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建築プロジェクトにおける、建築設計の周りのタスク

こんにちは。安藤研吾です。

コロナ禍で大きな社会変革を迎えるか、あるいは何事もなく忘れ去ってしまうか。いずれにせよ、現時点では大きな変化が起きている状況です。

建築業界に限らない話しですが、近年は社会環境の変化のスピードがあがっておりイノベーションが必要となる云々…といった背景から、自身の専門領域に固執せず周辺領域への分野横断型人材が必要‥というような言説も増えているかと感じております。

今回のブログでは、周辺領域への分野横断型人材が必要と仮定したときに、「建築設計の周辺領域とは何か?」を検討するために、そもそも建築プロジェクト全体ではどのようなタスクが必要なのかを僕なりにまとめてみたいと思います!

僕自身は、店舗改修 ~ 木造二階建て共同住宅 ~ 超高層コンプレックスビル といった様々な規模・用途のプロジェクトの初期段階にコンサルとして関わった経験があります。初期段階ゆえに、事業主(建築主)の方から建築プロジェクトの全体像を検討するプロセスに度々並走させて頂きました。今回の試みは、そのような場で伺ったお話を基にプロジェクトの全体像を描いてみたものです。

今回のブログの目的は、建築プロジェクトの全体像の把握そのために必要なタスクの整理を行うこととしています。そして、次のブログにて、建築設計者が開拓するべきタスク領域の考察をまとめます。

それでは、進めていきましょう!
まずは建築プロジェクトの全体像の把握から。

01 建築プロジェクトの4つのフェーズ

建築プロジェクトのタスクマップ

建築プロジェクトの全体像をまとめたものが、こちらのタスクマップです。プロジェクト全体を4つのフェーズに区切っており、各フェーズにおけるタスクを整理しています。タスク同士で関係の深いものほど太線で表現しており、点線は弱い関係を表しています。

まずは、4つのフェーズの概要を説明した後に、各フェーズ毎のタスクについて説明をしていきます。

フェーズ1:企画 / PLANNING

前提として、多くの建築プロジェクトはそもそも組織や個人のビジネスのための投資事業です。(自治体が発注者の場合にも、自治体は限りある税収の範囲内で最大限の公共サービスを提供する「公共事業」であり、事業性を問われないということはありません。)

建築プロジェクトは事業の「企画」フェーズから始まります。大きな金額の投資を行うプロジェクトが、なぜ必要なのか?プロジェクトを通して何をどのように変えようとしているのか?利益はどのように上げるのか?…というように、事業の目的を設定し、企画や戦略を練っていくのがこちらのフェーズです。

フェーズ2:合意 / CONSENSUS

「合意」フェーズは、練り上げた企画を実際に事業として実現していくため、資金調達と関係者のコンセンサス形成を行うフェーズです。事業を実現するために、「ヒト」「カネ」のリソースを調達するフェーズと言い換えることもできます。

資金調達について、建築プロジェクトでは事業主が手持ちのお金だけで事業を実施することはほぼ無く、金融機関から借金をしたり、自治体から補助金の獲得等を行います。コンセンサスについて、事業主が組織であればプロジェクトへの投資を組織内で意思決定する必要があります。また、中規模以上の建築プロジェクトでは、地域住人や地元行政・議会に計画を認めてもらわなければ、計画が頓挫してしまうリスクがあるため、それら関係者のコンセンサス形成も重要となります。もちろん、地域住人は建物のエンドユーザーとなることも多く、愛着を抱いてもらい、より良く建物を使ってもらうために計画段階からコミュニケーションをとるという側面もあります。

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フェーズ3:実行 / EXECUTION

事業の概ねの合意を得られて初めて、僕らに馴染みのある設計業務等がスタートします。設計業務の他に、実際にどのように運営していくのかの運営計画や、建物を使ってもらう人々への広報(プロモーション)、設計と並行した行政手続き等、各分野の専門家を集めて事業を実行していきます。僕ら設計者はこのフェーズからプロジェクトに参加することも多いのですが、建築プロジェクト全体でみると専門家が参加する「実行」フェーズは、事業の実現性がある程度高まった後となります

