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[ピヲピヲ文庫 連載小説]『私に何か質問はありますか?』第9話

前回の話(第8話)はコチラ。ピヲピヲ。。。


 八鳥 六郎(はちどり ろくろう)がオフィスに掛かって来た謎の電話に怯えた日の翌日も、テキスト・コンテンツ配信用プラットフォームの『ピーチク・パーチク』は、相変わらずの人気であった。

 その日の午前中、広々としたオフィスを単独で占有する1人の人物は、それまで読んでいた新聞を脇に置いた。
 オフィスビルの高層階にある執務室には、高そうな家具や調度品が配置され、ガラス扉付きの両開きの書棚に会社の業務関連の資料やビジネスマガジン等の難しそうな書籍が並んでいる。
 ビルは都市部に位置するため、この部屋に訪れた人が窓からの景色を眺めたとして、遠く港が見えるといったこともなく、周囲の高層ビル群に視界を塞がれ、地上で慌ただしく行き交う人や車の往来を見下ろすことになるだろう。
 機能性と快適性を追及したと思われる本革張りのエグゼクティブチェアのデザインからは重みが感じられ、そこに深々と腰掛けていた人物は、何やら警戒するような目つきで自室のドアに目をやった。
 誰も入って来る様子がないことを確認すると、これまた豪華で巨大なデスクに置かれたパソコンに向き直った。

 その人物は、お気に入りサイトに登録してある『ピーチク・パーチク』にアクセスし、自分がフォローするピチカー(『ピーチク・パーチク』で記事を投稿する会員ユーザーの呼称)の一覧を開いた。
 そして、記事を丁寧に読むでもなく、ピチカーたちのアカウントを開いては、その直後にブラウザバックし、次のピチカーのアカウントを開き、また戻り……ということを何度か繰り返した。
 その目は、さながらピチカーたちの「フォロー/フォロワー」の数の増減をチェックするかの如く、各ピチカーのホームページを順番に追ってゆく。
 カリスマピチカー向久鳥 七子(むくどり ななこ)」、続いて近藤留美子(こんどう るみこ)川瀬ミモザジューシーまつりかあっちょんピヲこケイとディディヤーアヒル口の麗子……
 
 そして、その人物はあるピチカーのアカウントを開こうとカーソルを合わせたところで、またもや警戒気味に部屋のドアを一瞥した後、コソコソと鞄の中から1冊の本を取り出した。
 それは恐らく、その人物の部屋の書棚に並んだ一連の書籍とは大きく趣が異なるジャンルの本であると思われ、タイトルはこうあった。
 『ピンク鳥先生が優しく教えちゃうぞ! 幸せを運ぶピヲピヲポエムの書き方💕』

 その人物が、カーソルをダブルクリックしようとした正にその瞬間……。
 ノックの音がした。

 その人物は慌てて本を鞄の中に仕舞った。
 その直後、ドアを開けて部屋の中に入って来た男は、巨大なデスクの向こう側に座る人物に対して恭しく「お車の準備ができました!」と報告した。

 結局、そのだだっ広いオフィスの占有者は、その気になるピチカーのアカウントを開くことなく、外出の支度に取り掛かった。
 その人物がガサゴソと鞄の中身を最終確認する間も、パソコンのカーソルは、その人物の気になるピチカーの名前の上に留まっていた。
 そのピチカーの名前は……

「八鳥六郎」


※※※※※

 その朝、八鳥はいつものように出社の準備をし、部屋を出た。
 エレベーターに乗って1階まで下り、マンションの外に出ようとしたとき、たまたま集合ポストエリアにある自分の郵便受けが視界に入った。
 
 何やら、自分の郵便ポストから郵便物が溢れかえっているように見え、違和感を覚えた八鳥は、郵便ポストに近付いた。
 そして、郵便ポストを開けて唖然とした。

 20通ほどの封筒が郵便ポストに投函されていた。
 そして、それらの内の何封かをポストから取り出し、裏返してみた。
 封筒には何れも差出人の名前がなかったが、どれもこれも……「八鳥六郎様」と宛名書きされていた。

「うわぁ~っ!」


 八鳥は、衝撃のあまりに思わず声を上げ、反射的に封筒をポストに投げ込み、若干後ずさりした。
 八鳥六郎というのは、彼が『ピーチク・パーチク』で使用するピチカー名であり、彼の本名は蜂通五郎(はちどおり ごろう)である。
 そして、彼は実生活において「八鳥六郎」というピチカー名を周囲の誰にも教えてはいない。
 
