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[ピヲピヲ文庫 連載小説]『私に何か質問はありますか?』第8話

前回の話(第7話)はコチラ。ピヲピヲ。。。


 Yシャツの袖を捲り上げても、汗が額から滴り落ちるような蒸し暑い朝。
 八鳥六郎(はちどり ろくろう)の同僚である有井馬亜人(ありい ばあと)の機嫌はすこぶる悪かった。

 最近のあいつは、いったい何だと言うんだ!
 心ここにあらずで、まるで別人のようだ。

 会社へと向かう満員電車の中。
 自分の前の席だけ一向に空かず、吊り革に捕まり続ける有井の心はくさくさしていた。
 先ほどから有井は、吊り革を掴んでいるのとは別の手で握ったスマホの画面を凝視している。
 目線の先には有井のお気に入りのニュースサイト『ピヲピヲスポットニュース』(通称:『ピヲスポ』)が今朝のニュースを報じているが、「あいつ」に腹を立てている有井の頭には、一向にニュースの内容が入ってこない。

 あのとき、あいつには出世を邪魔された。
 本当に腹が立つ。
 あのときは、あいつ……人の恋路まで邪魔しやがって。
 ……ああ、本当に腹立たしい。
 オレの実力で、いつも飄々としたあいつの鼻を明かしてやらなくてはならないのに、あんな調子で自滅しやがるなんて冗談じゃない。

 そのとき電車は、次の駅での停車に備え、減速を始めた。
 チッ!
 またオレの両隣の奴らの真ん前の席だけ空きやがった。
 案の定、あっという間に、それらの席は入れ替わりで前に立っていた「奴ら」の席となってしまった。

 全く何もかも腹が立つ朝だ!

※※※※※

 有井が腹を立てていた日の夜。
 時刻は間もなく10時を回ろうとしている。

 その人物は、質素なアパートの一室でパソコンを立ち上げ、お気に入り登録してあるサイトのリストを開いた。
 そして、テキスト・コンテンツ配信用プラットフォームの『ピーチク・パーチク』にアクセスし、超人気ピチカー(『ピーチク・パーチク』で記事を投稿する会員制ユーザーの呼称)の向久鳥 七子(むくどり ななこ)が運営する月額制メンバーシップ『ムクドラーのリスト』と名付けられたページで何やらカタカタとコメントを打ち込んだ。

 やがて、その人物は向久鳥 七子のアカウントを離れ、何度かキーワードを入れ替えてランダムに記事を検索し始めた。
 何かお目当ての記事があるという風でもなく、1つの記事を開いて何度か下にスクロールしたかと思うとそれを閉じ、また新たな記事を開いてはそれを閉じ……というのを何回か繰り返した。
 そのようなことを10回ほど繰り返した後、あるグルメ記事の画像で、その人物の指がふと止まった。
 
 そのグルメ記事では、あるピチカーが都内の「イタリアンレストラン」を紹介していたが、その人物は非常に興味を惹かれた様子で、記事をじっくりと最後まで読み通した。
 その後すぐに、そのピチカーの投稿記事のタイトルを1つ1つ吟味し始めた。
 そして、先ほどのグルメ記事を読んでいたときと同様の熱意を持って「フレンチレストラン」の紹介記事、それから「大衆居酒屋」記事を丁寧に隅から隅まで時間をかけて読んだ。

 合計3部のグルメ記事を読み終えた後、一番上までスクロールし、記事タイトルの真下に書かれたピチカーの名前を見据えた。

 「八鳥六郎」


 その人物は、八鳥六郎をフォローした。

※※※※※

 ある人物が八鳥のグルメ記事に興味を惹かれ、彼をフォローした日の翌日、当の八鳥は出勤途中の駅の売店で『週刊ライアーバード』を目にした。 

 出勤予定時刻まで些か余裕のあった八鳥は、これまで名前こそ知っていたが真面目に読んだこともなかった週刊誌を手に取り、パラパラとページをめくった。
 そして、目次を確認した後、『ライアースクープ! 有ること無いこと大暴露!』というコーナーを開いた。
 そこに小さな枠で、見出しとともにほんの5行の記事が掲載されていた。

