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aki先生ガムランを演奏する

ホームステイ先のご主人はジャカルタで長年働いていたが、15年前脱サラして故郷へUターンして、畑たっだ土地を買い、レストランやスタジオを経営している。伝統的な佇まいの平屋建ての母屋には、玄関のタタキを素足で上がってすぐの、大きなシャンデリアの下がっているルアン・タムという大きな応接間兼リビングダイニングを主寝室以外に4つのベッドルームが囲んでいて、それぞれにシャワールーム兼トイレがついている。そのうちひとつに私が、もう一つに敷地内のレストランの調理師が、もう一つに18歳くらいの若い大学生が下宿している。母屋の周りには、バナナ、パパイヤ、マンゴー、ジャックフルーツ、レモン、ブドウ、いろいろな種類の果物の木が一通り植えられて、今はマンゴーとパパイヤとジャックフルーツが重たい実を下げている。ご主人は趣味で少々水稲栽培をしているので、庭には水理施設もある。母屋の隣りには、これも素敵な佇まいのガムランという民族音楽のプロの楽団が練習する開放スタジオがあり、毎週火曜の夜、メンバーが集まって来て演奏している。騒音公害という認識がないこの国では、夜半までいろいろな音が聞こえる。モスクからの拡声器によるムスリムの祈りはもちろん、21時すぎもマイクで熱唱するカラオケ教室の声、楽器の演奏の音などなど夜毎にどこかでお祭りをやっているかの如くの遠くの喧騒とどこの国にもある暴走族の疾走音、そして鳥や虫、トカゲなど爬虫類の鳴き声などなど。



サロンという鉄琴

ステイ中2回のガムランの週次練習会に当たった。akiさんもおいで、とご主人とマザーが誘ってくれるままに飛び入りし、素敵な体験をした。ユネスコの無形文化財でもあるガムランは金属製の打楽器中心にジャワ語での唄いと合わせて演奏されるのだが、ポイントはハーモナイゼーションだ。何種類かある鉄琴の基本は7つの鍵盤を一つづつ一本槌で打つ。鍵盤にはマジックで1から7の番号が振ってあり、易しい楽譜は数字が4拍子x4小節が4行、これを何周も繰り返す。混み入ったものはさらにずっと下まで続く。ポイントは唄いに起承転結のような物語性があり、盛り上がりのところでピッチが速くなることだ。速くなったと思ったらまた徐々にスローになったりタメが入ったり、同じメロディーの中で相が変わる。だから自分と楽譜だけで完結しては調和できず、叩きながら他の人の音を聞いて感じて呼応しなければならない。これが難しい。1/2か1/4秒くらいズレると、鉄琴の音はかなり通るので不調法が丸わかりだ。


Gugur gunung (
山の秋)

学校時代は歌う専門で、打楽器は授業で経験しただけの私は、なかなかハマらず、リズムがハマっても繰り返すうち自分が楽譜のどこをリピートしているか頭が白くなり、槌が違う鍵盤を叩いて下手が目立つ。私はビギナーが入り易いサロンという鉄琴を体験させてもらった。ひときわ肌の浅黒いハンサムな師匠が1人私についてくれて、打つべき盤を一つづつ手でずーっと示してくれる。槌は重く、ずっとやっていると翌日筋肉痛になりそうだ。師匠は飛び入りのヘタクソに呆れる様子はなく、ティダ・アパ・アパ(大丈夫)と逞しい腕で拍子を正確にずーっと示してくれる。みなさんお世話好きで、いろいろアドバイスしてくれるので、ミニワークショップのようになった。歌のタイトルはインドネシア語で書かれているものもあり、私は「山の秋」という歌が気に入った。例えていうと、ちょうど初めて沖縄の調べを聴いた時に感じたような、西洋音楽にはない民族調の意外な音の組み合わせが唄いと銅鑼と太鼓と合わさって、何回か同じリフレインを回るうち、何故か妙に懐かしい思いがするパートが見つかる。情が湧くのだ。次に叩く音の後にその次の音の鍵盤を叩くのが楽しみでたまらなくなるかわいい音の連続箇所がある。到底ついていけない難しい歌は、槌を休めてお茶を飲みながらみなさんの演奏を聴く。というか少し目を閉じて感じようとすると、身体に音楽が満たされてくるような豊かな気持ちになるのだ。α波に反応しているのだろうか。ご主人とマザーも槌を持って中級者のところまで演奏する。ガムランは1人ではできないのよ、オーケストラなの、そう聞いていたが腑に落ちた。

彼らは深夜まで一曲10分くらいの歌をお茶を飲んで一服しておしゃべりしながら演奏する。私の寝室の窓がこのスタジオのすぐ横なので、火曜の夜はずっとガムランを聴くわけだが、夜更けにプロの師匠たちだけで奏でる調べは繊細かつゴージャスで、厳しい暑さに負けずに生き抜いて来たジャワ人の子孫たちと自然と調和した芸術のパワーを堪能することになった。素敵なコンサートを聴きながらうっとり微睡む贅沢な時間でもある。



大きな太鼓を打つ人が全体を指揮

ご主人は、ねぇ、aki、例えばさ、1ヶ月間のゲストハウス泊まり込みワークショップをやるのはどうかな、ガムランはたぶん毎日毎日連続して練習すると1ヶ月後にはバッチリ演奏できるようになる、と話す。インドネシアの伝統芸能に興味がある日本人やオーストラリア人、ヨーロッパ人をターゲットに新規ビジネスモデルを目論んで、又いつものやんちゃな笑顔、いくら位なら参加者が集まるかワクワクしている。マザーは笑いながら私たちの会話を聞いている。実行するにしても、ゲストの身の回りのことをこまごまと世話を焼くのはどうせマザーだ。私はどうやらとっても幸運なステイ先が当たったようだ。

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