔の伯父がこぼしたビールのように見えた。


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