※※※※※

「『ピーチク・パーチク』の八鳥六郎氏、ねぎま味のキャラメルを好む!」

 ~本誌は噂のピチカー、八鳥六郎氏に突撃取材を試みた。
 八鳥氏は質問をしない記者に苛立ち、懐から何かを取り出した。
 驚く記者の前で、八鳥氏はクイナクイーナ株式会社『ねぎま味キャラメル』を取り出し、5粒ほどを一気に口に入れた。
 記者は唖然としたが、同氏なりのアンガー・マネジメントであろうか~
 
 例の胡散臭い記者、遅井隼(おそい はやぶさ)の名前は載っていなかった。

※※※※※

やはり、この手の雑誌は嘘ばかりだ!

 やれやれ。こんな出まかせの記事にどれほどのニュースバリューがあるというのか。
 しかし、幸い僅か数行の記事であり、八鳥の顔写真が掲載されているわけでもなく、そこに八鳥六郎蜂通五郎を結び付ける情報は見当たらなかった。
 八鳥は、ホッと胸をなでおろした。


 例の「質問募集記事」に端を発した一連の奇怪な出来事、そして怪しげな週刊誌の記者の待ち伏せなどが続き、八鳥は一時期、夜も眠れず、体重も大幅に減った。
 しかし、だんだんと気分も安定し、いつしか『ピーチク・パーチク』のことを考える時間も減っていった。

 当然、「八鳥さんに質問はありません!」のコメントが相次いで精神的なバランスを崩して以降、八鳥は『ピーチク・パーチク』での投稿どころか、同プラットフォームへのアクセスすらしていない。

 そんなある日、「質問募集記事」の投稿から2ヶ月も過ぎた日のことである。 
 八鳥はその日の午前中、外部での打ち合わせを済ませ、午後に会社に戻った。
 そして、自分のデスクに座るなり、心臓が止まるかと思うほどのショックを受けた。

「そう言えば、午前中に何度か『八鳥さん』とかいう人を探す電話が来ましたよね。『八鳥さん』って『蜂通さん』に似てるから何度か聞き返しても、何だか『八鳥さん』っていう人を探してるみたいで。まさか蜂通が偽名で変なところからお金を借りたとか、訳アリの女性に手を出したとかじゃなきゃいいんですけどね。ハハハ」 

 同じ部署の同期である有井 馬亜人が半分冗談めかしていながらも、嫌味な口調で周囲に聞こえるように言った。

 「ハハハ。有井君、偽名だったら、もっと違う名前使うじゃないのよ~。蜂通八鳥だったら、何ぼ何でも偽装工作が雑過ぎるじゃない~」
 八鳥の上司である羽毛田勝男(うもうだ かつお)、通称ハゲタカが合いの手を入れた。

 八鳥は背筋がゾッとした。
 まさか有井が『ピーチク・パーチク』八鳥六郎のことなど知る由もない筈だ。
 恐らく電話の相手方が言った「蜂通」のイントネーションが少し独特で、「八鳥」と聞こえたことを茶化しているのだろう。
 しかし、八鳥は一連の奇怪な出来事を思い出し、今日の電話がまたもや不穏な動きの兆しではないかと怯え、気分が塞ぎ込んだ。
 そして、八鳥は結局、有井に何ら返事をすることもできずに黙り込んでしまった。

 挑発したつもりだったが、何らの反応を示さない八鳥を見て、有井もまた気分を害したようであった。

※※※※※

 八鳥が有井に冷やかされていた頃、彼らが勤務する「クロサギバンク株式会社」の自社ビルのちょうど向かい側の道路に佇み、彼らのオフィスを外からじっと見つめる人物がいた。

 その人物は、ちょうど八鳥が勤務するビルの3階の窓のあたりを暫くじっと見ていたが、やがて立ち去った。

(つづく)

 
 
 



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