岡田将生研究⑲悲恋ものの名手

  近年、映画「ドライブ・マイ・カー」や「CUBE」などで狂気の演技が話題の岡田将生だが、かつては恋愛映画にも引っ張りだこの時期があった。2007年「天然コケッコー」で、ラブストーリーと呼ぶにはあまりに初々しく瑞々しい作品で本格スクリーンデビューを飾ると、2013年の「潔く柔く」まで、実に9本の恋愛要素を含む映画に出演している。そのうちドキュメンタリー風に高校生カップルを描いた「ハルフウェイ」、がっつり恋愛ではなく憧れの王子を演じた「ひみつのアッコちゃん」を除く6本には、死の影が色濃く付きまとうのが興味深い。

 岡田将生の代表作のひとつ「僕の初恋をキミに捧ぐ」が公開されたのは2009年。井上真央とのW主演で、岡田の主演映画としては最大のヒット作であり、未だに根強い人気を誇る青春映画の名作である。心臓病と闘いながら懸命に生きる高校生逞(岡田)と逞を支え結婚の約束をする幼馴染の繭(井上)の儚く切ないラブストーリー。本作で岡田は、心臓病のため20歳まで生きられないと宣告され、自らの死と向き合いながら繭への恋心と葛藤する役を繊細に演じ、多くの人の涙を誘った。心臓移植をめぐって、友の死と友の心臓、自分の生と死、という難題を突き付けられるシリアスかつデリケートな展開も丁寧に描かれており、そのため最後の1日のデートシーンがよりきらめきを放つ。まぶしい笑顔の下に、死という暗さが常に見え隠れし、なお儚く美しい、岡田将生撮影当時19歳の当たり役である。

 「僕の初恋をキミに捧ぐ」の逞は最後に死を迎えるが、続く2010年公開の「瞬またたき」では、主人公の既に亡くなった恋人役、同年公開の「雷桜」でも身分違いの実らぬ恋の末に最後は亡くなってしまう殿を演じた。「瞬」では、恋人(北川景子)を守るために命を落とすという設定で、岡田演じる淳一は回想シーンでのみ登場。もうこの世にいないことがわかっているので、想い出の中の淳一は、優しく儚く美しく、透ける程の透明感がより悲しみを引き立てる。「雷桜」の殿は、気が高ぶると倒れてしまうような「虚け」で、実らぬと知りながら、野山を駆け回って育った遊(蒼井優)と恋に落ち、身ごもらせた上に捨て去る、という字面にするととんでもない男だ。しかし、弱々しさ儚さ美しさ繊細さで悲恋として視聴者に納得させてしまうだけのパワーが岡田にはある。

 一転して2011年公開の「アントキノイノチ」では、吃音持ちでいじめられ、心を病んでしまう青年を好演。ほとんど笑うことのない陰気な役で、同様に暗い過去を持つゆき(榮倉奈々)とやっと心を通わせた矢先に、不慮の事故により彼女を失う。ゆきの遺品整理をしていて、自分の写真ばかり貼られたアルバムを見て泣くシーンが秀逸だ。陽のイメージの強い愛すべき振り回されキャラや、はたまた中身空っぽな悪役が上手いという評価が先行しがちな岡田だが、本作では中身がぎっしり詰まりすぎな奥行のある陰鬱とした役柄を見事に演じ、見ていて息が苦しくなる。

 2008年「魔法遣いに大切なこと」は、魔法遣いの見習い訓練が主軸の物語の中で、主人公ソラ(山下リオ)と豪太(岡田)の淡い恋模様が描かれ、最後にソラは亡くなってしまう。2013年「潔く柔く」は、偶然出会った男女のラブストーリー。主人公の2人カンナ(長澤まさみ)と禄(岡田)は、それぞれに死にまつわるトラウマを持ち、克服しながら愛をはぐくむ物語で、悲恋ではないが、乗り越えなければならない”死”を内に抱えながら生きる葛藤とカンナの傷を受け止める愛情、心の機微を繊細に演じている。

 ドラマにも目を向けてみると、意外にも恋愛ものと言えるのは2009年学園ラブコメの「オトメン」と2015年「掟上今日子の備忘録」くらいしかない。「掟上今日子の備忘録」は未だに続編希望の声の上がる人気作で、岡田は、眠ると記憶を失ってしまう探偵の今日子さん(新垣結衣)に一途に恋心を寄せる、トコトンついてないガッカリ人生を送ってる厄介を魅力たっぷりに演じ、多くのドラマファンの共感を呼んだ。1話ごとに今日子さんと厄介の距離が縮まり、縮まったかと思えば一晩ごとにまた忘れられてしまう、という報われなさが最高に切ない。最終話では、何日も眠らなかった今日子さんがついに厄介に恋に落ち、キスまでするが、次の日目覚めたらすっかり忘れてしまっているのだから、たまらない。それでも「また口説いてくださいね」「何度でも口説きます」と言う2人のやり取りに涙し、何度忘れられても今日子さんを思い続ける厄介の優しさとタフさに魅了されるのだ。この作品もまた”記憶の死”にまつわる悲恋の物語なのである。

 「掟上今日子の備忘録」を最後に岡田はラブストーリーから遠ざかる。その後の作品の中では、2018年のドラマ「昭和元禄落語心中」でのみよ吉(大政絢)との悲恋が印象的だ。落語と老いの演技が絶賛される中、みよ吉との恋が美しく残酷なものであることもドラマの質を押し上げた。岡田将生という俳優は、容姿の美しさ、品の良さ、白い肌と透明感、線の細さなどの素材そのものに、所作の美しさ、優しい声のトーンや台詞回し、繊細な表情の演技などが加わり、儚さや切なさの漂う悲恋の世界観に視聴者を没入させることのできる稀有な役者なのである。

 その「落語心中」から5年、今年は待望の恋愛映画「1秒先の彼」が公開される。こちらは、爽やかなラブストーリーのようだ。ポップな映画も近年の岡田の出演作としては珍しいので、「1秒先の彼」にも大いに期待している反面、円熟味を増し、大人の色気を身に着けた30代の今こそ、大人の悲恋ものも観たいと切に願う。

 

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