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建築設計業界の財務分析@2021年

あけましておめでとうございます。久しぶりの投稿です。

今までのブログの中で、最もいいね数の多い記事は、設計業界のポジショニングマップの記事なのですが、最もPVが多いのは財務分析の記事でした。
これは自分の中では意外なのですが、おそらく、財務分析の記事は幅広い層からの「ちょっと業界を調べてみよう」という検索にかかっていたのかと予想しています。

自分は単純なので、
「それなら、2021年度番の財務分析ブログを書いてみよう!」と、休暇中に考えたわけです(笑)

それでは、見ていきましょう!

今回も各社の通年を通した業績である有価証券報告書から数字を拾っていきます。今年のブログは以下の構成でまとめています。もちろん、関心のある箇所から読んで頂いても構いません!

0_分析の背景・前提

対象:前回同様に、ゼネコン・ハウスメーカー・組織設計事務所の規模の大きな会社についてまとめてみました。今年は以下の3点を変更しています。

  1. ゼネコンのスーゼネ5社に加えて、中堅ゼネコンの五社も加えてみました。近年は、前田建設や西松建設等、業界再編の動きが見られることから、中堅ゼネコンも分析をしてみたいと考えて加えました。なお、建築設計者を主な想定読者としていることから、土木・設備工事専業のゼネコンは対象にしておりません。

  2. 投資家やマーケットからの評価として企業の時価総額も項目に加え、少しでも推移を見るため売上高・営業利益の前年比率も加えました。

  3. ハウスメーカーのグループとして、住友林業と大東建託を加えています。基本的に、時価総額の大きい企業から順に加えました。

方法:今年も、以下の本を参考に分析をしております。金融素人の元デザイナーによる分析ですので、どうか温かい目で見守って頂けると幸甚です!

1_業界全体の傾向

建築設計の業界にいるとスーゼネや組織設計が大きな存在感を持っているのですが、あらためて財務的に見てみると、ハウスメーカーの規模が非常に大きいことがわかります。売上高で見ると、スーゼネトップ・鹿島建設は、ハウスメーカートップ・大和ハウスの半分にも至りません。営業利益でみても、スーゼネの雄・竹中工務店は、今回取り上げたハウスメーカーのどの企業にも劣っています
特に差が出ているのがROEであり、ゼネコンや組織事務所では平均10%となるところ、ハウスメーカーでは平均13%となっています。建築設計業界での存在感、すなわちデザイン性や技術力の高さなどとは裏腹に、財務的には規模でも効率でもハウスメーカーに軍配が上がっています

ROEの解説

2_グループごとの分析

次に、スーゼネ、中堅ゼネコン、ハウスメーカー、組織事務所の各グループ毎に、各社の違いを見ていきます。

2-1_スーパーゼネコン

スーパーゼネコン5社の2021年度財務状況

スーゼネのグループは、最もグループ内で差が小さいグループとなります。売上高を見ると2021年度は鹿島建設がトップでした。営業キャッシュフローもトップであり、鹿島建設は本業が大きく稼げた年だったと言えるでしょう。ただし、規模だけでなく効率を見ると、営業利益率・有形固定資産回転率は大成建設がトップであり、稼いだ売上に対してより少ない費用で本業をこなせていることや、持っている資産に対してより効果的に売上をあげることができていると言えるでしょう。そうしたこともあり、時価総額では大成建設がトップとなっており、投資家・マーケットから評価されていることもわかります。

課題が大きいのは竹中工務店であり、特に営業利益は前年の約半分となっています。他の4社と比べても、営業利益は1/3程度となっています。更に、営業キャッシュフローも赤字であり、ROAも2.12%と非常に低い数値となっています。ゼネコンは全体的に土木分野で収益が上がっている傾向にあり、建築がメインの竹中工務店には厳しい年となっているとも言えそうです。

また、清水建設の投資キャッシュフローの大きさも気になるポイントです。清水建設は2023年までを先行投資期間と位置づけており、主に不動産開発への投資を実施しています(以下のメブクス含めて)。

