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[ピヲピヲ文庫 連載小説]『私に何か質問はありますか?』第17話

前回の話(第16話)はコチラ。ピヲピヲ。。。


作中作:『こんな時間にあーでもない!』-4

~(リ)理由なく、ただハチドリの如し~

『メタファーとしてのハチドリ』(作:鳥曾我部 鳥子)より

 八鳥六郎(はちどり ろくろう)は、ホテルの部屋のテレビで、人気討論番組『こんな時間にあーでもない!』に全神経を注いでいる。
 今晩の同番組における議題は、自分に対する「質問」を禁止する趣旨の「八鳥条例」の是非である。
 スタジオでは、クセの強いパネリストたちが同条例について議論を続けているが、一連の八鳥問題のバカバカしさを指摘するパネリストは未だに現れていない。
 しかし、番組の総合司会者の鳥越権平太(とりごえ ごんぺいた)が、ついにマトモな意見を言いそうなパネリストの『ヲ』に発言を促した。
 八鳥は、『ヲ』の発言に大いに注目した。

『ヲ』か。。。
  しかし……この『ヲ』も気が優しいというか、自分に自信がないというべきか、声の大きい人間に周りでまくし立てられると、急に反論できなくなり、黙りがちなところが玉に瑕なんだよな。。。

※※※※※

「……私が思うに……」

 が自己紹介を終え、本題に入りかけたのとほぼ同じタイミングで、民俗学者の一鳥羅怒羅針夫(いっちょうら どらお)が割って入った。

「……いや、鳥越さん、ちょっと待ってよ! もっと本質的な問題について議論すべきだと……」
「ほら! 先生、また本質的って。だから本質的な問題の具体例を……」
「いや、アンタちょっと人が喋ってるんだから……」

――「最近、疲れが取れないなー」「そんなアナタにハミングエキス! 味はまずいが効果は未知数!」

 ……スタジオ内の議論の途中で、今度は予告なしに、テレビ画面が急に栄養ドリンクのCMに変わった。
 『ヲ』の発言に期待していた八鳥は拍子抜けした。
 いつしか手にした缶ビールも空になっているのに気付き、八鳥は2缶目を取りに冷蔵庫に向かった。
 八鳥が缶を取り出し、冷蔵庫のドアを閉めながらテレビにふと目をやると、栄養ドリンクの何やら不気味なCMの途中だった。
 テレビ画面に、ピンク色の鳥たちの群れが、薄暗い倉庫のような場所で、天井あたりから逆さに吊るされているのが見えた。
 そのピンク色の鳥のキャラクターたちは、どうやら人間の言葉を喋っているようだ。
これで長時間の逆さ吊りも安心ピヲ! 疲労回復には、不味くてお騒がせのハミングエキス! ピンク鳥と言えば、やっぱり逆さ吊りピヲ! それでは皆さん、美味しい焼き鳥になって戻って来ますので、暫しの間、ピヲーなら~。ピヲピヲピヲピヲピヲ~」
 ピンク色の鳥たちは、皆ピタリと息が揃った様子でセリフを言い終えると、逆さ吊りにされたまま一斉に羽をバタバタと羽ばたかせた。

 何だ、この悪趣味なCMは!
 誰がこんな不気味なCMを見て栄養ドリンクを買う気になるというのだ!
 討論番組どころか、CMまでおかしくなり始めているのか。
 八鳥は、おもむろに2缶目を空け、ビールをグビグビと喉に流し込んだ。
 
※※※※※

 CMが終わると、やけに髪の長い、エキセントリックな風貌の男が喋っているところだった。

こいつの肩書きは……数学者……?
なぜ、この議論に数学者が呼ばれているんだ?

『数学者兼テストステロンドバドバード大学助教授 鳶とび太』と書かれたネームプレートを前に、その数学者は淡々としたトーンで持論を展開していた。

「……今回の一連の経緯を見ると、ピタゴラスの定理における、いわゆるハチドリのテトラクテュスがアポロドーロスのマドラスがポティオスで……」
「…いや、ちょっと待って! さっき彼が、CM中だったけど、いいこと言ってたと思うんだよね」
「あっ、私ですか? 改めまして、私、美しい日本語ヲ……」
「あー、いやアナタじゃなくて、そこの……」

 そこで、1人の和服を着た女性が流れを無視し、何も言わずにサッと挙手した。

 そのあまりにも素早い挙手に対し、鳥越も何事かと彼女に目を向け、スタジオ内のパネリストたちも一瞬ビクッと静まり返り、全員がこの女性に集中した。
 番組のもう1人のMCを務めるトリニダード敦子(あつこ)も一瞬たじろいだが、すぐに気を取り直し、皆がざわつき始める前に「…はい。鶯谷先生、どうぞ」と彼女に発言を促した。

 彼女のデスクに置かれたネームプレートには「鶯谷 紀子(うぐいすだに のりこ)」と書かれ、肩書きは『俳人』とある。

一句できたのですけどね。よろしいでしょうかね?」
「あっ、今ですか? …はい…では、どうぞ……」

「ハチドリは 泣くも笑うも ピピヲピヲ」


……スタジオが一瞬、シーンと静まり返った。
……しかし、数秒後、トリニダード敦子がハッと何かに気付いたように、顔に見事な作り笑いを浮かべ、鶯谷に表面的なお礼を伝えた。

「…鶯谷先生、ありがとうございました」

 何なんだ、コイツは!
 誰が討論番組にこんなやつを呼んだんだ!
 ふざけんじゃねえ!

