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[ピヲピヲ文庫 連載小説]『私に何か質問はありますか?』第6話

前回の話(第5話)はコチラ。ピヲピヲ。。。


 八鳥は、テキスト・コンテンツ配信用プラットフォームの『ピーチク・パーチク』で、一連の不可解な出来事を体験して以来、何とも言えぬ胸騒ぎを感じていた。
 そして、出勤や帰宅の途中で、何者かに後を尾けられているような気がすることもあった。

※※※※※
 
 その日の夕方、八鳥は職場で、またもや同期の有井 馬亜人(ありい ばあと)によって仕事上の些細なミスを揶揄われた。
 書類整理が残っていたため、もともと残業するつもりであったが、有井の悪意ある笑い顔を見てすっかりやる気を無くした八鳥は、区切りのいいところで仕事を切り上げ、家路に向かった。

 料理をする気力もなかった八鳥は、最寄り駅の近くにあるコンビニで弁当とスイーツを買い、自宅マンションへの道をとぼとぼ歩いていた。
 そして、自宅マンションが見えてきたあたりで、電柱脇にじっと立ち、どことなく異様な雰囲気を醸し出す1人の男に気が付いた。
 
 八鳥は、歩きながらチラッと男を観察した。
 男はパッと見たところ40歳前後、ストライプ柄のYシャツに黒のジャケットを羽織り、下はチノパンというスーツカジュアルな格好をしていた。

 
八鳥は、その男の何とも鋭い目つきに一瞬で不快感を覚え、そして彼が顔に薄ら笑いを浮かべながら、何となく自分のことを見ているような気がして、サッと目を逸らした。

 八鳥が男の横を通り過ぎ、そのまま歩き去ろうとしたとき、後ろからその男が呼びかけた。

「ハチドーリさん! ハチドリさん!」

 
 八鳥はビクッとして、一瞬足を止めた。
 この一帯は住宅街であり、たまに帰宅途中と思われるサラリーマンや塾帰りの中高生たちとすれ違うが、人通りはさほど多くなく、今は八鳥と男の周りにはほかに誰もいない。
 この男は自分の名前を呼んだようであるが、ここでずっと自分の帰りを待ち構えていたのだろうか?
 
 先ほど観察した限りでは、男は何となく堅気と思えない風貌であり、恐らく仕事関係で知り合った人間ではないと感じた。
 八鳥は、その他の交友関係を脳内で瞬時に辿ったが、特に思い当たる節がない。
 このような男がなぜ自分の名前を……?
 
 そして、男が節を付けて茶化すような感じで「ハチドーリさん! ハチドリさん!」と呼んだため、自分の本名「蜂通(はちどおり)」だけでなく、例の『ピーチク・パーチク』における自分の「八鳥(はちどり)」というピチカー名も一緒に呼ばれたような気分になり、何とも気味が悪かった。
 八鳥は、自分もかなり神経過敏になっていると改めて自覚した。

 八鳥は、自分がピチカーとして活動していることを特に周りに伝えていなかった(むしろ隠していた)ので、実生活で彼を「八鳥」と呼ぶ人間はおらず、今後もそのような人間は現れないと思ってはいたが、何となく例の奇怪な「質問はありません!」の騒ぎがあってから、『ピーチク・パーチク』のことは思い出したくないのであった。

 仕事絡みで自分を知ることとなった人間である可能性も否定しきれないため、八鳥は礼儀正しく振舞うことに決め、やや戸惑い気味の表情で男を振り返った。

 男はまだ顔にニヤニヤ笑いを浮かべたまま八鳥を見ている。
 自分から声を掛けておきながら、男はニヤニヤするだけで、話しかけてこようとはしない。
 
 八鳥は、自分から声を掛けたものか迷いながらも、口を開きかけた。
 そのとき、ニヤニヤした男の口から思いもよらない言葉が発せられた。

「五郎さん! 六郎さん!」


 八鳥は驚愕した。
 この2つの名前を続けざまに呼ぶとは、男が明らかに「蜂通五郎(はちどおり ごろう)」である自分とピチカーである「八鳥六郎(はちどり ろくろう)」が同一人物であると知っていることを意味していた。

 「なっ……」
 突然のショックに八鳥は言葉を失った。
 
 慌てた様子の八鳥を見て、男は懐から名刺入れを取り出し、名刺を1枚抜き取って八鳥に手渡してきた。

 「私、こういうもんです」

 激しいショックを受けながらも、サラリーマンの習性か、八鳥はついつい名刺を両手で受け取り、それを凝視した。
 
 男の名前は、遅井 隼(おそい はやぶさ)
『週刊 ライアーバード』記者とあった。 

 週刊誌の記者……?

 
 名刺に書かれた男の肩書きを見て、しばし固まった八鳥であったが、恐る恐る遅井と名乗る記者に尋ねた。
 「……週刊誌が……私にいったい何のようですか?」

 遅井は、無言で口をモゴモゴ動かしながら、ニヤニヤと八鳥を見ている。
 八鳥はもう一度、用件を尋ねようと口を開きかけたところで、遅井が唐突に言った。

「読みましたよ」
「えっ……?」
「読みましたよ。私も。あの『質問募集記事』。あれ、いいですね。バズったのもわかるわー」


(つづく)

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