2-2_中堅ゼネコン

中堅ゼネコン5社の2021年度財務状況

スーゼネと比べると、規模も効率も差が出ているのがこちらのグループです。売上高でみるとスーゼネの半分以下となりますが、有形固定資産回転率・資産の効率性でみると、熊谷組と安藤ハザマはスーゼネを大きく上回る数値となっています。逆に、資産を最もうまく活用できていない(≒有形固定資産回転率が低い)のは西松建設ですが、その点含めて現預金の多さから買収のターゲットとなったことも記憶に新しい業界ニュースです。

株式を上場し市場から資金が供給されている以上、効率的な経営ができていなければ経営改善の余地があると見做され、買収のターゲットとなりえます。建設業界は業界全体として非効率であると度々指摘されてきましたので、今後はファンドの買収等を契機に業界再編が進むことが予想されます。その点、戸田建設は営業キャッシュフローの赤字、低い資産回転率とROEから、課題が大きい年度であったと言えるでしょう。

個人的な注目は前田建設(現:インフロニア・ホールディングス)です。前田道路との買収騒動は業界が騒然としていましたが、公共インフラのPPP/PFIを拡大していくという事業戦略はグローバルな建設業界の競合の動きとも一致しており、建設業界の王道路線だと考えています。

2-3_ハウスメーカー

ハウスメーカー5社の2021年度財務状況

主要ハウスメーカーは、各社で大きく差が出ているグループです。規模の面では大和ハウスが他を圧倒しており、売上高・営業利益では2位の積水ハウスの2倍程度となっています。また、2位ー3位間でも大きく差が出ているのがこちらのグループ。
営業利益率を見ると、大和ハウスと長谷工コーポレーションが約9%と高い水準であり、特に長谷工は一人あたりの売上高も高くなっています。次に資産の効率性を見ると、大東建託・長谷工がROA・有形固定資産回転率が高く、資産を効率的に活用できていると言えるでしょう。
圧巻なのは、大和ハウスの投資キャッシュフローであり、3000億円規模の投資をほぼ毎年継続できていることは驚異的です。スーゼネ5社の投資キャッシュフロー総額よりも高い金額を毎年投資し続けているのです。ホテル事業が大きく落ち込んでいるご時世の中でのこの実績。引き続き、大和ハウスが業界再編の台風の目であることは揺るがないかと考えています。

なお、大和ハウスの時価総額約2.203兆円というのは、三菱地所や三井不動産と同程度です。もはや日本を代表する建設・不動産企業と言えます

2022年1月1日時点の時価総額 (兆円)
・三菱地所:2.218
・三井不動産:2.199

https://web.fisco.jp/

2-4_組織設計事務所

組織設計事務所3社の2021年度財務状況

こちらのグループは上場している企業がなく、他のグループと同等の情報が集めることができません。上記の三者も、平等な比較となっていないため、参考情報としてご覧ください。例えば、NTTファシリティーズではインフラのFM事業も含まれており、他の二社とは事業構造が異なります。
その上で、となりますが営業利益率やROA等の効率では三菱地所設計が高く、業界の雄・日建設計は営業利益率も資産効率も低い値となっています。特に、日建設計の売上は前年比で上昇しながらも営業利益が前年比で3割減となっていることが気になります。有報には、将来損失が見込まれる費用を引き当てたと記載がありますので、来期に向けて赤字を飲み込んだようですね。

3_分析を通した考察

3-1_業界再編は、経営が良くない企業がターゲットになる

新築着工数の減少、公共施設維持費の増額による新築予算の減少、日本全体の人口減少等による国内建設市場の縮小と、業界全体の高齢化や人不足といった問題により、業界再編は避けられないでしょう。

それでは、再編を仕掛ける際、どのような企業を買収するべきでしょうか。当然、ブランドや高い技術力があり、自社のカルチャーと親和性が高いことなどが挙げられるかと思いますが、もう一つ重要な観点として、価値以上に安くてお買い得であることも挙げられます。
上場している会社は、投資家により市場で値段が付けられます。どんな企業が高値になるかと言えば、成長しており、きちんと効率よく稼げている(≒経営が上手い)企業です。成熟している建設業で成長性を追求することは難しいこともあり、お買い得となり買収のターゲットになりやすい企業とは、ブランド・技術等の強みがありながらも、「経営」がうまくいっていない企業となるでしょう。