フェーズ4:運用 / OPERATION

建物の竣工後のフェーズであり、時間の長さではこのフェーズが圧倒的に長いです。僕たち設計者は建物竣工後にプロジェクトが終了しますが、事業主はここからが事業の本格的なスタートです。企画した通りに利益が出せるのか、意図しなかったコストがかからないか等、事業自体はこのフェーズからが本丸です。事業自体の運営や、利用者達を惹きつけ続けるための活動(リーシングやプロモーション)、建物の維持管理や修繕、事業の収支管理だけでなく、継続的に地域住人や地元行政との関係を維持することも求められます。

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02 「企画」フェーズのタスク

事業戦略 / Strategy

建築プロジェクトを行う目的やビジョンを策定します。事業・ビジネスとしてどのように利益を出し続けていくかの事業計画。競合の分析や需要予測や提供する価値・ターゲットを定めていくマーケティング。提供する価値や顧客心理を深堀りし、効果的な伝え方をデザインするブランディング。与件を整理しながら、それらの施策の効果を最大化するための建築計画。細かな定義に誤りはあるかもしれませんが、大まかにはそれら4つのタスク(事業計画、マーケティング、ブランディング、建築計画)を統合し、最小の費用で最大の効果を得るために、人材や資金等のリソース配分を決めるのが事業戦略です。

事業計画 / Business Planning

建物の建設のための工事費や各専門家への報酬等の経費といった初期投資(イニシャルコスト)を行い、その投資をどれだけの期間をかけてどのように回収していくかの計画立案を行います。賃料等の売上予測から、運営や維持管理のための費用(ランニングコスト)を差し引き、かつ借金をする場合はその返済等も差し引いてどれだけ利益を残せるか等を検討していきます。

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マーケティング / Marketing

建築プロジェクトの多くは賃貸事業であり、建築主が建てた建物を複数の利用者(テナント)に貸し出して賃料を収入とします。分譲マンション等であれば、利用者(居住者)に販売することで収入を得ます。

事業を始めるにあたり、まずは対象建物の賃料等の価格相場や周辺人口・類似事例等を調べ、競合を分析するリサーチスキルが求められます。その上で、利用者となるターゲットや想定価格の設定と、つくる建物が何を価値とするかの提案が求められます。そして、提案の実現性や説得力を増すためには、実績、顧客心理を理解するセンス、関係者を説得できるロジックやエビデンス等が必要となります。

ブランディング / Branding

マーケティングとセットとなることが多いタスクです。マーケティングで定めた「価値」を深堀りし、なぜその建物が利用者に選んでもらえるか?や、どうしたら買ってもらえるのか?という顧客心理の分析をもとに提供価値を検討していきます。また、その価値やブランドイメージの効果的な伝え方をデザインし、コアとなるメッセージのテキストやビジュアルについても検討していきます。

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ブランディングのスコープイメージ

建築計画 / Architectural Planning

いわゆる基本構想や基本計画です。法規チェックした上で、ボリュームプランの検討や、シングルラインの平面図などを作成し、提供できる床面積や用途の組み合わせ及び工事費概算を算定します。ここで、企画フェーズの他のタスクといかにつなげて考え、設計できるかどうかも設計者の腕の見せ所です。建築としての価値だけでなく、幅広く検討しなければなりません。

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03 「合意」フェーズのタスク

資金調達 / Financing

建築プロジェクトは非常に大きなお金を要する事業です。そのため、手持ちのお金だけでは不足し、事業主は他からも資金調達を行う必要があります。銀行等の金融機関からの融資、他の民間企業等からの出資。融資であれば利息を乗せて返済するのですが、出資であれば売上の一部を分け合う等、リスクが大きくなる分利益の取り分も大きくなります。そのような様々な種類の資金調達方法から、プロジェクト毎に適切な配分を検討&実現していくことが求められ、非常に高度な専門性を要するタスクです。