 八鳥がテレビ画面に向かって怒鳴った拍子に、彼の握っていた缶からビールが少量飛び出て、焦げ茶色のカーペットにこぼれた。

 タイミングを見計らって、が何か言いかけたが、彼の声はまたもや別の「より大きな声」にかき消された。
 大きな声の主は、ジャーナリストの鷲爪九屈(わしづめ きゅうくつ)であった。

「いや、私、さっきの話、まだ続きだったと思うんですけど……あのね、だいいちハチドリなんて、そもそも日本にいないものをね、煮たり焼いたりね、それがね、そもそも浅はかだっていう話なんですけどね、日本にいないものを……あっ、そうそう、日本にいないんですよ。知ってます? 一鳥羅先生、知ってた? 知らない? ハチドリ

そこで、民族学者の一鳥羅は急に顔を真っ赤にして激怒し、両手で思いっきりバン!と机を叩き、大声で叫んだ。

「アンタ! 今何て言った?! 『ハチドリ知らんのか?』とは、どういう意味だ! 人をバカにするのもいい加減にしろっ!」


 これには、ザワザワと勝手に発言していた他のパネリストたちも一旦全員黙り込み、スタジオ全体が水を打ったように静まり返った。

 そして、インカムを付けたADも一鳥羅を宥めるため、バタバタと彼の元に駆け寄った。

 いち早く冷静さを取り戻した司会の鳥越と女性アシスタントのトリニダード敦子が、一鳥羅を宥めようとする。

「なになに、一鳥羅さん、どうしたの? 急に大きな声出して」
一鳥羅先生、どうされました? 一旦落ち着きましょう」

「落ち着くだと? これが落ち着いていられるか! 『ハチドリ知らんのか?』とはどういう意味だ! ハチドリ知らんやつが、どこの世界におるんだ! アンタら、自分がこんなこと言われて落ち着いていられるのか?! アンタが『ピノコ知らんだろ』と言われたらどう思うんだ! アンタが『バケラッタ知らんのか』と言われたらどう思うんだ! 全く人をバカにするのもいい加減にしろっ!」

 一鳥羅を激怒させた当の鷲爪本人は「先生、そんなに感情的になられちゃ、みんな怖くて議論できないじゃな~い」とニヤニヤしている。

 次の瞬間、スタジオ内の緊張感が解け、我先にと発言権を奪おうとするパネリストたちが、好き勝手に話し始めたがために、スタジオはカオスな状態となった。

「あのですね、えーとですね、確かにね、ハチドリというのもね、速いのはいいんですよ。アレは確か……私がランチョス パロス ベルデに行ったときに……」
ランチョ パロス ベルデスだ。アホタレ!……むにゃむにゃ……」
「いやアンタ、アホタレってこたぁないだろう」
「別にアンタに言ったわけじゃねえよ」
「そうか。ならいい。アホタレなんて言われたら、てっきり自分のことだとばっかり……」
「……アヒル口、もしくは谷渡りだったら……」
「……ハチドリモドキ……はハチドリに非ずなんですけれども……ハチドリモドキダマシは……これ……驚くことにねぇ……ハチドリですのよ……なんていうことが……言われてたり……ねぇ……言われてなかったり……」
「いや……だからね、ぽんじり味キャラメルってのもあるんですって。まあ、ハチドリの口には合わないかなぁ。へヘヘ」
「……そう言ってますですけどね。先ほどから。ランチョラス パロラス ベンデラスの……」
「いや待って! いやいや、ちょっと待って! 整理しよう……いや、整理の前に……さんがさっき何か言いかけてた……」
「はい! 初めて私の名前ヲ……ToT 私の思うところですが……」
「…一句できました。ハチドリに 行く先聞けば ピピヲピヲ…
「……だからね、そうじゃないんですよ。ディオゲネスのハチドリのガブロスがギネスにハチドリのポルピュリオスで……」
「……スが多いんだよ。アンタは。まずはランチョだろ。それで……」
「……ですからね、ランチョラン ポラン アッチョン バンデラス ボトルネックでしてね……」
「皆さ~ん、いったん仕切り直しま~す!」
「どいつもこいつも、ふざけるのもいい加減にしろ! ハチドリ知らん奴がどこの世界におるんだ! 私はもう帰るぞ! このテレビ局ごと爆破してやる!」

「もう1回CM挟もう」


 プチッ!

 八鳥はウンザリしてテレビを消した。
 この世界には、もはやちゃんとした奴はいないのか。
 結局、八鳥の期待とは裏腹に、一連の「八鳥問題」の議論が的外れであると一刀両断してくれるようなパネリストが『こんな時間にあーでもない!』に現れることはなかった。
 このまま番組を見続けても、フラストレーションが溜まる一方だと八鳥は結論付けた。
 全く「どいつもこいつも、ふざけるのもいい加減にしろ!」は、こっちのセリフだ。

※※※※※

 プチッ!

 こちらは都内のあるマンションの一室。

 この部屋の住人も『こんな時間にあーでもない!』を観ていたようであり、ちょうど八鳥がそうしたのとほぼ同じタイミングで、この人物もテレビを消した。

 それから、この人物はふぅーと大きく溜息を吐き、パソコンに向かった。
 そして、SNS『ピーチク・パーチク』のサイトにアクセスし、八鳥六郎の最新記事(例の「質問募集記事」)を開いた。

(つづく)

~おまけ~
4回続いた作中作『こんな時間にあーでもない!』は、今回で終了です。
実験的に「内容が無くても討論番組は成り立つのか?」という企画をやってみたかったのですが、お付き合いいただき、ありがとうございました。
次回から本編に戻り、八鳥六郎がさらなる大きな波に呑み込まれる予定です!

🐦今回、パネリストとして登場した『ヲ』の代表作はこちら🐦


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