そうした観点から、業界再編の流れの中では、各社は経営の優劣の重要性が上がってくると予想します。

3-2_建築事業の収益化が求められる

今回の分析で目立ったのは、竹中建設や戸田建設といった建築に特化した企業の業績が悪いことでした。逆に、土木事業を多く手掛けるゼネコンでは特に事業効率の面で高い成果を挙げられています(大成・大林・鹿島・熊谷組・安藤ハザマ)。建築設計業界の端くれとしては、やはり建築事業の収益化を望むところであります。

そこで、建築部門での収益化を、各社がどのように考えられているか、という経営戦略の視点から、最後に考察をまとめたいと思います。

3-3_財務健全化により、戦略の打ち手は増える

近年、財務的にも戦略的にも、各社の違いが明確化してきているように感じています。有価証券報告書には中長期の経営戦略についても触れられており、財務指標と併せて戦略を読むと、少し違った見え方がしてきます。

例えば、スーゼネの中でも健全な財務の大成建設は、その財務基盤を活かし、業界再編をリードするM&Aを戦略の主軸に据えています。逆に、スーゼネの中で財務的にはやや劣っている清水建設は、非建設事業としての不動産開発事業等に注力しています。縮小している建設業界だからこそ、トップを目指せる大成はM&Aで地位を盤石にすることを目指し、清水はそこでトップになれないなら、建設とシナジーのある別業界を開拓する、と見ることもできます。
財務指標を見る前であれば、スーゼネの中でもデジタルツイン等で攻めている印象であった清水建設ですが、財務指標から穿った見方をすると、競争環境上、「攻めざるを得なかった状況」とも言えそうです

中堅ゼネコンにおいては、やはり注目は前田建設・インフロニアホールディングかと考えます。「脱請負」をキーワードに、公共インフラの企画から運営までを一貫して担える「総合インフラサービス企業」を狙うという戦略。前田建設による前田道路の買収が成立したのが21年3月ですが、3月期の決算値をみると、営業キャッシュフローが約600億円積み上がっていることがわかります。直接関係があったのかは、私のリサーチ力ではわかりませんが、一般論として、経営がしっかりしており潤沢な資金があれば、買収等を含めた幅広い選択肢を取れるようになります

中堅ゼネコン5社の2021年度財務状況(再掲)

ハウスメーカーについては、建設業界トップの大和ハウスですので、自動車業界のTOYOTAしかり、全方位型の投資です。住宅・商業・物流・環境・海外などなど。特に物流やデータセンターは今後も期待できる用途です。
逆に業界No.2の積水ハウスは、「住」に特化した戦略であり、アメリカを中心に海外で売上を確保しています。しかし、海外での売上でみると、業界No.4の住友林業の方が上回ります。21年実績では、積水ハウスが約3,300億円のところ、住友林業は約1兆2,500億円まで拡大しています(以下リンク参照)。ひとえに「ハウスメーカー」と言っても、財務も戦略も大きく異なっていることが分かります。

いやはや、ここまで長文(駄文?)にお付き合いいただき、誠にありがとうございます。これからも建築にとらわれず、他の分野の勉強も継続し、多角的に「建築」を眺めていきたいと考えています。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。
- 安藤研吾

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リンク集_各社の有価証券報告書等(2021年期)

鹿島建設(2021年3月期)

大成建設(2021年3月期)

大林組(2021年3月期)

清水建設(2021年3月期)

竹中コーポレートレポート2021(2020年12月期)

戸田建設(2021年3月期)

西松建設(2021年3月期)


熊谷組(2021年3月期)

安藤ハザマ(2021年3月期)

NIPPO(2021年3月期)

大和ハウス(2021年3月期)

積水ハウス(2021年3月期)

大東建託(2021年3月期)

住友林業(2020年12月期)
※ 決算期の切り替えタイミングのため、売上等が9ヶ月分となっています。

長谷工(2021年3月期)

日建設計(2021年3月期)

NTTファシリティーズ(2021年3月期)

三菱地所設計(2021年3月期)

三菱地所(2021年3月期)


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