事業主の合意 / Business Owner Consensus

お金は他からも調達すると説明しましたが、当然ながら建築プロジェクトが失敗した時に最も大きなリスクを被るのは事業主ですそのため、事業主が建築プロジェクトを進めるかどうかの意思決定は全ての判断の起点となります。また、中規模以上の建築プロジェクトでは事業主が組織であることがほとんどであり、担当者は地道に組織内でのコンセンサスを積み上げていかなければなりません。建築プロジェクトは投資事業となりますので、想定した売上の確度の高さを示すエビデンスを提示したり、関係者を奮い立たせるようなストーリーをプレゼンしたり、想定される事業リスクを抑えていることを説明したり、組織内の有力者を抱き込んだり、、あの手この手でコンセンサスを突き進めていく必要がある、非常にタフで困難なタスクです。なお、超強烈なトップダウン組織では、トップを口説くことで急速に推進されることもあります。(ただし、見えない反逆者がいる場合もあります。)

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地域コンセンサス / Local People Consensus

中規模以上のプロジェクトでは、規模が大きくなるにつれて地域の人々のコンセンサスの重要度が増していきます。説明会や議会等のように手続きとして地域コンセンサス形成が求められますし、建築が竣工して事業が始まってから地域の人々に心地よく利用してもらうためにも、地域との関係づくりは重要となります。多くのケースでは、地域の顔役とも言うようなキーパーソンの方に仲間になってもらったり、地域の方々と日常的にコミュニケーションを積み重ねることで良好な関係づくりを構築します。

※なお経験的にではありますが、ワークショップを数回開催すること程度では、この段階におけるコンセンサスに至ることはほぼありません。もっとドロドロとした利害関係の調整や信頼関係の構築が求められます。

行政コンセンサス / Administrator Consensus

こちらも規模が大きくなるにつれて重要度が増してきます。地元自治体(都道府県や市区町村)との合意はマスタープラン等の既存の計画や法規との整合性が重要となりますが、自治体の背景にある地元議会では属人的な政治が重要となるケースがほとんどです。また、地元議会は地元住人と密接に関係しますので、地域と行政のコンセンサスは別タスクですが関連の強いタスクと認識しています。日本では、まだまだ「エビデンスベースでオープンな議会」は実現しておらず、そのことを嘆いても仕方がないのです(もちろん改善することを願ってますが、まだまだ時間がかかるでしょう…)。
議会コンセンサスのためには、議会の人間関係を熟知し、効果的な筋の通し方を実践できる「人」の存在が重要となります。多くのケースでは、いわゆる「スーパー公務員」と言われる自治体スタッフが、プロジェクトの背景でシャカリキに暗躍してくれています。あまり表に出ることはありませんが、難易度の高いプロジェクトの背景には、必ずと言って良いほど「スーパー公務員」の存在があります。

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04 「実行」フェーズのタスク

運営計画 / Operational Planning

建物の竣工後にどのように運営していくかという計画を詰めていくタスクです。概要は企画フェーズの事業計画でも検討しますが、より詳細まで検討します。他社に外注する業務については外注先と詰めていきます。運営項目のリストアップ、人員計画、消耗品の補充や清掃、セキュリティ、スタッフの採用計画や教育等など。運営の方法により、立案したブランド価値を最大化させたり、売上向上を目指します。一方で運営コストの削減も進めていきます。

プロモーション / Promotion

賃貸テナントビルを想定した時に、プロモーションの相手は2者あります。①建物を借りるテナントと、②実際に建物に来て買い物したり働いたりするエンドユーザーです(分譲の建物の場合、プロモーション対象は居住者のみとなります)。建物が完成した時に、テナントが全て埋まっていればすぐにその分の賃料が売上となりますし、建物に多くのエンドユーザーが集まれば、テナントの売上も確保できて長く賃貸し続けてくれます。そのために、建物の価値を、狙ったターゲットに向けて効果的に情報を発信していくのがプロモーションです。情報発信の方法(チャンネル)は、SNS、WEB、ポスター、イベント等の様々な方法があり、予算やブランドイメージ、ターゲット等に応じて効果的な方法やスケジュールをデザインしていきます。その際、顧客との接点を洗い出し、全ての接点で一貫性あるブランド価値を伝えることで、より強力な印象(ブランドイメージ)を作り、顧客の購買アクションを促すことが可能となります

