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[ピヲピヲ文庫 連載小説]『私に何か質問はありますか?』第3話

 前回の話(第2話)はコチラ。ピヲピヲ。。。


 先週金曜の夜、八鳥が投稿した「質問募集記事」に対するスキは、週明けの月曜にはすでに300に迫る勢いであった。

 テキスト・コンテンツ投稿用のプラットフォーム『ピーチク・パーチク』において、誰よりも自分の記事が大好きな八鳥の自己肯定感は、今や空高く舞い上がり、大空を羽ばたく大鷲の如くであった。

 明日でいよいよ投稿から1週間が経過するという木曜の夜のことである。
 『ピーチク・パーチク』における八鳥のこれまでの投稿では初めてのことであるが、「質問募集記事」に対するスキがついに500を超えた

 八鳥は刹那、全能感に包まれた。
 言うまでもなく、これは八鳥にとって、非常に喜ばしく且つ誇るべき進展である。
 ついに時代が自分の偉大さに気付き始めたのだ!
 七子だか、ムクドラーだか、ポンポコピーポンポコナーだか知らんが、そのような紛い物がいよいよ淘汰されるときが到来したのだ。

 今後、『ピーチク・パーチク』は本物のみを求める!

 八鳥は、高い枝の上からツンと澄ました顔で自分を見下ろす超人気ピチカー、向久鳥 七子(むくどり ななこ)の顔を思い浮かべ、怒りと高揚感でわなわなと震えた(実のところ、七子は顔出し投稿はしていなかったため、八鳥が思い出したのは、少女漫画風の七子のアイコン画像であったし、七子が澄ました顔で八鳥を見下ろすというのは、嫉妬に燃える彼の脳内でこれまで何度も繰り返されてきた架空のエピソードに過ぎなかった)。

※※※※※

 ……しかし、八鳥は非常に不思議なことに気が付いた。

 スキの数は、これまでにないペースで順調且つ爆発的に増えてきている。
 しかしながら……質問が全く来ないのである。
 さらに言うと、質問どころか「質問募集記事」に対するコメントも一切来ていないことに今さながら気付いた。

 なぜだ?

 
 皆、自分にこんなに興味を持っている。
 当然だ。

 自分は子どもの頃から文章力には自信があるし、中学生のときには作文が校内で優秀賞を受賞するに至った。
 文章力だけでない。
 『ピーチク・パーチク』では、これまで自分のキャリアパスの中で得た専門性、そして海外生活を通じて得たユニークな体験を織り交ぜた質の高い記事を投稿し続けている。
 自分が書く小説だって、凡人にない想像力と構成力を駆使し、小さな新人賞であれば、いつだって受賞可能な完成度に仕上がっているという自負があり、ただ応募手続が面倒なので応募していないというだけの話である。

 それなのに、なぜ?
 なぜ、誰も質問をしてこないのだ?

 八鳥はその夜、久しぶりに大いに悩んだ。

※※※※※

 「質問募集記事」を投稿してからちょうど1週間が経過する金曜日
 八鳥は朝から心ここにあらずで、仕事もろくに手に付かなかった。

 八鳥は要領良く仕事を終え、真っ直ぐに自宅に帰ってきた。
 いつもであれば、金曜の夜は新しい投稿に向けて気分が高まるのであるが、今日ばかりは例の「質問募集記事」に対する質問が1件も来ないことが気になり、何とも記事を書くモチベーションが湧いてこない。
 
 しかし、夜の8時を過ぎた頃、そんな八鳥の心に変化が訪れた。
 八鳥は、「質問募集記事」に初コメントが来たとの自動通知を受け取ったのである。

 八鳥は、1週間が経過する頃になってようやく質問が来たことに対し、些かの不満は残ったが、人気者に質問するのも緊張するのだろうなどと思い直し、記念すべき「最初の質問」に対する期待に胸を膨らませた。

 八鳥はドキドキしながら、大いなる期待を込めて「質問募集記事」のコメント欄を確認した。

 初コメントは、以下の内容であった。

「記事を楽しく拝見しました。因みに、私はアナタに質問はありません」

 ……

……何だこれは?


※※※※※

 八鳥は憮然とした。
 「質問がない」とはどういうことだ?
 しかも、ないならないで仕方がないが、どうして「質問がない」ことをわざわざコメント欄に書き込んでくるのだ?

 八鳥は第1号となるコメントの送り主の名前を見た。

 近藤 留美子(こんどう るみこ)……

 知らないピチカーだな……
 これまでコメントのやり取りもなかったし、特にトラブルになった記憶もない。

 八鳥は念のため、近藤留美子のアカウントを訪問した。
 彼女は可愛らしくアニメーション化された大きな鳥をアイコン画像として使用していた。
 そして、フォロワーから「コンドルちゃん」という愛称で呼ばれ、そこそこの人気はあるらしいと八鳥は判断した。
 『ピーチク・パーチク』で初めて投稿を開始した時期は、八鳥より1年ほど早かったという事情はあるにせよ、現時点でのフォロワーの数は、八鳥より数百人多かった。   
 留美子のプロフィール欄には「都内在住のアラフォー女子です! エッセイを中心に、日々感じたことを徒然なるまま、心ゆくままに書いています。嬉しい日は喜んどるわい! 悲しい日はへこんどるわい ToT」というだけの簡単な自己紹介が記載されていた。
 
 留美子の記事には毎回、そこそこの数のスキが付いているようであったが、元来他人の記事の興味のない八鳥には、敢えて留美子の記事を読んでみようなどという気は毛頭なく、「紛い物め!」と吐き捨て、留美子のアカウントを閉じた。

 自分の人気に大きな自信を持っていた八鳥は、ひどくプライドを傷付けられたが、世の中にはおかしな輩もいるものだ、たまたま野良犬に噛まれたと思って諦めよう……と気持ちを切り替えることに努めた。
 もしくは、この近藤留美子とかいうピチカーは、「質問募集記事」で急激に人気の出てきた自分に嫉妬して、奇妙なコメントを送ってきたのかもしれないとも思った。

 取り敢えず、今回のコメントは第1号ということで期待したが、残念ながら単なる冷やかしだったな。
 人気ピチカーになるにあたり、アンチが出て来ることは避けられないという話だ。

 しかしだ。
 冷静になってみると、いざ人気者に対して何でも質問できるという状況に立たされたら、とっておきの質問を考え出すのに、それなりの……まあ1週間ほどの時間を要するというのも不自然な話ではないのかもしれない。
 ……となると……今晩から土日にかけて、いよいよオレ様の真のファンたちからの質問が殺到するタイミングだろう。

 そんなことを考えながら、八鳥はまだ僅かに残る不快な思いを払拭すべく、彼のお気に入りピチカーである閑古鳥 滑太(かんこどり かつた)のアカウントを探した。

(つづく)

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