 八鳥の脳裏には、咄嗟に『週刊ライアーバード』の記者、遅井隼(おそい はやぶさ)が思い浮かんだ。
 ひょっとして、あの記者が自分の住所を暴露したのか。
 ……しかし……そう言えば、あの記者はどうやって……

 八鳥の頭は、『ピーチク・パーチク』における一連の「質問はありません!」の怪事件のときのように混乱し始めたが、何とか気を取り直し、震える手でもう一度、封筒の1つを取って乱暴に破いた。
 そして、恐る恐る同封してあった便箋を開いた。
 そこには、こう書かれていた。

『ピーチク・パーチク』で八鳥さんのことを初めて知って、ファンになりました。私、実は八鳥さんにお伝えしたいことがあるんです。少し照れるんですけど、実は私、八鳥さんに質問は全くありません! あっ、思い切って書いちゃった。ピヲ! 今後とも、応援していますね!」

 何だこれは!


 なぜ俺の自宅が特定されているのだ。
 八鳥は背筋がゾッとして、心拍数が上がり、頭がクラクラしてきた。

 八鳥は、自分の郵便受けが何やら禍々しい存在であるかのように怯え、いったん手紙をもう一度ポストに放り込み、マンションの外に出た。 
 暫く天地が引っ繰り返ったようなショックが続き、頭が回らなかったが、外の空気を吸う内、いくぶん乱れていた呼吸が元に戻って来た。

 今日は、とてもこのまま出社する気にはなれない。
 上司に欠勤の報告をしようと、会社の所属部署の番号をコールした。

 「はい! クロサギバンク株式会社です!」

 3コール目で、電話口に20代半ばの女子社員である駒鳥市 舞(こまどりし まい)が元気良く電話に出た。
 八鳥の部署に、これほど初々しい電話の取り方をする同僚はほかにいないので、すぐに彼女だと分かる。
 素直な性格で元気良く、部署のムードメーカー的な存在だが、お喋りなのが玉に瑕だ。

 八鳥は、急遽出社できなくなったことを舞に説明し、直属の上司である羽毛田勝男(うもうだかつお)通称ハゲタカを電話口に呼ぶよう彼女にお願いした。

「そうなんですか。今日は有井さんも急遽お休みされると連絡があったのですが、皆さん休みが重なりますねえ。……あっ! ところで、蜂通さんにもお伝えしたかったんですけど、今朝出社するとき、何か怪しい人が道路の向こう側に立ってたんですよ。そして、その人、何かじーっと私たちのオフィスのあたりを見てる感じだったんですよね。何だか帽子を深くかぶってマスクもしてて、何か変装してるかのような怪しい見た目で、男か女かもよく分からなかったんですけど、気持ち悪かったなあ。何か朝から色んなことがあって……ところで、蜂通さんは……」と言ったあたりで、少し間が空いた。

 八鳥の上司のハゲタカが、電話の向こうで舞に何やら言っているようだ。
 良く聞こえないが、小声で「はちどりが……」と聞こえたような気もした。

 舞が急に取り乱した様子で電話口に戻ってきた。
 そして、「あっ、いえ、さっきのは何でもありません。私、はちどり……いえ、蜂通さんには、本当に何もお聞きすることはありませんから!」と言って、暫く間が空いた後、ハゲタカが電話に出た。

 八鳥の50代半ばの上司は電話に出ると同時に、八鳥も何も言わせず、一方的にまくし立てた。
 「あー、蜂通君。うんうん、事情は分かっている。いい、みなまで言うな。私は聞かん。何も聞かんぞ、君には。今日は、ゆっくり休んだ方がいい。出社できるようになったら、出て来るといい。あー、あくまでも自分のペースで、ムリはしないように。有休も全部使っちゃっていいから。じゃあ、こんなところでいい?」などと一方的に喋り続けた。
 そして「俺は君と長々と話したくないんだ」という雰囲気を露骨に醸し出しながら、ハゲタカは早々に電話を切った。

 いったい何だというのだ?
 会社の人間まで、何だか態度がおかしくなってきたようだ。
 これは本当に何かの悪ふざけのような……

 ……ん?

 
 ……気が付くと……八鳥は自宅マンション付近の路上で、20人あまりの人間に囲まれていた。
 皆が皆、八鳥を興味津々に見つめている。

 心ここにあらずで電話していたため、八鳥が周囲の状況に全く気付かなかったというのもある。
 しかし、それに加え、彼らはあたかも出来るだけ音を立てずに八鳥に忍び寄って来たかのようでもあった。
 例えるならば、彼ら全員で八鳥を完全に包囲し、彼をまんまと鳥籠の中に追い込むかのように……。

(つづく)

 
 
 


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