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PR活動 / Public Relation

Public Relation とは、プロジェクト自体に良いイメージを抱いてもらったり、理解や信頼を獲得するための広報的な活動です。世間の人々にどのような印象を抱いてもらうかという心理分析だけでなく、メディアはどのようなコンテンツを求めているか?というメディアの心理分析も必要となります。プロモーションとセットになることが多いタスクです。情報発信や広報だけでなく、地元でのワークショップやイベント、メディアとの日々のコミュニケーションもPR活動の一貫となります。主にメディアやエンドユーザーがターゲットとなり、地域の人々との関係づくりもこのタスクに含まれます。

設計・施工 / Design & Construction

建築設計者の本業であり、施工者の本業です。運営計画等の検討と平行しながら、基本設計・実施設計と徐々に詳細を詰めていき、工事の見積もりや予算調整、工事の施工と続いていきます。設計も工事も定められた予算や建物性能を管理しながら、実作業を進めていきます。想定している読者は設計者としていますので、このタスクの詳細説明は割愛します。

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行政手続き / Administrative Procedure

建築の設計・施工と平行しながら、関連法規への適合性を協議しながら許可をもらっていくプロセスです。関連部署との協議や必要書類の作成(建築規模が大きくなるほどに、とても膨大な量が求められます…)、説明会や議会対応等も法や条例等で定められているものをきちんと漏らさずカバーする必要があります。

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05 「運用」フェーズのタスク

運営・管理 / Operation

計画・準備を行ってきた運営を実行していきます。関係者の利害調整やトラブル対応、建物全体でのイベント企画等のプロモーション、収支管理、日常清掃等を行います。また、中長期的にはマーケット・社会状況の変化に応じた計画の見直しも検討・実行します。また、資金の調達先(金融機関等)とは定期的にコミュニケーションを重ねながら返済等を実行していきますが、このコミュニケーションや実績の積み重ねにより信頼関係が構築され、その後の資金調達がしやすくなります金融機関との信頼関係は、事業主にとっての生命線の一つとも言えるほど重要なものとなります

リーシング / Tenant Leasing

建物竣工後に全ての建物床を借りてもらえている状態なら良いですが、そうでない場合や、中長期的に空きが生じた場合、迅速に適切な利用者を探し出し契約まで実施していくタスクです。空きが多いと計画通りの売上を立てることができなくなり、借金の返済が滞る等のリスクとなるため事業場の重要なタスクです。また、売上を優先し、建物のブランド価値と合わないテナントを入居させてしまったら中長期的にはブランド価値が下がり、損失となるリスクがあるため、建物のブランド価値と売上との高度なバランス感覚が必要となります。

建物維持管理 / Building Management

建物の維持管理や修繕を実行していくタスクです(通称BM)。建物は外装や設備等は5-15年単位程度で修繕が必要となり、20年以上となると構造補強等を行うことも出てきます。必要になったタイミングで急に資金を捻出することは難しいため、通常は修繕のための資金を積み立てておきます。積立金をいくらにするかの検討と調整、維持管理修繕の実行がタスクです。なお、建物のライフサイクルコスト(建物が除却されるまでにかかる費用全体)を正確にシミュレーションをするには高い専門性が必要となりますし、厳密には計画段階や竣工段階において、専門家でもいつどの程度の修繕が必要になるかは分かりません。

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地域・関係構築 / Local People Relation Management

建築ができた後に、いかに周辺の人々に良い印象を抱かれ、日常的に利用され、そして売上を立てることができるか。そのために地域の人々と良好な関係を維持していくことも求められます。このタスクを担うのは多くは事業主となりますが、地元のイベントに参加したり、節目に挨拶をしたりといった地道な活動の積み重ねです。地域の人々が利用し、売上のある建物であれば、当然リーシングもしやすくなります。

行政・関係構築 / Administrator Relation Management

建物竣工後の定期報告や検査の対応等を行います。行政とも良好な信頼関係を維持していくことで、その後の用途変更や新規開発等の際にも円滑にコミュニケーションを取ることが可能となります。

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以上が「建築プロジェクトの全体像」と「建築プロジェクトのためのタスク」の説明でした。ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます!

諸々と抜け落ちていることもあるかと思いますので、、コメントにてご指摘頂ければ幸いです。次のブログでは、今後の建築設計者のあり方についての考察をまとめていきます!

- 安藤

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